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二十歳(ハタチ)になった長崎ダルクの諸君へ

第1回は、2019年暮れに長崎ダルク(薬物依存症回復施設)の20周年を記念して彼らのニュースレターに投稿したものである。『共食』と『つながり』の大切さにふれている。コロナ禍で敢えて掲載してみた。

長崎ダルクが二十歳になったので「大人の話」を、と私が言うと下ネタを期待される方が多いだろうが、今日はとても真面目な話をしてみたい。

依存症者の本質

約150年前、日本は欧米を見習って近代的な国家を目指した。だが自然災害も多く、近代化に必要な資源が決して豊富にあるとはいえない島国である。そのため、人材の育成が不可欠だった。そこで、そのモデルとして江戸時代後期、農村復興政策の指導者であった二宮金次郎が選ばれた。そして全国の尋常小学校(現:小学校)には、みなさんおなじみの金次郎像が校庭に建てられたのだ。その人物像については多くを語る必要はない。みなさんよく御存じだ。
それから50年あまり経った1929年、当時の九州帝国大学下田光造精神科教授が「執着性気質」といった性格特徴を提唱した。その特徴は「気配り、控え目、几帳面、凝り性、責任感が強い、完璧主義的傾向」で、かつ日本人に多い性格特徴と指摘している。何だか明治時代以後の「金次郎」教育の成果が、この時期になってできあがったようだ。
だが、その先約15年間戦争の時代が続くことになる。そして、戦(いくさ)に敗れた日本の国は、世界の最貧国になってしまった。しかし、戦後の復興とその後の経済成長は、世界中を驚かせるほど目覚ましいものだった。それを成し遂げた一因には国民の多くが執着性気質であったからとされている。そんな日本国民が豊かさを実感してきた1975年、神戸大学の中井久夫精神科教授が『再建の倫理としての勤勉と工夫』といった論文を発表した。その一部を紹介しよう。

「…高度成長を支えた者のかなりの部分が執着性気質的職業倫理であるとしても、高度成長の進行とともに、執着性気質者の、より心理的に拘束された者から順に取り残され、さらに高度成長の終末期には倫理そのものが目的喪失によって空洞化を起こしてきた。(中略)その後に来るものはあるいは、より陶酔的・自己破壊的・酩酊的・投機的なものではないかという…」

つまり、執着性気質者は、日本の復興と経済成長の担い手であった。しかし、その目的が達成されると心が空虚となり、結果、陶酔的・自己破壊的・酩酊的・投機的な状態に陥る、と中井先生は述べておられる。
二十歳の長崎ダルクの諸君、この論文は40数年前に著明な精神科教授が書かれた論文だ。でも、今読んでもとても新鮮なんだよ。陶酔的とは薬物依存、自己破壊的は過労死や自殺、酩酊的はアルコール依存、そして投機的とはギャンブル依存ではないか。軒並み今の精神科医療の重要課題ばかりだ。それも依存症者の本質は執着気質で、そのルーツは二宮尊徳(金次郎)にたどり着くこともわかるよね。二十歳になった長崎ダルクの諸君、これまで少しつまずいたり、いや、これからもづっコケるかもしれないが…。素の君たちは、日本が明治維新以後目指してきた日本人のあるべき姿、それも戦後の復興と経済成長を成し遂げた執着性気質ってことになる。これは驚きだ!

西洋かぶれ

信田さよ子原宿カウンセリングセンター所長が最近の対談で次のように語っている。

「…私が危惧しているのは、治療や支援がことごとくパッケージ化していることです。CRAFTやスマープもそうですよね。アメリカから輸入されたこのようなプログラムは、ツールとして有用でも、支援がそればかりになっていくと、人の生き死にの物語が伝わってこない。アディクションの特殊性がなくなって平板化していくような気がします。力量に自信のない人たちが、とりあえず「専門家」であると思えるメリットもありますが。」

確かに近年「専門家」が増え、行政も依存症についてよく理解しないまま相談業務の立ち上げを迅速に行い、広報活動も活発になっている。そのほとんどが、そんなパッケージを陳列しているだけ、なるほどアメリカからの輸入…なんだ。

話しは変わるが、2019年4月19日の朝刊各紙は、とある地元の国立大学で「禁煙対策」の強化に乗り出し、今後の新規採用は喫煙者を採用しない方針、と一斉に報じていた。理由は「学生や教職員の健康を守るため」だそうだ。

以下は、朝日新聞2019年12月26日付の内田麻里香東京大学特任講師が書かれた記事からの抜粋。

「…違法ではないものの薬物の一つであるアルコールは、依存性の強度、害の大きさは大麻や覚醒剤を上回るという研究もある。…」

それはニコチンとアルコールの関係においては明らかである。むしろ、アルコールが健康被害の側面からも社会的な問題でも圧当的に有害なことは、高校教育程度で教えておくべきことだ。いや、今どきの情報に長けた二十歳前後の若者の多くは、すでにわかっているはずだろう。また、「施設内禁煙」に厳格な欧米(西洋)では、もちろん「屋外飲酒の規制」もこれまた厳しい。日本でも2019年の過熱したハロウィンでは、渋谷の交差点周辺は屋外飲酒を制限した。テレビニュースでは、渋谷区長の「当然のこと」といったコメントが流れていた。
とある地元の国立大学の学長殿、確かに、欧米(西洋)と日本とは飲酒文化、習慣の違いがある。飲酒にまつわる「酌の文化」等々の古くからのよき習慣、文化を人文科学の見地から、現状も踏まえて講義されるのならいいが…。それをなさらないなら、地域の最高学府として「今年から屋外の桜花見の場などにおいては、当大学の学生、職員は飲酒を禁止にする」と、筋を通しては如何だろうか。

先の信田先生の話にもある“…アメリカから輸入された…プログラム…”も同様だ。

何だかチョンまげして洋装をしているみたいなものだよ。それをハイカラさん、“西洋かぶれ”ってのかね!

二十歳になった長崎ダルクの諸君、西洋生まれのダルクがこの先長崎の地で、ますます発展することを大いに期待している。しかし、諸君らは“日本人としてのたしなみ”を忘れないでほしい。“西洋かぶれ”はダメだよ。
このことは、明治の文豪森鴎外も西洋の知と東洋の知、双方を理解する必要性を「二本足の知」といって説いているんだよ!よって、今どきの“西洋かぶれ”の「専門家」に迎合しなくていい…だよ!

料理の基本はぬすみ食い、つまみ食い

30数年前になるが、精神科医であり、依存症治療のパイオニアである作家のなだいなだ氏から私は、「料理の基本はぬすみ食い、つまみ食い」といった言葉をいただいた。そこで、食の話をしてみよう。
私の幼いころ外食をするとは、レストラン(食堂)に出かけメニューから好みのアラカルト(一品料理)をひと品、ないしは、いく品か注文し食事を楽しむといった、少しあらたまったものであった。そして、日本の復興、経済成長の中、定額料金で複数の料理を提供し、食欲を満たすことのできるバイキング料理(ビュフェ・サービス)が登場する。そこでは、個々人が各々の好みの料理を好きなだけ選べる。ちなみに、このビュフェ・サービス(バイキング料理)の日本発祥は帝国ホテルだそうだ。オープンは1957年とのことである。さらに定食セットってのがあるよね。でも50年ほど前、私が学生時代には、定食セットがあったかどうかよく覚えてない。そのころ街の大衆食堂に入ると、ガラスの引き戸がついた大きなケース棚があり、中は2段ないしは3段に仕切られていた。そして、そこには小皿にのった「アジの煮物」、「卵焼き」、「酢の物」、「クジラの竜田揚げ」などが各々数皿ずつ置いてあった。そこから財布の中身と相談しながら、一皿、あるいは数皿を選び、それとご飯、吸い物を注文して食事をしていた記憶がある。そんな食堂を定食屋と言ってたような気もする。また、行きつけのおばちゃんの店でも、注文がご飯とおかず一品だけだと、懐がさびしいのを察しておばちゃんがお吸い物ともう一品を添えてくれていた。それが、いつのころからか定食セットにと進化していったのかもしれない。そうそう忘れていた。この30年あまりでアメリカから輸入のファストフードのセット・メニューがものすごい勢いで全国に浸透、外食のイメージが大きく変わった。この定食セット、セット・メニューは、どちらも早くて、気軽に何時でもが人気なんだろう。
ただ、セット・メニューで、こんな小話がある。とあるハンバーガーショップでのことだ。そこに勤務する可愛い店員さんを好きになった少年ツトム君は、彼女が出勤している日は、必ず彼女が受持つカウンターに並び、何時も「チーズハンバーガーセット」を注文してきた。そして、ある日、思い切って~ツトム君は「いつものやつを…」と。ところが彼女は微笑みながら「申し訳ございません。当店には 『いつものやつセット』はございません」と…。決してこんなことがファストフード店でおこるわけはないが、とても示唆に富んだ小話だ。

今日、依存症対策を行っているとする自治体は、ほぼ信田先生が指摘する“パッケージ化”で相談拠点を立ち上げている。そしてそこで、まさしく可愛い店員さんが相談員、あるいは「専門家」と称している。ただそれだけ…。
私は依存症の治療と回復支援とは、アラカルトとバイキング料理の巧みな組み合わせだと思う。それも、おおむねバイキング料理で根気よくが一番だ。
長崎ダルクの諸君、諸君らが続けること、それはみんなで作っているバイキング料理を何度も何度も“ぬすみ食い、つまみ食い”すること。可愛い店員さんに惑わされたらダメだよ。

いちばん大切なこと

大人の世界では定食セット、あるいはセット・メニューも大事なことは知っておいたほうがいい。諸々の制度基準を満たすためには、定食セット、セット・メニューは大事だ。人数はどれだけ、時間はどのくらい、何クール行う。つまり決まり事だよ!そのセットを整えとかないとお役所からお金が下りない。これはこれで、とても大事なことだ。でも、「いちばん大切なことは、目には見えない」(アントワーヌ・ド・サン=テグジュベリ.『星の王子さま』より)。
二十歳になった長崎ダルクの諸君、今後の健闘を祈る!以上

◎引用図書等◎
中井久夫「再建の倫理としての勤勉と工夫―執着性性格問題の歴史的背景への試論」.  『躁うつ病の精神病理1』.  笠原嘉編、弘文堂、1976

松本俊彦×信田さと子「掘下げ対談 アデクションアプローチとハームリダクション」.  『Be! 137』.  ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)、Dec.2019

内田麻里香「依存症の背景に「恥」の感情」.  『あすを探る』.  朝日新聞 2019年12月26日 

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