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続、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係わる検討会」 「精神科救急医療体制整備に係わるワーキンググループ」 報告書(素案)について

精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築推進における精神科救急医療体制整備では、「必ずしも入院医療を前提としない」という基本的な考え方のもと・・・とした上で、入院医療を含む精神科救急医療の機能も重要でありとし、その整備の意義として、
① 急性憎悪・急性発症への即時、適切な介入による機能低下の防止
② 長期在院の防止
③ 多様な精神疾患への対応の構築
と以上3点をあげている。そして、そのセンター機能を果たす施設は、精神科常時対応型精神科救急医療施設(スーパー救急)としている。

その精神科常時対応型精神科救急医療施設(スーパー救急)は、2002年(平14年)新設された。そして、2017年現在、精神科常時対応型精神科救急医療施設(スーパー救急)の取得数は147施設となっている。日本国内ではこの精神科スーパー救急の評価は極めて高い。だがその施設増加の理由は、入院料が3ヵ月の間、一般的な入院よりほぼ三倍高いからである。だから、先のブログでもふれたように基準「3ヵ月以内」が、現場では「3ヵ月の縛り」といった病院経営を意識したものになってしまっている。そこで、「②長期在院の防止」について、解説を加えたい。「3ヵ月以内」が長期に至らないとの目安(根拠)とは何だろうか?過去に一つ目安としたであろう方式が存在していた。それは最後に紹介する。ただ、この施設基準が設けられた2002年(平成14年)である。当時、精神科医療の大きな課題は、数十年に及ぶ長期在院患者(その多くは壮年期の統合失調症者)の地域移行と新たな入院患者の長期入院の防止であった。だが、それから、20年が経とうとしている。統合失調症患者については、薬物療法の進化、とくに持続性抗精神病注射薬が登場した。この使用により再入院リスクが十分の一以下に軽減したとされている。新たな長期入院予防の良薬である。しかし、日本での使用は欧米先進国に比べて極めて低いと聞く、何故だろう。「退院後3ヵ月以上経過の再発患者」の再度入院は、この精神科救急入院料の仕組みの上では、病院経営に魅力的だからである。だから、この良薬を活用せず、3ヵ月ルールでベッド調整(空床確保)を目的に入退院を繰り返すこと、病院経営の手法として行われているのは明白である。だが手法は、繰り返しの中で早晩、患者本人も病棟スタッフもいい加減消耗し、結果、長期療養(長期入院)に至ることが想定される。果たしてこの「3ヵ月以内」が良質な精神医療を提供しているか疑問だ。また、「③多様な精神疾患への対応の構築」においての「3ヵ月以内」の妥当性は先のブログですでにふれている。

では、「③多様な精神疾患への対応の構築」について、私の私見を述べてみたい。総合病院の救急医療(ER)に「自殺企図(多くが死にたくないが、生きたくない)」「大量服薬」で搬送される患者の多くは、これまで長年統合失調症中心の治療に携わってきた我が国の精神科医が不得手としてきた多様な精神疾患群である。それは、依存症者とそれに重複する気分障害、また、あらゆる虐待被害の背景にある当事者、あるいは加害者何れかの精神疾患、依存の問題等々。それは本来精神科医が総合病院救急医療(ER)の現場に身を置き、それらの患者の問題について紐解き作業をすることから始めるべきものである。だが、精神科常時対応型精神科救急医療施設(スーパー救急)の設置基準が設けられ、さらに地域に多くの精神科クリニックが開設されたことで、総合病院精神科の病棟閉鎖が相次ぎ、総合病院精神科病棟の必要性が議論されることなく今日に至っている。総合病院精神科病棟は、精神疾患の身体合併症の対応にも必要な機能である。
そこで、20世紀末~21世紀初頭の総合病院精神科病棟について考察を加えてみたい。当時の総合病院精神科病棟は、精神障害者の社会復帰と開放化に情熱を傾け、「精神病院はいらない」と地域精神医療を志しもった昭和の若き精神科医の拠点となっていた、と言っていい。もちろん、取り扱う精神疾患の多くは統合失調症で、彼らの「開放化」「地域で支える」にこだわり続けた。そのため不採算部門であることから総合病院の管理者は閉鎖の判断をせざるを得なかった。しかし当時、勤務する若き精神科医からの強い反発はなかった。おそらくそれは、地域移行、在宅サポートが医療費削減に有効と判断した国が、精神科クリニックで一人の精神科医よって生業ができる方向へ診療報酬制度の舵を切ることになったためである。
後年、2013年(平成25年)の厚生労働省「第6回救急医療体制等のあり方に関する検討会」において「緊急性の高い身体合併症があり、精神疾患を持つ患者の受入制の構築について」と取り上げている。しかし、そこではすでに総合病院精神科病棟に大きな期待をよせることはできなくなっていた。そして今、多様な精神疾患への対応の構築である。今後、精神保健指定医の資格取得にあたっては、総合病院内でERと精神科病棟が協同で医療にあたる現場に一定年数の勤務を義務化すべきだと思うのだが・・・。悔やまれる。独協医科大学埼玉医療センターこころの診療科の井原裕は、『昭和時代の若き精神科医たちは、「国家権力と対峙する」と宣言し、正義感があふれすぎて、結果として喜劇を演じた』と、昭和の時代の精神科医療を揶揄している。さしずめ総合病院精神科病棟の閉鎖もそんな三流喜劇の一コマだったに違いない。

参①)3ヵ月入院の一つの根拠
堀内秀医師 (ペンネーム=なだいなだ)は、彼の著書『アルコール中毒-物語風』(五月書房、1992年)の中で、

なぜ一律、三か月にしたか。理由は簡単だ。年間入院希望者の数をベッド数で割ったのだ。まったくの機械的な算出である。これなら計算上、年間に入院したい患者をほとんど待たせずに、全員入院させることができる。いろいろ検討した結果、3ヵ月が治療上適当だという結論に達したわけではなかった

と語っている。

参②)精神科ERについて
ヨーロッパのある大学病院の精神科ER事情を紹介しておきたい。病床規模は70床だが、年間の受け入れ数は約7500名入院期間は概ね2~10日である。そして、受け入れている精神疾患の順位は、一番多いのが感情障害、次がアルコール依存症、そして不安障害、薬物乱用、最後に統合失調症となっている。

参考図書)
「措置入院と予防拘禁」、井原 裕 精神科治療学・2020
「一億総活躍時代のメンタルへルス」、西脇健三郎 幻冬舎・2017

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