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83_TRPG世代論_米喰うファンタジー『ブルーフォレスト物語』と芸術系デザイナー

2023年秋アニメ『葬送のフリーレン』ではファンタジー世界でハンバーグを食べる場面が話題になりました。2024年冬アニメ『ダンジョン飯』はモンスター料理がテーマです。アニメ以外では『ソード・ワールド2.5』リプレイなど、ベーテ・有理・黒崎先生が料理描写にこだわりを持っています。ファンタジー以外、宮崎駿監督のアニメーション作品では『天空の城ラピュタ』の目玉焼きトーストなど料理描写が印象に残ります。なぜ、フィクション作品は料理を魅せるのでしょうか。食事は私たちの日常生活に欠かせないものであり、文化や文明レベルなど世界観を代表する要素だからでしょう。前置きが長くなりましたが、『ブルーフォレスト物語』が初めて紹介されたとき、米食文化ファンタジー世界観が特長の一つでした。当時、ファンタジーRPGと言えば、中世ヨーロッパ風の世界観が主流でした。東洋風ファンタジーとえば日本風や中華風やアラビア。そんな中で東南アジアやインドをモデルにしたファンタジー世界観は1990年発表当時はとても斬新でした。2020年代でもレアだと思います。

◆どんなゲームか?

堅牢な青色の箱に美麗なカバーイラスト。TRPG取り扱い書店やゲーム専門店で一目見て興味を惹かれるビジュアルが第一印象。インターネット情報がない1990年当時、内容をあまり知らないで購入するだけの魅力を持った作品でした。ボックス型4,800円は文庫『ソード・ワールドRPG』と比較して高価でした。
土と木の匂いがする東洋風ファンタジー世界観。剣士、盗賊、魔法使いなどファンタジーTRPGでよく見かける職業の他に、野の民、森の民、海の民、従者、市民など多彩な職業を選択できます。冒険者というより、地元を守るためにちょっとした冒険に出るくらいのイメージでかまいません。レベルが上がると、剣聖、軍将など上級職業への転職も可能です。基本的な判定は『クトゥルフの呼び声』と同じd100で目標値以下を出すシンプルでわかりやすいものです。判定値は能力値から算出するだけなので『クトゥルフの呼び声』よりずっと簡単です。

◆特徴「悟り」と戦闘と「魔法」と

判定で特筆すべきは「悟り」ルールです。どんなに目標値の低い判定でも「悟り」以下の出目が出れば成功します。しかも、1回成功するたびに「悟り」レベルが1%増加します。どんどん成長していけば、何でも「悟り」成功します。ただし、良いことばかりではありません。70以上に上昇すると、仙人になったり、記憶喪失の放浪者になったり、爆発したり、プレイヤーの手を離れていわゆる「ロスト」となります。
戦闘ルールも特徴的でした。どんな職業でも3種類の選択肢、命中率を上げる「命中斬り」、ダメージを増加させる「力斬り」、回避率を上げる「受け流し」から攻撃方法を選べます。刺突や打撃でも便宜上「斬り」と呼んでいたと思います。シンプルながら戦術を考えるシステムが新鮮でした。
最大の特徴は魔法ルールです。『D&D』のような使用回数制限、『ソード・ワールドRPG』のMPのようなリソース消費がありません。覚えている魔法を何回でも使用できます。その代わり発動判定で出目90以上だと暴発します。攻撃魔法が味方にかかったり、一時的使用不能になる悪い効果だけでなく、効果5倍など想定外の有利な結果を得る偶然性が面白いものでした。呪文系統5種類の中からレベルアップ時に1個か2個の呪文を覚えていきます。俗呪、いわゆる魔法使い系の天呪・地呪、回復呪文などいわゆる神官系の霊呪、信仰呪文の5種類。他のファンタジーRPGであまり見かけないのが日常生活に密着したおまじない程度の効果と言われる「俗呪」です。アニメ『葬送のフリーレン』で日常魔法の収集が注目されたのが記憶に新しいところ。基本的にリソース消費なしですが、例外的に寿命1d10年を削って使う必殺の俗呪「生命燃焼」や寿命1年を失う代わりに全回復する治癒魔法「減命完治」もありました。

◆亜神と異種族

『ブルーフォレスト物語』世界の神格は「亜神」と呼ばれます。インド神話系の神格に近いです。人間が悟りを開いて亜神に成ることもあるそうです。亜神の血を引く神族も存在します。顕著な異種族では、世界滅亡の危機に立ち上がり、降魔の力を取り込んだ亜神の闇王に呼応し、同じく降魔の力を得たダークで強い闇族。そして、ゴブリン族の先祖返りと言われ、可憐で可愛いゴブリナ。様々なファンタジーRPGで初期レベル冒険者と敵として設定され、邪悪で危険とされるゴブリン。昔は善良な種族だったと設定したのは画期的でした。

◆『ブルーフォレスト物語』に影響を与えたインプット

ゲームデザイナーは伏見健二先生。当時、武蔵野美術大学の学生だったそうです。個人的には『RPGマガジンNo.5(1990年9月号)』『ストームブリンガー』記事「戦えば死がくる」が印象的でした。後にCRPG『ウィザードリィBCF』をもとにした『アドバンスト・ウィザードリィRPG』も発表しています。グループSNEやF.E.A.R.と比べて資料が少ないので、ここからは私の仮説ですが。小説『エルリック・サーガ』などファンタジー小説、TRPG『ストームブリンガー』、コンピュータゲーム『ウィザードリィ』が影響を与えていると推測します。PCが牧夫や農民となる『ルーンクエスト』と同様に、『ストームブリンガー』もシビアな生まれ表で職業が決まります。
他のTRPGデザイナーと異なる点は武蔵野美術大学出身のデザイナー経歴でしょう。意匠や見栄えを重視する狭義の「デザイン」ではなく、21世紀になって着目されるようになった「デザイン思考」「デザイン経営」など広い意味での「design」を学び、ゲームデザインに活かしたと考えられます。傍証として、『ブルーフォレスト物語』の遊びやすさと拡張性が挙げられます。

◆影響を与えたこと

美術大学出身ゲームデザイナーがアートワークにこだわったTRPGは初めて。ビジュアル重視のスタイルは『天羅万象ビジュアルブック』(井上純弌、1997)などに受け継がれたと言えます。ゴブリナの可愛い路線は様々な分野に影響を与えているでしょう。「寿命」ルールは『深淵』で推定寿命50歳に固定し、達成値操作リソースとして扱われています。
『ブルーフォレスト物語』最大のTRPG業界への功績は、ブルフォレメインで遊ぶサークル「青森座談会」でしょう。2020年10月に加納正顕先生がツィッターで呟いた言葉によると、大阪の森ノ宮青少年会館で開催されたコンベンションのブルーフォレスト卓で加納正顕先生が力造先生と出会い、その卓のメンバーで交流が始まり、後に三輪清宗先生や小太刀右京先生も加入したとのこと。21世紀に入ってから相次いでゲームデザイナーとしてデビューされました。
伏見健二先生自身は『ブルーフォレスト物語』と同じ惑星の別の地域、19世紀末ヨーロッパ風の世界観を舞台にした『ギア・アンティーク』を1992年に発表しました。いまや金曜ロードショー定番となった『天空の城ラピュタ』(1986)や庵野秀明監督作品『ふしぎの海のナディア』(1990)のような冒険活劇TRPGです。判定方法が同じで遊びやすいシステムでした。「悟り」の代わりに冒険活劇らしい「幸運の風」ルールが特長でした。

◆私たちはこうして『ブルーフォレスト物語』を遊んだ

私が初めて買った高額(単価2000円以上が目安)TRPGであり、学生時代に最も多くGMしたTRPGとして懐かしい思い出です。当時『ソード・ワールドRPG』が文庫本で購入しやすく、サークルの皆が遊ぶTRPGでした。私は新しいシステムに手を出したいと感じていました。そんなとき、アジア風ファンタジーTRPG『ブルーフォレスト物語』に出会いました。まず遊んだ付属シナリオ。悪代官の陰謀を探るシティアドベンチャーでPCが事件解決した後にNPCの姫様が登場して凛々しい姿を見せつけるエンディングに鮮烈な印象を受けました。1991年秋に週1回ペースで全11回キャンペーンをGMしました。自身の最長キャンペーン。先輩のPCが野の民で反射能力値を上げ続けて無双したこと、先輩の魔術師PCの賢明な立ち回り。隕石落としの最終回に対して、シナリオフックを活用したことの是非を後輩プレイヤーに問われたのも懐かしい。付属シナリオの他にシナリオフックが充実していたことも『ブルーフォレスト物語』特長です。
その後、プレイヤーとしてキャンペーンに2回参加しました。1993年秋に高レベルPCの全3話キャンペーン。小説NPCが登場する陰謀モノ。その後、GMのKさんは『ルーンクエスト』推しへ行ってしまいましたが。1996年秋には個人的お気に入り種族、人間の古き民の放浪民PCで全4話キャンペーンに参加しました。その後、GMのNさんはインド史研究のためインドへ行き、帰国後いまや某大学の文学部教授になったと聞きます。『ブルーフォレスト物語』ユーザーの究極かもしれません。
TRPGサークルでは伏見健二先生の別作『ギア・アンティーク』のほうが人気が高かったです。1つのオリジナル都市シェアワールド設定を作り、同人誌も制作されました。最盛期3年間はサークル内で人気5位以内。一方の『ブルーフォレスト物語』は同時期は10位前後でした。
舞台となった惑星には12の地域があるそうですが、伏見健二先生が発表したのは3作品にとどまっているのが惜しまれます。

参考文献
『RPGオールカタログ '95』(ホビージャパン、1995)
「『ブルーフォレスト物語』小特集の開始にあたって」(「FT新聞」No.3739)
岡和田晃. 2019「 RPG 研究の現在と, 伏見健二の 「初期の仕事 (アーリー・ワーク)」」映像と表現, 2019
DOI:https://doi.org/10.14943/88023
Analog Game Studies【2014年5月21日記事復元】『戦えば死がくる』