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なぜ、(鉄)格子はいけないのですか

格子はいけないのですか?

日本經濟新聞2023年8月17日付『コロナ派生型、米で拡大 感染力強い「エリス」』と報じている。また、記事の内容では〈・・・重症化リスクは低いとされるが、感染力は強い〉。〈世界保健機関(WHO)は9日、エリスを「注目すべき変異ウイルス(VOI)にした。・・・公衆衛生への危険は低い」・・・〉と伝えている。となると、「エリス」は感染力が強いが、弱毒化している、と理解していい。加えて、空気感染は周知されている。なら今の感染対策は換気が大切。特に高齢者を多く処遇している施設、医療機関は十分な換気が求められる。精神科病院も然りだ。だが今、ほとんどの、いや全ての精神科病院は、20世紀末に暗い、汚い、怖いとのイメージ払拭するためとして(鉄)格子は取り外された。そのため、転落事故防止の観点から窓を大きく開けて外気を取り入れることはできなくなっている。

へそ曲りの私は20数年前、以下のコラムを投稿している
★なぜ、(鉄)格子はいけないのですか
台風銀座の沖縄では暴風が運んでくる様々な飛来物から住まいを守るため、家々の窓に格子が取り付けられている。わたしの住む坂の長崎でも、斜面ぎりぎりに建てられている家々には、転落防止のため格子を用いているところが多い。
だが、そんな沖縄や長崎でも、精神科病院では鉄格子を設けることはできない。
鉄格子は勿論、鉄でない格子を設けることも難しい。
どうも格子とは、精神科病院にとっては閉鎖的で、隔離収容といった暗いイメージの象徴になっているようで、今後、全ての精神科病院から格子を取り外すといった雲行きである。そこで、知り合いの建築家に「格子ってのは、建物にとって本来なくてもいいものですか」と尋ねてみた。すると彼は、格子ではなく、まずガラス窓について次のように語ってくれた。
「現在の建物では、従来、住まいの三つの戸、障子・格子・雨戸の殆どがガラス窓に取って代わりました。それは産業革命以後大量に生産され、安く手に入るようになったこと、そして、これまで格子とか障子が行ってきた採光、雨戸が担ってきた外気の遮断を同時に行うことができる、といった利便性から広く用いられるようになったわけです。さらに、その気密性は空気温度の調整で冷暖房を行うエアコンの性能を引き出す道具としては最適なのです。ところが私たち建築家は、そんなガラス窓が以前と比べて建物を外界と隔て、むしろ閉鎖的にしてしまったと考えているのです。」
「ガラス窓は閉鎖的なんですか。」と、私は思わず問い直してしまった。
「そう閉鎖的なんです。建築学ではパブリック=プライベイトの関係を上手に組み立てるように『部屋』と『部屋』、もしくは『部屋』と『屋外』をどう結びつけていくかが、大きなファクターとしてあげられます。これを『空間の連続性』というんですが、実はガラス窓とエアコンの普及によって現在の建物は、そんな空間の連続性を組み立てていくことを難しくしています。つまり外部と閉鎖的になっている、と言っていいのです」。
「では格子はどうなんです」
「うん、日本の古くからの町家や宿場などで道路に面したところでは、パブリックとの距離が近づいていますよね。そこで、外の様子をある程度分かるようにしつつ、プライベイトの領域を保つ装置として格子を使用したわけです。つまり、格子はこれまで『外部の視線を遮断しつつ、内部から外の景観を取り込む』といった役割を果たしてきたわけなんです」
「なるほど格子は外に対する目隠しとか遮るといった目的のほか、外の景色を取り入れる役割もあったわけだ。」
「それだけじゃなくて、風や音、そして匂い、つまり外の音がはっきり聞こえ、匂いが敏感に伝わることで、家に居ながらにして外の世界と繋がるのに大きく貢献してきたともいえるんです」
そして最後に彼は「格子は、プライベイトの領域を保ちつつ、パブリックとの距離を近づけたりすることで、個人と社会を等しく成り立たせ、また自然をより意識させる役割として、これからも建築には欠かせない要素としてあり続けると思います」と、建築家としての格子への思いを語ってくれた。
私たち精神医療に携わる関係者は、この30年来、それまでの閉鎖処遇のあり方を否とし、開放化に取り組んできた。だが、そんな取り組みが社会の要綱の全てに応えているわけではない。必要な時に閉鎖処遇を含めた適切な対処が求められる精神科救急システムの整備、運用は、まさしくこれからである。そこでこれからは、閉鎖処遇のあり方全てを否とするのではなく、むしろ、格子の持つもう一つ別の役割といった、これまでの私たちの物差しとは異なる物差しにも関心を向け、時にはそれを取り入れる勇気と常識が私たちに必要ではないかと思うが、如何なものだろうか。

日本精神病院協会雑誌 平成11(1999)年VOL.18 No.1

*エリス=オミクロン株の派生型「EG. 5」

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