米大統領選最終盤情勢――事実は小説よりも“危”なり!?市場の警戒感MAXに
米大統領選を目前に控えて、世界の市場が一段と不安定な動きを見せています。先週(10月26日―30日)のダウ工業株30種平均は1833ドル下落。下落率(6.5%)は約7カ月ぶりの大きさでした。10月月間でも4.6%の下落。2カ月連続の下落です。大きな背景は欧州、そして米国などの新型コロナ感染の広がりと米大統領選を目前に控えた不確実性に対する警戒感だと思われます。このうちの米大統領選関連の状況をまとめておきましょう。10月29日(金)の日経CNBC朝エクスプレス「マーケット・レーダー」のゲスト、SMBC日興証券の末沢豪謙さんのお話をベースにさせていただきました。
さて、米大統領選の最終盤情勢。末沢さんの分析では「確かに現職トランプ大統領が追い上げを見せているがバイデン候補優位の情勢は続いている」との見立てです。前回(2016年)の大どんでん返しが記憶に新しく、なかなか予測が難しいところはありますが、いくつか根拠を挙げてもらいました。末沢さんは“投票率”がカギを握ると見ています。下記のグラフは前回までの米大統領選の投票率を人種別にみたものです。
全体を示しているのが黒線です。2008年、2012年に比べて大きく投票率が下がったのが黒人でした。オバマ前大統領を熱狂的に支持した黒人の多くは前回は投票に行かなかったわけです。そしてヒラリー・クリントン候補、民主党はヒスパニック票を着実に集めているという前触れだったのですが、ヒスパニックの投票率もちっとも上がりませんでした。まさかのヒラリー、民主党敗北の背景を象徴的に示すのが人種別の投票率でした。
今回はどうなるのか?注目されており、かつ騒乱の火種にもなりそうなのが期日前投票です。次のグラフは中間選挙の投票率と期日前投票の推移をみたものです。2018年の中間選挙では民主党側に相当な危機感があったためでしょうか、投票率がぐんと上がりました。その背景の一つともなっているのが期日前投票(対面での期日前投票と郵送による投票を合わせたもの)の劇的な上昇でした。
さて、今回。末沢さんによると日本時間10月30日朝時点の期日前投票に関する情勢は以下の通りです。
・期日前投票総数(8072万人)
・うち郵便投票(5240万人)、対面投票(2832万人)
・郵便投票の申請(9027万人)、未送付の郵便投票(3787万人)
期日前投票はすでに過去最多だった前回2016年の実績を上回り、前回の投票者総数全体(1億3754万人)の58.7%に上る水準です。1週間弱を残してこの水準ですから、期日前投票がさらに増えるのは確実です。トランプ大統領サイドが「郵便投票は不正の温床だ!」と喧伝していることもあり、足元では対面での期日前投票に足を運ぶ人が多いようです。そもそも(選挙制度というのは国や地域によって違うものだとつくづく思いますが)、米国で投票するのは簡単なことではありません。まず有権者登録をしなければならない。黙っていても投票用紙が送られてくる日本とは違います。まして期日前投票となればなおさらに面倒くさい手続きが必要です。そうした中で期日前投票が過去最高水準に達しているのです。「投票率自体も前回(61.4%)を大きく上回り65%を超えてくるとみられる」(末沢さん)といいます。そうなれば約100年ぶりの高投票率ということになります。
さらにはいわゆる“激戦州”が多いことも今回の大統領選の特徴です。ワシントンポストの定義による激戦州は全部で13州に上りますが、この中では通常では激戦州とは言われてこなかったテキサス州、ジョージア州、アリゾナ州(以上伝統的には共和党地盤)や、ミネソタ州(民主党地盤)が激戦とみられているのが目を引きます。
中でもテキサス州はカリフォルニア州に次ぐ全米で2番目の選挙人を抱え、かつブッシュ親子大統領を輩出したように、共和党地盤の象徴のような土地柄です。しかしこのところ、ヒスパニックの流入が続き、かつカリフォルニアあたりからIT企業家が流れ込んでいることもあって、じわじわ共和党色が薄れているということです。一過性の要因で共和党が苦戦しているわけではありません。末沢さんは「さすがにテキサスでは共和党の危機ばねが働くだろうと思うが、もしここを落とすようならば21世紀中は共和党の大統領は出ないのでは?」とまで指摘するくらいの注目州になってきています。
100年ぶりとなるかもしれない高投票率、そして過去最多が確実視される期日前投票は、概ね民主党有利に働くとみられています。新型コロナに対する警戒感を強く持つ民主党支持層の方が、期日前投票に積極的だからです。しかし、トランプ大統領、共和党サイドもこの状況を把握しているからこそ「郵便投票は不正の温床」を喧伝している節があります。開票の仕方も“アメリカらしく”州によってまちまち。フロリダのようにすでに開票に着手しているところもあれば、激戦州のひとつペンシルベニア州(バイデン候補の地元でもあります)では、厳格な運営で選挙当日以降に期日前投票を含めた開票作業を進める方針です。従って、恐らくは今回はよほどのバイデン候補圧勝でもない限り、選挙結果がすんなりとは決まらない。決まらないうちに、当日投票では有利とみられているトランプ大統領が“勝利宣言”をするかもしれません。あるいは以降の期日前投票の開票を無効と主張するかもしれません。両陣営とも訴訟をにらんだ戦いをしているわけですが、最高裁判事は先日のバレット判事の指名により、圧倒的に保守派が有利と言われています。
「やれやれ」――。村上春樹さん風にため息もつきたくなりますね。世界一の富裕国、世界の民主主義国のリーダーたるアメリカでこの混乱ぶり……。さて、29日放送のタイトルに話が戻ってきました。末沢さんは「事実は小説よりも“危”なり」と指摘します。「奇妙」ではなく「危険」。末沢さんは(本当にビックリするレベルでいろいろなことに詳しい人なのですが)映画を年間200本くらい観るという映画通で、あちこちに映画評論を書くという側面を持っています。今回の「危険」は、アメコミベースの代表的なハリウッド映画「アベンジャーズ」シリーズに由来しています。
4年前、前回の大統領選の時に流行っていたのはアベンジャーズの「シビルウォー・キャプテンアメリカ」。シビルウォーにザを付けて「ザ・シビルウォー」と言えば、アメリカでは南北戦争を指すのだそうです。2016年のアベンジャーズは、当時の分断状況さながらにアベンジャーズの中の分断、内紛状況を描いたものでした。現実の世相と重ね合わせた人も多かったかもしれません。そして2019年のアベンジャーズ「エンドゲーム」は一転して、内紛を克服し、宇宙の敵、ラスボス的な最強の敵に立ち向かうという展開だったわけです(自分はアベンジャーズシリーズを観ないのですべて末沢さんの受け売り)。
どうも今年の大統領選はエンドゲームでハッピーとはいかないのかもしれません。「ザ・シビルウォー」さながらの騒乱状況が懸念されています。米小売り最大手のウォルマートでは29日に、国内の約2400店舗で販売している銃と銃弾を店頭から撤去すると発表しました。米メディアによれば「万が一に備えての対応」と説明しているそうですが、ある市場関係者はこのニュースに接して「2度ビックリする」とため息を漏らしていました。いわく「ウォルマートというスーパーで銃も銃弾も売っているうえに、それを撤去するくらい騒乱が心配されている」――。まさに「やれやれ」です。
市場が最も嫌うのは不確実性、不透明性です。「どんな展開であれ、シナリオがそれなりに定まってくれば、それなりの対応、ポジションを取るものだ」という言い方がありますが、今回は「シナリオが様々に分岐して定まらなくなるリスクがある」(末沢さん)。小説や映画よりも現実社会の方が奇妙であるのみならず、危険なのかもしれません。市場の警戒感がMAXに高まりそうな11月を迎えました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?