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面白いだけはもうダサいのかも知れないーー『ドキュメント72時間』考察

NHKで放送されている番組『ドキュメント72時間』が好きだ。72時間、一つの場所を定点観測する。そこを訪れた人や通りがかった人へインタビューするというシンプルな構造なのに見入ってしまう不思議な魅力がある。

ファミレス、空港、居酒屋…。毎回、ひとつの現場にカメラを据え、そこで起きる様々な人間模様を72時間にわたって定点観測するドキュメンタリー番組。偶然出会った人たちの話に耳を傾け、“今”という時代を切り取ります。

番組公式HPより

この番組をかれこれ10年以上見ているのだが、ひょんなことから知り合った友人と一緒に2年ほど前から続けているこの番組だけを語るポッドキャスト配信の節目として、改めて72時間の魅力を書いてみようと思う。
普段ポッドキャストを聴いている方も、そうでないドキュメント72時間が好きな方も、そもそも番組を知らない方も読んでもらえると嬉しい。


面白い人・面白い場所・面白い時代

インタビュー番組を構成する要素は、大きく「対象者(人)」「取材地(場所)」「時代感(トレンド)」の3つに分けられる。例えば、野球選手へ、神宮球場で、試合後にインタビューする。仮装する人へ、渋谷で、ハロウィンにインタビューするなどを思い浮かべてもらえれば想像しやすいだろう。

ただ、一般的なインタビューにおいて前提としてあるのは、面白い人、面白い場所、面白い流行り・現象という「面白さ」至上主義のようなものではないかと最近思うようになってきた。かつてフジテレビが掲げていた「楽しくなければテレビじゃない」というフレーズに代表されるように、まさにそういった面白いこと、楽しいことが手放しで素晴らしいことだ、それこそがとれ高であるという前提に立脚している気がする。

もちろん「ドキュメント72時間」にもそういった面白さは当然存在する。『大阪 昭和から続くアパートで』に登場するねじりはちまきのおじさんが朝9時にビールを飲む姿や、足利市の国道沿いにあるコーヒー屋台に密着した『小さな屋台カフェ 千夜一夜物語』に登場する店主の兄弟がコーヒー屋台を切り盛りする姿など、面白い・魅力的という言葉では形容しえない人々をこれまでの番組ではとらえてきた。


また、場所の視点で言えば、過去の放送の中でも名作と名高い秋田港にあるうどん自販機に集う人々に密着した『秋田 真冬の自販機で』や、同じ秋田ではイタコへ口寄せをお願いしにくる人々に迫った『恐山 死者たちの場所』、のような、密着するだけで撮れ高が確約されているような取材が面白い回もある。


さらに、コロナ禍により花火大会が中止となったことを受けた『東京・隅田川 花火のない静かな夏に』や、ポケモンGOの流行により突如公園に人が集まった様子に密着した『大都会 モンスターに沸く公園で』、渋谷駅の東急東横線のホーム移転に伴い最後の3日間に密着した『さよなら渋谷・カマボコ駅舎』など、この番組ではこうした時代の変化も面白いものとしてカメラに納めてきた。

「誰かの当たり前」をただ見ること

ただ、「ドキュメント72時間」の本質はこの「面白い」至上主義だけに立脚していない点だと考えている。

例えば、名作と名高いとある病院の1階にあるコンビニに密着した『大病院の小さなコンビニ』では、場所自体にユニークさがあるわけでも、そこにくる人も勤務する医師や入院する患者さんなど、ある程度場面設定から想像できる人が登場し、インタビューに答える。
しかし、医師として働く女性が短い休憩時間に当たり前のようにレッドブルーを飲み勤務に戻る姿や、そのコンビニがお見舞いに来た患者さんからの要望からパジャマなど衣服も取り揃えていることなど、そこに集う人々にとっては当たり前の日常だとしても、視聴者には目新しいものとして映る。このズレこそが魅力を形成していると思う。

また、『知床半島の秘湯にて』では、漁師のおじさんが日本とロシアの国境問題により漁業に制限がかかってしまうことを説明する際、その場にあった髭剃りと石鹸で説明を始める姿が切り取られている。それはどんなニュース映像よりもリアルで、彼らにとっての当たり前として世界情勢が語られるからこそ、ニュース番組では表現できない当事者の感情を表現していると思う。

「面白さ至上主義」を乗り越えて

サブスクを始め、YouTubeやTikTokなど面白いものが手のひらの中、3タップほどで無限にアクセスできる。LINEを開けば、誰かとコミュニケーションを取ることもいつでも可能だ。

もちろん面白いコンテンツは多く見たいと思う。でもそんな時代だからこそ、この「面白さ至上主義」にちょっと疲れてしまっている気もしている。

だからこそ、『ドキュメント72時間』がこれまで大切にしてきた、「誰かの当たり前」をただ見ることの意味を考えるべきではないだろうか。

そうすれば、世界はもうちょっとだけやさしくなる気がする。

NHKの番組「ドキュメント72時間」について毎週ポッドキャストを更新しています。もしよかったらこちらもお聴きください。


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