日銀ETF問題① “日銀点検”の点検 “アウェイ”の戦いで矛盾が拡大
日銀のETF購入について、これまでも筆者は折々に論じてきた。現在、ある意味での転換点に差し掛かっているように思う。3月19日の日銀金融政策決定会合でETF購入政策についても「点検」が行われた。年12兆円の上限は変えずに6兆円の目安をなくす、購入対象をTOPIX型に一本化し、日経平均型の購入をやめるなど、緩和政策の長期化をにらみ、また弊害についての一定の措置を講じた。だが、世界的に広がる中央銀行の非伝統的金融緩和政策の中でも突出して“異形”の感が強いETF購入とその弊害について、根本的な対処がされたとは考えにくい。短期集中連載でこの日銀ETF問題を取り上げる。
第1回である今日は“日銀点検”の点検。3月19日の点検内容から、特にETF購入政策に関して日銀がこの問題をどうとらえたかを振り返るとともに、その問題点を指摘。それらを通じて、日銀がETF購入といういわば“アウェイ”の、不得意な分野の政策にのめりこんでいった流れを指摘する。第2回は出口政策について考える。結論を先取りすれば、出口政策は当面の間ない、現実的に不可能だという見方が広がっていることを示す。第3回では出口が相当な期間ないことを前提に、日本株の最大株主となった日銀が株式市場とどう向き合うべきか――建設的な方向性を示したい。
さて点検では、「ETF買い入れは、リスク・プレミアムを縮小させる効果を持つとの結果を得られた」としている。さらにETF買い入れ1単位当たりの効果は、①買い入れ時点の株価水準がトレンド対比低いほど、②(株価水準がトレンドを下回る状況下で)株式市場のボラティリティが高まるほど、③買い入れ実施直前の株価の下落率が大きいほど、④買い入れ規模が大きいほど、大きいことを示唆する結果となった――などとして、今回の政策点検と見直し(上限は残しつつ、6兆円の目安を撤廃する)を正当化する論拠を挙げている。そもそもこの推計や仮説の立て方は正しいのだろうか?
これまで日銀は、幅広い金融政策の一環としてETF購入を実施し、その目的については概ね「リスク・プレミアムに働きかける」とのみ説明してきた。今回の見直しではリスク・プレミアムに関する指標として①オプション価格に含まれる株式リスク・プレミアム②イールド・スプレッド――を明示し、これを基に効果を測定したわけだ。これまでよりは明確になった点が確かにある。ただし、日銀自身が点検で、次のような注記を入れている。「リスク・プレミアムの状況を捉える単一の指標はなく、日本銀行では、企業収益や配当の動向、株価変動や金利水準といった様々なデータや指標の動きを踏まえつつ、市場参加者からのヒアリング情報なども加味したうえで、総合的に判断している。本稿の分析では、その中から2つの指標を用いて、ETF買い入れの効果を推計している」。つまり、当たり前ではあるが効果の検証はかなりの程度、ある種の仮説に基づく推計だ。
4月8日(木)日経CNBCの朝エクスプレスに出演していただいた東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長の平山賢一さんは、そもそもこの仮説の立て方、例えばリスク・プレミアムを図る代理変数としてイールド・スプレッドを用いること自体に疑義を唱える。平山さんが番組中に示したのが下記のグラフだ。
1980年代以降の長期間に、日本の株式市場のイールド・スプレッド(株式益回り-リスクフリーレート)がどのように変化してきたかを示している。一瞥して分かる通り、80年代から90年代はマイナスだった。若干、専門的な理解が必要だが、これは普通のファイナンスの世界では異常な現象だ。もっとも確実性が高いはずのリスクフリーレート(=国債利回り)より株式益回り(PERの逆数)の方が低いという現象は理屈では説明が付きにくい。ざっくり言えば、バブル経済下の日本の株価形成がいかに異常に高かったか――ということになろうが、日本の株価形成の問題点を指摘するのは本稿の目的ではない。ことほど左様に株式市場の分析はノイズが多く厄介、一筋縄ではいかないということだ。世界のトップレベルの研究者でも、リスクプレミアムの計測については相当な長期間に渡り、事後的に過去の事例を検証した試算がある程度だという。平山さんは、日銀が「ここ10年ほどの株式市場を計測しただけで効果を得られたと結論付けるのはいかにも早計」と指摘する。償還があり、ある程度の前提を置けば概ねリスクを計測できる債券市場とは、そもそも市場の成り立ち、参加者の広がりなどがまるで違うのが株式市場だ。点検の前提となる試算は、金融政策を遂行する論拠としてはあまりに“大胆”に過ぎるのではないか――。
さらに言えば、金融政策の一環として行っているETF購入が、そもそも本来の日銀金融政策の目標であるところの「物価への影響については(点検では)何も触れられていない」(21年4月15日付日本経済新聞、原田喜美枝・中央大学教授「金融政策点検の論点・中」)。日銀ETF購入は、効果の計測が極めて難しく、ファイナンスの専門的な知見でも定まっていない事柄に関して、やみくもに、あるいは場当たり的に購入額拡大を続けてきてしまったのではないか――。
2010年秋、ETF購入政策が導入された時の年間買い入れ限度額は4500億円だった。10年を経て公開された金融政策決定会合の議事録では、当時の白川方明総裁が「臨時、異例の措置であることが世の中に理解されないと、いつの間にか恒常化する危険性がある」と危惧していた様子が明らかになっている。当時にしてすでに金利、および量による政策の手詰まり感から異例の政策に踏み込まざるを得なかった。2013年の黒田東彦総裁就任以降の異次元緩和では、当初の危惧を忘れてしまったかのように積極化していく。まずは年間1兆円ペース。そして2014年10月には3兆円ペース……。
その折々、やはり金利や量による緩和政策の手詰まり感を抱えるなかで、市場に対するサプライズ感を演出するために、市場規模の大きい株式をベースとするETF購入の拡大が、安易に使われてきたように思う。
繰り返しになるが、日本銀行にとって、金利、あるいは債券市場などと比べても株式市場に関する知見、経験値、人的ネットワークははるかに少ないはずだ。例えばETF組成のリアルな実態、個別株式の価格形成に与える歪み、巨大化するに従って無視できなくなっていく企業のガバナンスに与える影響などなど……。細かな修正を重ねるうちに、引き返すことも難しいほどの規模にまで拡大してしまった感が否めない。日銀にとって決して知見が豊富とは言えない“アウェイ”での政策展開の綻びが、次第に覆い隠せなくなっていく。※『日銀ETF問題 《最大株主化》の実態とその出口戦略』(平山賢一著、中央経済社)を参考にさせていただいた。
次回②では“出口戦略”が現実的には極めて難しくなっている様子を取り上げる。
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