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「ベイビーちゃん」

割引あり

紀州文芸振興協会 第一回Kino-Kuni文学賞 コエヌマカズユキ審査員賞受賞作品

ベイビーちゃん(全文)


 アメリカのミズーリ州にある古ぼけた田舎町。のんびりと時間は流れ、単調でなんの変化もない、そんな僕たちの住むこの町が、一度だけアメリカ中の注目を浴びたことがある。それは、マリールーがファッションモデルの夢破れ、NYから生まれ故郷のこの町に帰ってきた翌年の夏のことだ。
 僕たちは、町の外れにある大きな湖のある公園でいつも時間を潰していた。リアムは体がでかく、態度もでかい。よく町の人にあだ名をつけてはからかっている僕たちの中心的存在。ウィルはもの静かで常に冷静を気取っている妙に大人ぶった奴。
 そして最後が僕ダニー、プロフィールは……この田舎町と同じ、名前以外には特に何もない。とにかく、いつもこの三人で集まっては湖の公園で平凡で退屈な毎日を過ごしていたんだ。
「おい、見ろよ、ピカソがまた訳のわからない絵を描いてるぞ」
 リアムがピカソと呼んだ人物、それはベンジャミンのことだ。
 彼は戦争の後遺症で聴くことも喋ることもできない。もともとここの生まれだったベンジャミンは、この町に帰ってきてから毎日ずっとこの公園で絵を描いている。
 彼がスケッチしているのをのぞいたことがあるけれど、一体この公園の景色のどこをどんな風に見たらあんな絵になるのか。キャンディーの包み紙をぐしゃぐしゃにしたみたいな木の葉っぱに、おもちゃの木の蛇がのたうち回ったみたいな湖。
 毎日飽きるほどそこにいる僕たちじゃなければそれがなんなのかわからないくらいの下手くそな絵だ。とにかく僕たち素人が見てもまったく理解できない子供の落書きみたいな絵。それでベンジャミンはリアムにピカソなんてあだ名をつけられたんだ。
「一体どうしたらあんな下手くそに描けるんだろう」
「まったくだ、ダニー。芸術家のやることなんてわかったものじゃないな」

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