日本の精神科医療、失われた30年
1987年2月25日の各新聞各社は、「任意入院を原則」、「精神障害者の人権確保へ」、「社会復帰を充実」等々と一面トップ、大きく紙面を割き報じている(資料1)。で、時は流れ、2022年3月22日の西日本新聞(共同通信)には「精神科の強制入院縮小」(資料2)と。この35年間に何があったのか? 既に「一目瞭然」、「氷山の一角」等々で紹介してきたが、強制入院(医療保護入院)増加の元凶は池田小学校事件後に制度化された精神科救急入院制度である。いわゆる「ショック・ドクトリン」(資料3)だ!
もちろん、精神科医療においても救急を要する状態、状況は存在する。では、どこで誰がどのように対応すべきか、それは小著「一億総活躍時代のメンタルヘルス」2017年刊 ~総合病院 精神科の大切な役割~でこれもすでに述べている。そこで今回、小著の一部を再掲、それに最近の社会状況も踏まえ、精神科医療の失われた30年を語ってみたい。
以下:「一億総活躍時代のメンタルヘルス」2017年刊より
▼総合病院精神科より精神科クリニックへ
2008(平成20)年に精神科救急・合併症入院料が新設された。その後、今日に至るまで、精神科救急入院料病棟の資格取得施設数は倍増し、100施設を超える勢いで増加した。一方、精神科救急・合併症入院料病棟の資格取得施設数も倍増しているものの精神科救急入院料病棟取得施設数と比べて桁が一つ少ない。
では、精神疾患の身体合併症を受け入れるにふさわしい医療機関はというと、もちろん総合病院である。だがこの20年間、精神科病棟を有する総合病院の必要性が議論されることはなかった。むしろ、精神科医療における地域移行、在宅サポートの担い手として、市井の精神科クリニックを選択、期待をした。よって、精神科医が精神科クリニック開業でも生業ができる方向へと診療報酬制度の舵を切った。そんな精神科クリニックが増加する中で、2001年に池田小学校事件がおきた。それを受けて2002年診療報酬制度に精神科救急入院料が新設されている。それは概ね単科精神科病院を対象としたものであった。
一方で、市井における精神科クリニックの増加は、気楽に受診でき、抗不安薬、睡眠導入剤等の処方を比較的容易に受けられる、といったことでうつ病、適応障害等と診断された精神疾患の急増をもたらした(資料4)。ただ、そんな精神科クリニックの多くが夜間無人のビル診療所なのだ。
2013年7月17日厚生労働省「第6回救急医療体制等のあり方に関する検討会」で、〈いまの精神科救急医療体制はハード救急の対応が中心で、救急病院の負担要因であるソフト救急へ対応は手つかずの状態〉として検討課題となっている。
このソフト救急とは、その多くは夜間帯に不安が募り「死にたくないけど、生きたくない」として、大量服薬(OD)、リストカットに至る感情障害、適応障害圏、あるいは依存症疾患であるのは間違いない。では、そんなソフト救急にどう対処すればいいのかである。
それは総合病院精神科に精神科救急合併症病棟を取得してほしい、と同様にいやそれ以上に重要な課題である。
以下:現状
▼2018年版の過労死等防止対策白書では「重点業種の働き過ぎやストレスの主な特徴と必要な対策」として(資料5)をあげている。
そして、2022年6月9日の「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」の報告書、第1総論(精神疾患の現状)新型コロナ感染症の影響により~不安を感じており、メンタルヘルスの不調や精神疾患は、誰もが経験しうる身近な疾患・・・として、精神障害を有する方と精神保健(メンタルヘルス)の課題上を抱えた方としている。だが報告書各論では、精神保健(メンタルヘルス)の課題上を抱えた方について全くふれていない。
2023年12月末の新聞報道より、『患者から暴言・暴力 病院疲弊・・・ペイシェントハラスメント』長崎新聞2023年12月4日付『精神疾患で休職 教員最多6539人・・・』長崎新聞(共同通信)、日本經濟新聞、2023年12月23日付『介護職員の高齢者虐待最多』長崎新聞2023年12月23日付『搭乗拒否「カスハラ」明示・・・全日空』西日本新聞(共同通信)2023年12月24日付『海保パワハラ職員自殺』毎日新聞2023年12月24日付『心の不調で休暇休職 地方公務員4万3688人』長崎新聞2023年12月26日付~と、枚挙にいとまがない。こんな虐待、ハラスメント(とくにカスタマーハラスメント)の根っこは、お客様、患者様、おもてなし、思いやり、絆といった気配りワードが生み出している。そして、この被害者、加害者双方とも精神保健(メンタルヘルス)の課題を抱えた方といった認識をお持ちいただきたい。さらに、『「軽症119番「困る」70%=消防庁都道府県抽出調査」 長崎新聞(共同通信)2023年12月5日付~と。この軽症とされる搬送依頼者の多くは、先にふれたソフト救急の対象者で、これまた精神保健(メンタルヘルス)の課題を抱えた方である。
そんなソフト救急の対象者は、総合病院で他の科との連携で精神科医による対応が望ましいのはもちろんだ。ただ、ハード救急一辺倒の精神保健指定医を軸とした診たて、処遇のあり方では、人権問題とやらで先祖返りに、と・・・。やはりここは、精神科医と精神科医療に携わるスタッフの任意契約に関する高いスキルが求められる。「任意入院を原則」に!
以下:さてこれから!
▼ヨーロッパのある大学病院の精神科救急事情を紹介しておきたい。病床規模は70床だが、年間の受け入れ数は約7500名、入院期間は概ね2~10日である。そして、受け入れている精神疾患の順位は、一番多いのが感情障害、次がアルコール依存症、そして不安障害、薬物乱用、最後に統合失調症となっている。日本にもこういった総合病院精神科がほしい。そして、まともな精神保健指定医の資格取得については、こういった機能をもった総合病院精神科での一定期間の勤務を義務化すべきではある。
*1987年に改正された精神保健法の
3本柱は「任意入院、精神保健指定医、精神保健審査会」だ、と。
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