脚本 「かごめ」 第五場

■第五場
  内山洋一郎の自宅。家族で夕食。テーブルにいるのは、洋一郎と、母の美千代、妹の紅葉。父の鉄幹は少し離れたところの小机で、一人で夕食のおかずをつまみに酒を飲んでいる。
  全員黙々と下を向いて食べている。
  鉄幹はテーブルの方を見ずに言う。
鉄幹「ごはん! 」
  美千代がお茶碗にご飯を入れて、鉄幹のもとに歩み、茶碗を差し出す。
美千代「はいお父さん。一杯でいい? 」
  鉄幹は答えない。
美千代「お父さん? 」
鉄幹「うるさいな。いるときは言う! 」
  美千代は不快な顔で食卓に戻る。
美千代「いるって言えば、チンしておくのにさ。それでいて、出すの遅いって怒るんだから。‥ご飯ってなにもしなくても出てくるものと思ってんのね。」
鉄幹「うるさいな! ご飯のときくらい静かにしてくれ! 」
  美千代は夫を無視して食事を再開。兄妹は無表情。
洋一郎「ごちそうさま。」
紅葉「あたしも。」
  兄弟は、食べ残しもそのままに、食卓を出て紅葉の部屋に入り、引き戸をしめる。
  洋一郎は勉強机に座り、紅葉は室内のベッドに腰掛ける。
紅葉「いつものことながら、食べた気がしないっての。何が気に入らなくて、いっつもカリカリしてんだろ? 」
洋一郎「オヤジがいけないんだよ。休みなのに一日中家の中にいて、黙りこくってて。‥一人でいる方が好きなタイプなんだよな、おそらく。母さんにも俺たちにも、家にいてほしくないんだよ、きっと。」
紅葉「お兄ちゃん、わたし、大学は絶対地方のとこにするからね。この家出るために。」
洋一郎「家か。‥うちの家は、ある会話は口喧嘩だけだし、家族一緒に何かするのは、今日のような夕食くらいだからな。‥これを家と呼べるのかねえ? 」
紅葉「‥んー、一応家じゃない? まあ、食べさせてはもらっているし。 」
洋一郎「受け入れてしまうわけね紅葉は。‥でもそうかもな。‥児童虐待とか、ひどい体罰とかはなかったもんなウチは。」
紅葉「それあったらどうしようもなかったね。‥子供だから弱いし、家の中だから逃げ場ないし。‥それはさすがに家とは呼びたくないなー。」
洋一郎「家じゃなくて、‥牢獄だな。‥ちょっと広めの3LDKの牢獄。‥子供は金も何も持ってないから、どんなに嫌でも、牢獄の中にいるしかない。‥鍵は開けられるけど、脱獄絶対不可能の完璧な牢獄。‥網走刑務所もびっくりだよ。」
  足を組んでスマホを見る紅葉。その様子をじっと見ていた洋一郎は、紅葉の隣にすわり、太腿をなでる。
紅葉「なに? 」
  そう言いながら、紅葉はいやがらない。
洋一郎「牢獄の中での唯一の楽しみ。」
  洋一郎は紅葉をベッドに押し倒す。二人とも明るい笑顔。  


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