I Wanna Deliver a Dolphin 私はイルカを産みたい
武蔵野美術大学造形構想研究科で、長谷川愛さんのお話を伺った。彼女はIAMASやRCAそして現在はMITのデザイン・フィクションラボで研究員を勤めているアーティスト。「Expand the Future」というコンセプトに従い、Speculative Designを行っている。
Speculative Design
Speculative DesignはRoyal College of ArtのデザイナーAnthony Dunneが提唱したデザインの概念。Speculateは「思索する」という意味の単語。問題解決を目的とするのではなく、厄介な問題に対して新しい見方を切り開く為に用いられる。従来とは違う物事の在り方について話し合ったり討論したりするための刺激剤として使われるデザインである。
起こりそう・起こってもおかしくない・起こりうる・望ましい
Speculative Designは良くこの図を用いて説明される。この4つの三角形はデザインが現在からどの程度の未来をフォーカスに行われているかを示したものだ。起こりそう(Probable):多くのデザイナの活動領域。起こってもおかしくない(Plausible):シナリオプランニングや洞察領域。起こりうる(Possible):現在の世界と想像上の世界を結ぶ。望ましい(Preferable)起こりそうなことと起こってもおかしくないことが交わる部分。Speculative Designはこの「望ましい(Preferable)」な未来を対象としたデザインだ。
私はイルカを産みたい
長谷川愛さんはデザインを用いて、望ましい未来の断片を表現し、議論の触媒となるような作品を数多く世の中に生み出している。
人間は遺伝子を次世代に渡す方法として子供たちを育てるように遺伝的に仕向けられていますが、人口過剰と緊張した地球環境のために最適な状況で子供を育てることはより難しくなっています。
このプロジェクトは、潜在的食物不足とほぼ70億人の人口の中、これ以上人間を増やすのではなく、絶滅の危機にある種(例えばサメ、マグロ、イルカ等)を代理出産することを提案しています。
子供を産みたいという欲求と美味しいものが食べたいという欲求を満たす為に、食べ物として動物を出産してみてはどうか?という議論を提示し、そして如何に可能にするかという方法も示します。『私はイルカを産みたい…』
実在する同性カップルの一部の遺伝情報から出来うる子供の姿、性格等を予測し「家族写真」を制作した。現在ではまだ”不可能”な子供だが、遺伝子データ上での子供の推測ならば同性間でも出来る。ウェブの簡易版シミュレーター(β版)では、カップルの23andmeの遺伝データをアップロードすると、ランダムに出来うる組み合わせの子供のシミュレーションが病気のなり易さや外見、性格に関する情報等が文章で出てくる。 2004年の二母性マウス「かぐや」の誕生から10年以上経ち今年、女性から精子を、男性から卵子をつくれるのではないかと予想される内容のiPS細胞関連の研究論文が発表された。もはや同性間での子供の誕生が夢物語では無くなろうとしている。しかし技術的には可能でも倫理的に許されるのか、という議論を通過しなければ実現は難しい。一体誰がどの様に、その是非を決定するのだろうか?一部の医者や科学者か、それとも私達にその自由はあるのか。このプロジェクトは生命倫理と科学技術に対する決定を多くの人に解放する装置として、アートはどの様に関ることが出来るのか模索する試みでもある。 この子供達の”存在”に対してあなたは何を思うのだろうか?その議論の行方により、今は”impossible baby”だが、近い未来 i’m possible baby になるかもしれない。『(IM)POSSIBLE BABY, CASE 01: ASAKO & MORIGA』
近くて遠い。人間と恋愛するのは骨が折れる。言葉を尽くしても、五感や行動で訴えても分かり合えない時がある。例えば犬の方が人間より信用できる気がする。どうせ分かり合えないのならばいっそ人間から遠い、コミュニケーションの可能性が未知の生物と繋がってみたい。例えば「サメ」と。 鮫はその漢字からも読み取れるように、魚類でありながら交尾器を持ち更には様々な繁殖様式を持つ。更にはある種のサメは有性生殖も単為生殖も可能だ。人間もバイオテクノロジーの発展した未来では同性間での生殖や単為生殖も可能だと言われている。私にとってサメは「未来のテクノロジーを使いこなす野性的で強い女性」を象徴する憧れの生物。今回はサメのメスに化ける為に、特殊な材料を用いてオスザメを魅惑する香水をつくれるのか?という挑戦となった。『Human X Shark』
僕もSpeculative Designしてみた
こうした「思索」のためのデザインは、今まで取り組んできた問題解決型のデザインとは違い、ある種のSFムービーを観ているかのような気分にさせてくれる。AKIRAやブレードランナーを初めて観たときの感覚に少しだけ似ていると思った。興味を持ったので僕たちも友人と一緒に(簡単な?)Speculative Deignをやってみた。
僕らが考えたのは100年後の家族について。「100年後人類は宇宙空間へと移住する。宇宙服をまとい建造物が無くなり、さらに遺伝操作は当たり前になった世界では、人間は視覚的な情報で家族を判断することが出来ない。だから人は同じ香りを纏い、自身のコミュニティを匂いで判断する。」というストーリーを基に「香族」というプロダクトと映像を作った。
このプロジェクトを通じて、メンバーの中で話題になったのは婚姻についてだった。100年後の人々の「つながりの証」はどんどんと形のないものに変わっていくとしたら、そもそも家族とはなんなのか?結婚や婚姻はなんなのか?といった議論が巻き起こった。フランスのPACSから映画の万引き家族、LGBTと法改正まで議論は発展し、普段一緒に過ごす仲間がこんなにも多様な価値観を持っているのだとデザインを通じて知った。
まとめ
・Speculative Designは問題解決ではなく「思索する」ためのデザイン。望ましい未来の断片を描き、現代社会に議論を産み出す。
・長谷川愛さんが作ったデザインはどれもSF映画を観ているようで、今はまだない未来を描くことで、特に人の出生や性について多くのことを考えさせられた。
・自分も簡単なSpeculativeなプロダクトを作ってみて、そこから多くの議論が生まれた。デザインには「思索させる」と同時に「多様さを受け止める温かさ」があると思った。
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