見出し画像

持続可能なデジタル・ミュージアムとは(第2回):無観客ギャラリートークの意味

まずは展示室の中から話を始めてみましょう。

東京国立博物館は政府の方針を受けて、2020年2月27日(木)から急遽休館となり、展示を見ることができなくなりました。この週は24日(月)が振替休日、25日(火)が休館日で展示替え日にあたり、特集など新しい企画は26日から始まっていたのですが、わずか1日で閉室になってしまったわけです。その中には毎年春恒例の特集「おひなさまと日本の人形」も含まれていました。

ふつうならば、「ああ残念、せっかくてまひまかけて展示したのにもう見てくれる人はいないのか(泣)」となるところですが、次の策に思い当たり、即座に実行した博物館スタッフはりっぱだったと言えるでしょう。翌週の3月3日には館のYouTubeチャンネルに映像があがりました。

【オンラインギャラリーツアー】三田研究員が語る、特集「おひなさまと日本の人形」

ごらんいただければ、おわかりのように、それほど上等とも思えない手持ちカメラの長回しで約20分、ひたすら三田さんが語る映像で、手前には撮影者とおそらくは広報室員がいるだけの「無観客ギャラリートーク」です。何の装飾的な要素もありませんが、「モノが持つ情報を明確に伝える」という役目は、とりあえず不足なく果たしています。三田さんの熱量高めの語り口も影響しているのでしょうが、YouTubeのコメントでも、Twitterでも評価は高く、視聴数も現在までに18000以上となっています。リアルなギャラリートークの聴き手が1回数十人であることを考えると、ミュージアムの基準からすれば、ずいぶん多くの人たちに届いたことになります。

学芸員が展示室を歩きながら展示品を説明するところを撮影して、ネットに投げるというのは、今の時代ならばとても簡単にできることです。スマートフォン1台と動画配信サイトのアカウントを準備して、そこに話す人と撮る人がいれば、出来不出来はともかく、実現することでしょう。では、これまでそのような試みが多かったかというと、これがほとんどありません。これを書いている4月29日にYouTubeを「ギャラリートーク」で検索してみると、国立西洋美術館がまとまった数の「ギャラリートーク」を出していますが、これは大半がこの4月初めの登録で、おそらく過去に館内ディスプレイ用に撮った作品解説を、コロナ対応で使いまわしているものと想像されます。ポーラ美術館が3月末からシュルレアリスム展関連の展示紹介を何本かあげていますが、これも予定会期前の終了に対応した措置であることが、同館サイトで明示されています。

展示室の中身をネット経由で紹介しよう、という考えは、なぜこれまで注目されなかったのでしょうか。ネットの持つ伝達力に対する過小評価、というのが一つ思い浮かびます。ホンモノの並んでいる展示室に何らかの解説をつけたとしても、ネット経由でその良さがわかるわけがない、という思い込みです。あまりうまく整理できないのですが、伝達の形式の差異がもたらすのは、情報の質の面での上下関係ではなく、それぞれ異なった評価基準による受け手の理解だ、と考えるのがよいのかもしれません。ネットを通じて展示室を見ることは、劣化した鑑賞ではなく、別種の経験なのだと。

このように見てくると、東博の無観客ギャラリートークは意外とコロンブスの卵かもしれない、とも思えてきます。そもそも解説がつくにせよ、つかないにせよ、展示室の中の様子がネットに出てくること自体が、とりわけ日本ではめずらしいのだ、という面もあるでしょう。ミュージアムの内情を多少ご承知の方であれば、その理由としてあれこれ思い当たることがあるかと思いますが、ここで私から結論を述べることはいたしません。展示室にめぐらされているさまざまな制度的、文化的囲いを洗い出してみる必要があるだろう、ということだけ申し上げておきます。

*ヘッダ画像:筆者撮影、モンドリアン「ブロードウェイ・ブギウギ」MOMA所蔵(2016年11月)

(つづく)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?