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《薔薇王の葬列》アニラジの中の人による作品レビュー

山形のアニラジ「re:にじぽり」
(山形放送ラジオ 毎週日曜夜22:30~ 918kHz radiko)
の中の人によるアニメレビュー!

2022年冬&春アニメ「薔薇王の葬列」
ポチくん買い出し紀行&あいうち解体新書で取り上げました

【超個人的満足度クロスレヴュー: #まんクロ

・あくまでアニメを見た個人的な「満足度」です。
・作品の良し悪しの評価点数ではありません

#薔薇王の葬列  

《JORIの個人的感想》推敲なしなので散文失礼

ボクが個人的に刺さったポイント=
すれ違いや理不尽さがもたらす「人生の美しさ」が
作品内にちゃんと描かれていたところ。

◎作品前半

・家柄という血に縛られ
 王という目的のため「男」として生きるリチャードの中にある
 自分ではどうしても消すことができない「女」の血
・王という欲にあてられた人々に翻弄されたせいで
 「愛欲」も怖れるようになってしまったのに
 安らぎという名の繋がりを求める「欲」に溺れてしまうヘンリー

自分の中だけでもこんなに深い自己矛盾を抱えているのに
それらを持つ二人の人生が一時重なりあっても
魂が交わることなどあるはずがない。
……予想どおり、悲劇的な結末が待ち受けていました。

→この不自由さ。理不尽さ。報われなさこそが人生であり、
文学・哲学・芸術が追求してきた美しさだと。個人的に思っています。

◎作品後半

・手段だったはずのリチャードが
 いつのまにか目的というか
 人生の全てになってしまったバッキンガム
・血の繋がりがない家族を守るために、
 自分と愛する人の血を分けた子を堕胎するリチャード
・それなのにその家族と「縁」を切ることが
 唯一の守るすべだと言われてしまうこと!
・至高の愛をもっていても常に蚊帳の外のケイツビー

すれ違いと理不尽しかありません。

そもそもこの中世の時代。
「王」になることは目的なのだけど
王になること=
それすなわち「次に倒されるべき存在」になるということ
……なんですよね。

登場人物だけが入れ替わりつつ、
王という役割が作りだす中世のすれ違いのスパイラル構造は続いていく。
このあたりが悲劇の舞台のベースになっているところもポイントです。

この作品が「神作品」である理由がもう一つ。
そんなボクの大好物の「すれ違い」の表現方法が
神がかっている(と感じた)点。

特に「19話」の「舞踏会の夜」の中で
それらを象徴的に描いていると感じました。
自分ではない、なりたいものになれる仮装パーティ。

・女装したリチャードに気付くティレル(ヘンリー)
 …ヘンリーはリチャードの中の「女」なんて求めていないのに。
・でも羊飼いコスのティレル(ヘンリー)には気付かないリチャード
 …あれだけ欲しかった存在なのに。
・なのに変装したバッキンガムのことは気付くリチャード
 …愛欲としての半身だが全てではなかったのに。
・そして、そのバッキンガムはこの女性がリチャードだとは気付いてない
 …いつのまにか「全て」になっていたというのに

・それらの蚊帳の外でしかないケイツビー

自分が思っている自分
自分の中の自分
他人から見た自分

すれ違い

いつまでたっても他人は他人。
完全にわかりあえることなどない。

だからこそ、それらをすりあわせる行為=「愛」が尊い。

……この物語では大抵が悲劇で終わってしまいますが。
(そもそも人生でもそれなりに悲劇が多いですしねwww)

そんなすれ違いや理不尽がもたらす悲劇の美しさが大好物のボクですが
中でもとりわけ「愛」がもたらすものに目がないんです。

そもそも前から言っているとおり
ボクが人生で大事にしている主題は「愛」と「夢」。

言わば一人の人間なんてものは嵐の大海原の中の小舟のようなもの。
夢は目的地で愛や欲が大海原。

あくまで個人的な想いですが、
「愛無しに夢を語る」なんて、
ぼくにとっては「まったく意味のない行為」。
旅を楽しむのにリニアモーターカーにのって
うたた寝しながら目的地に着いちゃうくらい味気ないものです。

オタク的(?)に言えば
ワンピースをめざして舟に乗って人生の大海原に漕ぎ出し、
愛や欲望の波に揉まれて、どこに寄り道し、どこに辿り着くのか。
そこはラフテルなのか?
それとも、辿り着いたそこをラフテルと呼ぶのか。
みたいな感じ。

大海原にこぎ出してこその人生。
嵐に翻弄されてなんぼ!!!!

なんて想っております。

ざっくり言えば
人生の最後に、
ああ、荒波に翻弄されたけど
楽しかったし、美しかったな!
そうおもって死にたい。それがボクの人生哲学なんです。

そういう観点で見れば
道半ばとはいえバッキンガムの最期はあるいみそうだったでしょうし

最期といえば…
最後の最後、自分で自分に口づけをしたリチャードですよ!

あれは……
ヘンリーに拒絶された自分の中の「女」を
ようやく自分自身で愛する事ができるようになった。
そういうことですよね!?

長い道のりでした。すれ違い続け、
王の夢も、自分の半身であった愛も、守るべき家族も、
果ては自分の命さえも、失うことになったけど…。
それだけは、ただひとつそれだけは。
リチャードの中にのこったんだとすると。
それは「救い」なんだと思うんですよねぇ。

どうしようもない運命や
血が縛る業。
自分でもどうしようもない自分の中の何か。
すれ違う他人達の思惑。
欲望。
そういったものが荒波として人生の小舟に襲いかかる。
自分でできるのはあきらめずに目的地を想って
ほんの少し舵を切ることだけです。

結果どこに辿り着いても
辿り着かなくても
なにかが残ったのだとしたら。
それは尊いものなんですよね。

リチャードを想って鼻汁を
だらだらたらしながら視聴いたしました。

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こんな風に毎期アニメを見て
あーだこーだしゃべっているアニラジあります
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