癇癪玉『予感』③
ジジイがなにやら騒いでいる。
「おい。ここにあった金がねえぞ!」
「しらねぇよ。お前が使ったんだろ?」
「使ってねぇよ。おっかしいなあ。ここに置いておいた筈なんだが。ネコが食っちまったのかなあ」
ジジイの退職金が尽きるまであともう少し。そうなったら身体でも売らなきゃいけなくなるんだろうか。それに対してジジイは何て言うんだろう。止めてくれるかな?まともになってくれるかな?
「今回紹介するのは・・・。つまり、創作の根源はリビドーにあるのです。抑え難い欲動が人に創作させるのです。自分を認めて欲しい、自分を見て欲しい、そういった要求が全ての作品にはあります。逆に言えば、それらを感じない作品は人の胸を打つことはありません。自己中心的な欲求があって、それを覆い隠すように社会的な義務感や高尚な理念がある。
長寿作家の作品から巧みな技法に感服することはあっても、心動かされるような力は感じられない。不足に対する強烈な恐怖と怒りが作品を作り上げるのです。
本作は恵まれない環境に生きる主人公がそれを乗り越えて、偉業を成し遂げる点で、創作の根源に迫る作品だと言えます。皆さんもぜひ読んでみてください。以上です。」
光輝ほど話の合う友人はいない。私たちは席が隣同士ということもあってかなり話すことが増えた。いや、話が合うというのは正確ではないな。話すのではなく、私が一方的に喋ることが多い。光輝は自分の考えた理論とか思考法についてはよく喋ってくれるけど、パーソナルな部分については一切話さない。
光輝は、私がひとりで喋りすぎたかなと思って話を終わらせると、間髪入れず、聞いて欲しいことを質問してくれる。話を聞いてくれてることが嬉しくて、興味を持ってくれていることが嬉しくて、ついつい喋りすぎてしまうのだ。
好きな食べ物のこと。好きなマンガのこと。好きな小説のこと。好きなアニメのこと。好きな映画のこと。そして、家族のこと。光輝にだったら何でも教えていい気がした。だって、光輝は私を齟齬なく認識してくれるし、いつでもどこでも同じような笑顔で聞き続けてくれるから。
光輝のことは正直、何も知らないけど、光輝は私のことを知ってくれている。それだけで十分だ。
「光輝、爆弾の作り方って知ってるか?」
「いや。知らないよ」
「爆弾は、爆薬か火薬を使う。火薬の場合は工夫が必要で、密閉圧縮する必要がある」
「へー。なに?爆弾作ってるの?」
「いやいやいや、作るわけないじゃん。犯罪だし、そんな金ねぇよ」
「そっか。作るなら、爆弾じゃなくて花火を作ってね。出来たら校庭で打ち上げて、一緒に見ようね!」
私は鼻で笑って、それは素敵だなと心の中で思った。
ジジイの手足は酒を飲んでいる時でさえ震えている。震えが止まるのは意識がなくなるまで飲んで、気絶するように眠っている時。
その時のお父さんの安らかな顔は見ている私を安心させてくれる。そういう時は決まってお父さんの腕の中で眠る。
このまま2人とも目覚めなくてもいいんじゃないかと思って眠りに落ちるんだけど、願いも虚しく、目は覚めてしまう。朝が来てしまう。
朝が来れば私は生活しなくてはいけないのだし、ジジイの手足はガタガタ震え出してしまう。
ジジイがまだ働いていて、母親が出て行く前にこの家が建てられたらしい。子供部屋が2部屋。1つは男児向けの部屋。白と青を基調とした壁紙に、レゴや鉄道やミニカーのおもちゃの数々。大きな世界地図と仮面ライダーのポスター。
もう1つは女児向けの私の部屋。中学生になった私は、流石に昔使っていたお姫様のベットみたいなピンク色の天蓋付きベッドには寝ていないけれど、夏の暑い日にはたまに蚊帳という名目で押し入れから引っ張り出して取り付けることがある。いかにも女児の子供部屋みたいなそういう部屋。
私に兄弟はいない。はず。というのも、そういった類の話をジジイから聞いたことがないのだ。男児の部屋らしきものがあって、使われた形跡のある男児向けのおもちゃがあるから、普通に考えて私には男兄弟がいるんだろう。てことは、死んだのか?いや、そう簡単に人は死なない。母親の方で暮らしているのか。多分そうだ。まあ、顔も見たことない兄弟に思うことなんて何もないがな。いてもいなくても同じこと。私の家族はピーちゃんとジジイ、2人だけだ。
でもおかしいな。今更になってこんなことに気づくなんて流石に遅過ぎないか?何か忘れてる?もしや、健忘症にでもなったか?
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