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精神科医療における、「適応性」、「説明責任性」、そして「受容性」

佐久間啓日本精神神経学財務担当理事は、精神神経学雑誌2021年12月号、巻頭言「今後の精神医療・福祉のあり方について」の中で、イアン・ファルーンが地域で展開する精神医療・保健福祉サービスの評価すべき指標として4つの“A”を挙げている、と紹介している。
その4つの“A”とは「①Accessibility(利便性):アクセスしやすく短期間に最大の効果、至適なサービスを提供できる。②Acceptability(受容性):スティグマを感じずに利用でき、コストに見合うかそれ以上のベネフィットがある。③Accountability(説明責任性):提供するサービスの内容が科学的エビデンスに基づいて、スタッフの技量が質的に担保されている。④Adaptability(適応性):各障害のさまざまな時期やニーズに応じ、時代の変化や地域のニーズの変化にも適応していけるサービスである。」と、なるほど!
確かに私は大阪における精神科クリニック放火事件で利便性をマイナス要因の一つにしていた。しかし、ファルーンの指標のAccessibility「利便性」とは、他の3つの“A”とを上手く融合させてのサービス提供ができるAccessibility「利便性」であると理解したい。
また、④Adaptability(適応性)に関しては、確かに、各障害(多様な疾患)の特性を見極め「できること、できないこと、しなければならいこと、してはならないこと」を踏まえ、差別はいけないが区別は必要との認識をもっておくべきだと思う。
この先、情報通信技術、AI等の飛躍的な進歩の中、一方で人間のあり方も、ますます多様化するに違いない。いや、すでにそうなっている。そんな時代に精神科医、精神科医療従事者がマニュアル化した研修会の受講、技法の取得(形式知)で事足りるとするのは如何なものだろうか。むしろ、これから、いや今でも精神科医療に携わる者は、この『4つの“A”』を基盤として実践を積み重ねる中から実践知(暗黙知)を身に付けるべきだし、それでもって精神科医、精神医療従事者として生業をなすべきだ。
ただ、一定数の患者の非自発的入院処遇を要件としている現行の精神科救急制度は、その非自発的入院処遇者に対して、適正な時期に③Accountability(説明責任性)を適切に行っているのだろうか。精神科救急病棟にある「・・・3ヵ月以内・・・、非自発的入院6割・・・」が気がかりである。とくに3ヵ月以内だが、何故3ヵ月なんだろう。精神科医で作家のなだいなだが、彼の著『アルコール中毒-物語風』(五月書房 1992年)の中で、「何故一律、三か月にしたか。理由は簡単だ。年間入院希望者の数をベッド数で割ったのだ。まったくの機械的な算出である。これなら計算上、年間に入院したい患者をほとんど待たせずに、全員入院させることができる。いろいろ検討した結果、3ヵ月治療上適当だという結論に達したわけではなかった」と、唯一3ヵ月入院の根拠を明記している。つまり、病院経営上重要だと・・・。日本の公的保険制度で、精神科医療における最も高額な入院費を請求できるのが精神科救急病棟である。経営的には病床を埋めることが重要である。治療的、人権とやらの観点からは納得できないが・・・。となると、入院期間の規定は「3ヵ月以内」は、経営的なことを意識すると、3ヵ月の入院を要しない患者を「3ヵ月縛り」といった不当な入院を行うことやむなしである。次に精神科救急病棟の取得要件でもある「6割が非自発的入院であること」だが、先に紹介した1998年、牛島定信教授の論文にある「・・・ここで特に注目してほしいことは、人格障害や思春期患者たちがもたらしている行動障害、あるいはうつ病や神経症水準の患者たち、さらには心身症への対応という現在の精神医療に対する社会的ニーズである。・・・」を思いおこしていただきたい。牛島定信教授がその論文の中で「マイナーな疾患」としてふれておられるが、今や「マイナー」でなく「メジャー」だよね。そんな「メジャーな疾患」の患者が救急で、非自発的入院を要する時期は長くとも10日程度である。離脱、せん妄状態を呈するアルコール依存症においても、樋口進ほか編『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』(新興医学出版社2018年)で「アルコール使用障害の患者が救急搬送されてきた場合の初期対応」として〈・・・幻覚等もほぼ消失・・・入院7日目・・・本人も同意・・・〉」と記されている。では、今やその「メジャーな疾患」となっている気分障害、依存症疾患等だが、その治療、回復支援の対象は「病識欠如」より、むしろ「否認とプライド」である。もちろん精神保健指定医の資格、研修は、そんな「否認とプライド」に向き合う上で何の役にも立たない。ただ、「メジャーな疾患」が増加する中で、現行の要件(入院3ヵ月、非自発的入院6割)を求める精神科救急病棟の運営に支障をきたさないか懸念されるところだ。となると、もうこれからは「患者の人権どころか」、精神保健指定医の作文能力と精神医療審査会の書類人権主義に頼る他あるまい。

最後に、この 精神科救急病棟と医療観察法病棟を併設することにより、公的精神科医療機関の多くの病院経営は、多大な赤字から一転して黒字となっている。しかし、入院処遇を受けた患者が②Acceptability(受容性)スティグマを感じずに利用でき、コストに見合うかそれ以上のベネフィット(受容性)があるかは、疑問符がつく。だが、こうした精神科救急制度のあり方に対して良識があるとされる精神科医療従事者、並びに患者の権利擁護の立場に立っておられる方々から疑義、あるいは批判の声はあがらない。これはまさしくコンコルドの誤謬(Concord fallacy)だ。やはり現行の精神科医療体制の抜本的改革は必要だね!

【ファレール,I.R.H.,ファュデン,G,(水野雅文,丸山 晋,村上雅昭ほか監訳):インテグレイテッドメンタルへルスケア-病院と地域の統合をめざしてー.中央法規出版,東京,1997】

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