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My 1st MOTTO: #古賀コン5


My 1st MOTTO:

 ――ああ、まただ。あたしはまたやってしまった。
「もっと⁉ もっと好きになれってどういうことだよ、もうマジわかんねえ! 悪いけど、俺無理だわ。もう付き合えねえ」
 一体何度このセリフを言われてきたことだろう。
〝もっと愛して。もっとキスして。もっと奥まで。もっともっともっと……〟
 それのどこがダメだっていうの? あたしは正直な気持ちを伝えているだけなのに。
 友達? 友達になんて聞いたりしないよ。彼氏の話なんて、そんなの付き合いたての惚気くらいしか話したいことなんてないでしょ。みんないい大人なんだし……。

   ♰

「ねえ、あんた。いい加減もうちょっと大人になったら」
 すぱあ~とメンソールの細い電子煙草の見えない煙と一緒に、大きなため息を吐いた彼女は千奈津ちなつ。きっちり肩甲骨の長さでとめてるストレートのセミロングがモットーの才色兼備の親友だ。まあ、親友ってのはあたしが思ってるだけなんだけど。
「はあ。だってさ。咲夜、めっちゃ淡泊なんだもん。これからってときに終わっちゃうし、ぎゅうって抱きしめてもくんない……」
「でもあんたたち、どこ行くにも手え繋いでたじゃんよ」
「……」
「人前でキスとかしてたし? なんだっけ? 学祭でベストカップルで三位になったとか言ってたじゃん。もう3年の付き合いだったんでしょ。なんで今更別れるのよ」
「知らないよ。咲夜に聞いてよ……」
 なんで? 理由? ――全部言ってた。それ全部、昨夜咲夜に聞いたよ。その全部が本当は嫌だったんだって。そんなこと言われたらぐうの音も出ない。
「まあさ、三位とか微妙だし。あんたらってそういうとこあったから、わからないこともないけど」
「……そういうとことか、まとめないでくれる?」
「ハイハイ」
 大学のゼミで一緒になった咲夜は、丸眼鏡の似合う地味なひとだった。夏でも長袖の黒いパーカーを着込んで日に焼けるのを気にしてた。それまであんまり話したことなかったけど、日焼け止め貸そうか? ってあたしから声をかけたのが最初のきっかけだった気がする。
 だけど、いざ付き合ってみたら、大人しくて地味目な人っていう最初の印象とは真逆で、嫌なことは絶対譲らない芯の強い男だった。だけどTシャツは黒しか着ないとか、眼鏡は丸しかダメだとか、そういう「モットー」には根拠がなくってあんまり理解できなかった。
 もちろんケンカになるのはヤだから、そんなことで突っ込んだりはしない。それにあたしにまで強要するようなことは一度もなかったし。彼氏が黒しか着ないとか、眼鏡五つも持ってるのに全部おんなじ丸眼鏡だとか。
「はっ⁉ 眼鏡5つもあんのに全部同じなの⁉ それってちょっとあぶない趣味とかあるやつなんじゃあ」
 言われたよ。由美にも來未子にも紗理奈にもさ。みんな眉根を寄せてた。でもあたしは咲夜にぞっこんだった。認めるよ。惚れに惚れてもうどうしようもなかったんだ……。

   ♰

 振られたというのは、厳密には正しくはない。でもたぶん事実上はそうだと思う。咲夜は我慢ができない欲しがりのあたしに「課題」を出した。
「三か月会わないのを我慢出来たら、香奈の願い事なんでもきく」
「はあっ⁉ なにそれ! 一日だって会わないの耐えらんないのに三か月もほっとくって言うの⁉ 絶対浮気するから!」
「すればいいよ、したいならね。じゃ」
 そういって昨夜は昔のトレンディドラマの主人公みたいに背中を向けると、肩越しに手を挙げ颯爽と歩道橋を渡っていった。
「……カッコわるっ」
 階段の隅っこに置き去られたコーヒーの空き缶を蹴っ飛ばす。倒れるとぴょろっと飛び出たのはコーヒー汁じゃなくて、数本の吸い殻。お気にいりのピンクのコンバースが煤で汚れる。最悪だった。

 千奈津が息を細く吐き出しながら、メンソールの電子煙草を、水たまりを模した小さな灰皿に丁寧におしつけて消す――フリをする。縁についてる蛙の置物を指でトンと撫でるように触れる。
「それって旅行とかしてるってこと?」
「違う。だって咲夜、普通に大学とかきてるし、部活もやってる」
「え、ならどうしたって顔合わせんじゃん? 話さないとか無理でしょ」
「口利いてくれないどころか、目も合わしてくれないよ……」
「はひゃ~。そりゃだめだ。話聞いたとき変だと思ったけど、そりゃやっぱあんた、振られてるよ」
「うん、あたしもそう思う。だからさっきから言ってんじゃん! 振られたって」
「ごめんごめん、そうだった。そっかあ。あんなに仲良かったのに。ま、気を落とすなって。今度ネイルでも奢るからさっ!」
「あたし足つぼマッサージがいい……」
「わかったわかった! 足つぼでもフジツボでもなんでもいいから」
「フジツボきしょい。あれ嫌い」
「好きなやつはいねえよ」
 嘘だ。あたしはちょっとフジツボが好きだ。気持ち悪いから好きだ。みんなに嫌われてるから好きだ。
 あたしは自分が自分でわからない。でも座右の銘はなんですか? ってきかれたら、ずっと昔から、答える言葉は決めていた。

 Laugh, and the world laughs with you,
 and, you weep alone.

 笑えば世界は共に笑い、
 泣くときは独り。

 泣いたら負け。だから、ぜったい笑うって決めてたのに、泣きたくないのに。孤独になんてなりたくないから、あたしは笑うんだ。
 高校の英語の辞書の背表紙にも、ステンシルのシールで一文字一文字アルファベットを貼っていた。あたしはそれを毎日見ていた。夢にも見た。目覚めると泣いていた。でも、ほっぺたを両手の指で摘んであたしはあたしを笑わせてきた。
 一緒に大学図書館で勉強していたとき、うたたねして泣いて目覚めたあたしは、こっそりそれをやった。そしたら咲夜はあたしに顔を寄せていきなりキスした。あれがあたしたちの初めての……。
「だからさあ、あたしは咲夜のことが、好きなんだよお……っ!」
「あー。もうわあっかったから。泣け泣け。今日は泣け!」
「あたしが泣くと、咲夜は絶対キスしてくれんの! 泣いてもいいけど、違う〝鳴く〟にしてやんよっていって、あたしの涙を止めるの。そんなんもっともっとってなるじゃん!」
「咲夜君も、なんか色々考えてるんじゃないの? ひとりでももう少し平気になるようにって。依存しすぎたらあぶないっていうか、ほら、アタシらだっていつかは死ぬんだし。男の方が平均寿命短いらしいし」
「そんな先の話はしてない!」
「ん、すまん。でもなんで三か月だったんだろうね」
 三か月後、三年目の付き合った記念日があるけど、咲夜は覚えてるんだろうか。あたしの毎日の「もっと」を三か月も我慢したら、三か月後の「もっと」はめちゃくちゃやばいことになるのに、あいつはわかってるんだろうか。
 わかってるんだとしたら、やっぱりあいつはやばいやつ。キショイ。でも大好き。愛してる、ヤヴァイ。
「いい、どうなろうと、ぜったいあたしは笑ってやる」
「ハイハイ、その意気」
 そういって、千奈津はあたしの頭を撫でた。

 《了》

#古賀コン #古賀コン5 #モノカキコ


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