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【小説】親殺し〈一〉

私の父は定年してから毎日、朝の七時二十七分に靴を履いて家を出ていきます。
きっかり三十三分したら帰ってきて、食卓の傍でこれみよがしに鼻を膨らませ、今日の朝飯はナントカだなと高らかに言い放って席に着きます。
焼けるウインナーや目玉焼きの匂いなんか何回も嗅いでいるだろうに、それほど指摘が当たっているのを見たことはありません。
子どもの時分、私は、これが鬱陶しくて本当に嫌いでした。

この日、一階が妙に静かでしたので、私は二階の自分の部屋を出て一階の様子を見に行きました。
時刻は今にも七時二十七分になろうとしていました。
父はのんきに寝ていました。

私は台所へ行き、母の包丁を取り出して父の靴を切りつけました。
切れ味も悪く、そもそも靴を切る用にはできていないので思ったように切ることはできませんでしたが、父の靴は切り傷でずたずたになりました。

突然思い立っての行動だったので、いつかこんなことをしてやろうとかねてから計画していたわけではないのですが、いざやってみると驚くほど胸がすっとしました。
自分はずっとこうしたかったのだと、やってみてから思い知らされることは往々にしてあるように思います。

この包丁で母が料理を作るのを何度も見ていましたが、あまり罪悪感はありませんでした。もう料理につかうことはないでしょうし、終わったら捨てるつもりでいました。

次に父の胸元に包丁を突き刺しました。骨に当たって、すっと刃が入りませんでした。三回ほど刺したかと思います。あまり詳しくは覚えていません。もっと刺したかもしれないです。
胸だけではもったいないので腹にも刺しました。
全身を使って刺したので、かなり深く、包丁の柄のあたりまで刺さりましたが、力は要りませんでした。
切れない包丁で鶏肉を刻むときの方が大変だったように思います。

その後、手や腕周りを中心に血が付いていることに気が付き、流石に洗い流さないわけにはいかなかったのでシャワーを浴びました。
蛇口をひねってすぐヘッドを体に向けると、冷水が出てきていっきに体から頭が冷えていきました。
しかし私は酔っぱらったようにぼうっとしたまま、体に水を当て続けました。
やがて水はお湯へ変わり、泡に交じって血が流れていくのを見ながら、生理中の女性がシャワーを浴びたらこんな感じなのかなと思いました。

浴室を出ると私は、タオルも着替えの下着すらも用意していなかったことに気が付きました。
全裸のまま脱衣所を出ましたが、やむをえずの行動でした。
私の家は、脱衣所を出ると、玄関ホールを通らないと二階の部屋へは戻れない仕様になっていますから、通報者——二軒隣の佐々木さんに目撃されたのは、この時の私になります。


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