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癇癪玉『発展』②

深夜、尿意を催して起きた私は自分の布団の中で小さく丸まるピーちゃんを発見した。

そういやピーちゃんが鳴いているところを聞いたことがない気がする。おかしくないか?ネコっていうのは何かにつけてニャーニャー鳴くもんだよなあ。うちのネコはネコではない?

ピーちゃんの顎を掴み、少し揺らす。
「おい。鳴け!」
ピーちゃんは嫌がって、私の手を引っ掻いてくる。
「何で鳴かないんだよ。おーい。」
無理矢理、顎をこじ開けて、指を突っ込む。
「へー。ネコの口の中ってこうなってんのか。全体的にザラザラしてんなー。」
ピーちゃんは苦しそうにして、えずきを繰り返す。
「うわ!毛玉吐きやがった。もう、マジかよ。」

嘔吐した毛玉を片付けながら考える。
なにやってんだか。てか、何でピーちゃんの口の中を見てたんだっけ?口の中がザラザラで、舌がザラザラで、、、だから毛繕いができるってことか!上顎と舌がラザラしてるのは肉をこそいで食べるためか!
ん?それがなんだ?何を考えていたっけ?

ピーちゃんはもうどっかに行ってしまって、私はピーちゃんが死んじゃいやだなってことを布団の中でずっと考えていた。

「今回紹介するのは・・・。魅力的なキャラクターはどこか異常を抱えているものです。本作の主人公も二重人格であるという点、それに苦悩し癇癪を起こしてしまう点で普通の人とは違う異常を抱えていると言えるでしょう。
本音があって建前があり、周囲に演じている自分と本当の自分がいるのだという思い込みが主人公の苦悩をより深く、複雑なものにしています。建前だと思っている自分も、切り離す事のできない自分自身であることに気付くべきなのです。人は内に矛盾を抱えている。矛盾は異常と言い換えてもいい。矛盾を持つこと、異常であることを認め受け入れることが、成長であり大人になるということです。大人と子供の境である青年期真っ只中の主人公は、癇癪と人格解離を繰り返しながら幻影の自分との対話によって己の真理へと迫っていきます。思春期の青年のリアルな姿が忠実に表現されており、私達にとっても非常に共感できる小説だと思うので、ぜひ読んでみてください。以上です。」

2年A組は総勢25名なので大体1ヶ月周期でオススメ本紹介の担当が回ってくる。今日は光輝の発表だった。
しかし、私は正直、光輝の発表を上の空で聞いていた。というのも、以前借りた本を今日、返そうと思っていたからだ。
私は借りた5冊をなんとか1ヶ月かけて読み終えていた。正直、全くもってつまらない過激なだけの冗長な小説だというのが感想だ。これに価値を見出す人は、この過激さ自体に目を奪われているだけじゃないのか?過激であることは何も評価できることじゃない。過激であって、その過激さがわれわれ読者の胸を打つ過激さでなければ、意味がないではないか。
しかし、、、彼に、読み終えたら話そうと言ってしまった。どうしようか。

「ねえ、これさ、返すね」私はバックから五冊の本を取り出し、彼の机の上に乗せる。
「おー!早かったね。で、どうだった?」
そりゃあ、聞かれるよなー。どうしよ。私は頭をフル回転させ、次の言葉を考える。

「正直言って、面白くなかった」
言ってしまった。勧められた本を1ヶ月間もの間借りて、感想を求められて、拒絶するなんてのは人としてサイテーだ。でも、これまで自分を取り繕うことをあまりしてこなかった私には、自分を制御できなかった。

「そっか。まあ、仕方がないね。内容が内容だしね」

彼のフォローは外れている。私は本に書かれている表層に生理的な嫌悪を抱いて否定してるんじゃない。ちゃんと読んで、ちゃんと批判してるんだから。
彼は多分、私のことを良さが分からない一般人として認識するだろう。それは我慢ならない。

「違うよ。全然違う。高橋くんが想定してる何倍も私は考えてるから。私は、この過激さの必要性を問うてるわけ」

「というと?」

「つまり、ここまでする必要があったのかってこと」

「うーん、、、確かにこの表現自体が目的化してるかもね。でも、それは悪いことじゃない気がするけどね」

驚いた。彼が私と真剣に話してくれている!芝居でもなく、真剣な表情で、自分の意見を述べてくれている。

私たちはその後も話を続け、結局どちらも自分の意見を譲ることはなかった。しかし、私は彼の意見がよく理解できたし、多分彼も私の意見に納得してくれたと思う。意見を重ねるうち、いつのまにか彼に感じていた嘘くささや人間味の無さを感じなくなっていた。彼も話が楽しかったらしい。

一通り会話を終えて、帰りの支度をしていた時だ。
「一緒に帰ろうか」
隣で同じく帰り支度をしていた彼が何気なく言った。
「えっ」
「まだ話し足りないでしょ?歩きながら話そうよ」
完全に意識外からのアプローチに私は面食らった。
「でも、日直でしょ、高橋くん」
日直は放課後、学級日誌を書き、教室の清掃をすることになっている。
「要するにそっちは不都合はないってことだね」
願ってもいない提案だが、言いなりになってる感じが腹立つ。まあ、でも、、、確かにまだ名残惜しい。

うーんうーん、と悩んでいるうちに黒板は綺麗になり、机は整頓され、日誌も書き終えていた。

帰り道、2人で並んで歩いていることがなんだか気恥ずかしい。
彼は私に色々なことを質問してきて、自分を語るのが新鮮で、楽しくて、時間を忘れて話し続けた。彼に質問してもはぐらかされてしまって私が喋るばかりだったけど。

「あっ!あれが私の家」
話に夢中で気づいてなかったがもう家の目の前まで来ていた。学校から家までの道のりは体に染み付いていて、意識せずとも帰って来れるらしい。
「じゃあここら辺でお別れだね。また明日!」
「また明日!」
風が冷たくて、火照った顔に当たって気持ちがいい。こんなこと初めてなのだ。友達と、それも男の人と歩いて下校するなんて。話すことがこんなにも楽しいなんて、知らなかった。
浮かれた気持ちを落ち着かせつつ、今日は早く眠ろうと思った。

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