それぞれにとっての【3.11】という日
現地に行けなかった‥いや行かなかった自分の後悔
去る、3月7日(日)に映画「あなたの瞳に話せたら」という作品の自主上映会×トークライブにオンライン参加しました。
参加した理由は、あの日を体験した人の生の声を聞きたかった。私には想像もできない経験をされた方の声が…。
あの時、現地に行きできることがあったのに、行かない選択をしてしまった自分の後悔があるのかもしれません
この自主上映会を企画してくださったおひとりの、認定NPOカタリバの代表の今村さんの投稿も私の背中を押してくれました。
大切な人を失うことは誰にでも起きること
淡々と物語は進んでいきました。
作品の監督佐藤そのみさんのナビゲートで。
そこから感じるのは、大切な人を突然失うということは、日常のなかでどんな人にも起きるということ。
それはニュースに取り上げられることもない。
でも、何かの災害や大きな事故はその状況と共に多くの方に共有される。その必要性とその弊害。両方を見た気がした。
この作品は、それをダイレクトに私に感じさせてくれました。
悲しむ自由、進む自由それは個人にあるもので、周りが押し付けるものではない。
遺族はこうであるだろう、生き残ったのだからこうしないとね。そんなことを押し付けていないだろうかと思ってしまいました。
17年前12週の子供を失った自分と周りの経験に重なっていた…。
一つの作品として触れて欲しい
そのみ監督の想い
フィルターをかけているのは、自分自身であるということを忘れてはいけない一言
期間限定で、作品を公開すると決めてくださった監督に心から感謝したい
ご覧になりたい方は下記の記事内に申込フォームがあります
3.11という日を迎え、触れてもらいたい
あなたの隣の人に想いを馳せてみよう
この作品の中でもう一つ気づかされたのは、人に話さなくても大きな悲しみの経験を持っているかもしれないという視点を忘れてはいけないということ
どんなに仲良くなっても話せない事って誰にでもあるかと思います
話す話さないは個人の自由だからそれはそれでいい
ただ、今見えている背景にあるその人の人生にも想いを馳ながら話を聞けるようになりたいと思いました
そして、フィルターをかけずその方の想いをありのまま受け止められる自分であろうと思います
そのために、これからも井戸端わもんファシリテーターとして
ありのままに話を聞くための「話の聞き方のコツ」を実践し伝えていく。
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