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母と子

母の使っていた文箱を譲ってもらたのは私が東京に就職する前のことです。クラシックなものが好きで単に小物入れにと置いていました。

ふと目に留まって開けてみました。そこには使っていない旅先で買った絵ハガキやリーフレットなど数枚。「懐かしいー!」その時は捨てるにはもったいないけれどしまっておく場所が見当たらなくて一時的にしまったものたちでした。そんなに大事にされていなかったのに私の心の奥底からこの言葉を引き出してくれたことに少し照れ臭いような変な感情が湧きました。


その中にロンダニー二のピエタの説明書が残っていました。ピエタとは死んで十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリアの彫刻や絵のことです。今まで見たキリストとマリアの像とは違って素朴で未完成のようです。

ミケランジェロのサンピエトロ大聖堂にあるのが有名ですが、同じ二人のモデルとは思えない異空間がそこには漂っています。

ほとんどが聖母マリアの膝に横たわるキリストの姿ですが、このピエタはミラノのスフォルツア城に展示されていて晩年目の見えなくなったミケランジェロが死を迎える六日前までノミをふるった未完の作品です。その時ミケランジェロは88歳。人間の渾身のエネルギーのすごさを感じました。

ノミの跡も生々しくおおざっぱのように見えるそれは最後の力を振り絞るミケランジェロの情熱そのものです。

細くやせたキリストを優しく背後から抱きかかえる聖母マリアの姿に胸が熱くなったその時の情景がよみがえりました。隣には中学生の娘が一緒でした。何も言わず長らく眺めています。本物を見るだけでいい。そこからその年代で感じたものを大切にしてほしいと思っていましたが、その気持ちが通じていたのかどうかはわかりません。

小ぶりの城はツタで覆われていておとぎ話の建物のようでした。石の階段を降りて行くとそのピエタは静かに悲し気にたたずんでいました。母の有り余る愛情がその崩れそうな木製の像から零れ落ちています。旅で出会ったすべてのことは忘れるから思い出す。人との出会いも同じです。

あれから何十年も経ったというのにその時のことは昨日のことのように蘇ってきます。無駄な経験は何一つ無駄なものはなく、心のひだにしっかりとおさまっています。

そんなことにふけっているとちょうど娘からLINEがありました。三人の孫が、ぴったりとくっついてニコニコしながらこちらを見ています。幸せそうな夕餉の前のひと時でしょう。真逆な光景ですがこれもまた会いが溢れています。

娘もスッカリお母さん。子供を慈しむ心は何も言わなくても備わっているようでなんだか安心です。

今夜はあったかいミルクで体を温めることにします。

今朝は少々寝坊しました。何も言わず待っていたニケは私が起き上がると、慌てて階段を降りて行きます。
「はいはい!今から行くよ。」たっぷり寝たせいか私も何となく元気です。

今日もいい日にしましょう!

     

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