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持続可能なミュージアムのDXとは(第1回):前口上

昨年前半、第1回目の緊急事態宣言の期間中に「持続可能なデジタルミュージアムとは」という記事をnoteに連載し、その後、artscape「行かない/行けない人のためのデジタルミュージアムと、それを支えるデジタルアーカイブ」という、まとめの意味を持った記事を載せていただきました。多くの方の目にとまり、それがきっかけとなってお話や寄稿をさせていただく機会もありました。関心をお持ちの方が多くおられて、心強く思いました。

それから1年あまり、感染症の蔓延は多少改善の傾向が見られるとは言え、ミュージアムの運営という面から見ると、流行前への復帰はいまだ困難であり、運営形態の大きな変化を予想しながらも、方向を見定めかねている、というのが、多くの館での状況ではないでしょうか。収集、管理、調査研究、展示、教育といったミュージアムの基本的な業務の要素に対して、どのように人的、財政的な資源を配分してゆくか、どのように業務のあり方を変えてゆけばよいのか、といった点は見通しをつけづらいところです。

最近、企業経営の課題として喧伝されているデジタル・トランスフォーメーション(DX)という言葉が、ミュージアムの世界でも聞かれるようになってきました。伝統ある日本博物館協会の『博物館研究』2021年9月号の特集「インターネットを通じた展示公開」で、近藤智嗣氏による巻頭エッセイが「展示のDXとミクストリアリティ」と題されているのは、象徴的な事例と言えるでしょう。

経済産業省が「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」を公表したのが2018年12月ということですから、数年遅れでミュージアム界隈にも関心が生じてきたわけです。ミュージアムは、経済的な利益を目的とする企業とは異なりますが、手持ちの知的資産を所属する人間(職員)が活用して社会的な役割を果たすことを目的とする事業体の一種ですから、コロナ禍以降大きく変化する社会の中で、ミュージアムが情報通信技術(ICT)をさらに活用して、そのあり方を変えてゆかなければならない、という発想は、ある程度共通したものとして実感されるところでしょう。

ただ、コロナ禍によるミュージアムへの影響が、非常に急速かつそれまでの運営を根本的にくつがえすような形で及んだため、関係者の危機感は大きいのですが、ICTをどのように業務の中に適用すればよいのか、という問題は、理解されるために十分な時間がまだ不足しているかと思われます。ともすれば、コロナ禍対応のためにミュージアムの業務の要素を個別にデジタル技術で置き換えたところで、止まってしまう例も見受けられるようです。

私は、2000年代のはじめから、博物館の学芸業務の中で、デジタル情報やコンピュータ・ネットワークをどのように役立てるかという課題に、上司や同僚、共通の関心を持つ研究者や企業の方々とともに取り組み、一定の成果を得てきました。その過程は、昨今DXと概念化されている内容に、ある程度相応しているのではないかと思われます。

これからしばらく、当時の経験をもとにしながら、今後、かけ声や理屈だけではない、実践できるミュージアムのDXとはどのような形になるのか、トピックを選びながら考えてゆきます。昨年の「持続可能なデジタル・ミュージアムとは」が、主にミュージアムと社会の接点である「展示」を切り口として、議論をしていたのと異なり、今回は、ふだんは見えづらい館内部での仕事、いわゆる「バックヤード」の業務にも多く言及します。多くの方にはなじみの薄い内容となるかもしれませんが、これからのミュージアムの行く末を考える上には避けることのできない課題ですので、多少なりとも関心のある方には、おつきあいをいただければ幸いです。

ヘッダ画像:川瀬巴水「東京十二題 深川上の橋」 出典: ColBase     https://colbase.nich.go.jp/collection_item_images/tnm/A-9104

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