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60_TRPG世代論『シノビガミ』と秘匿ハンドアウト

TRPG界隈に秘匿ハンドアウトを扱うルールシステムやシナリオがいくつかあります。その中で最も完成度の高いルールが忍術バトルRPG『シノビガミ』です。姉妹作のマルチジャンル・ホラーRPG『インセイン』も秘匿ハンドアウトに特化したホラーTRPGと言えます。他のシステムはどうでしょうか? TRPG界隈で大人気システムのCoCこと『クトゥルフの呼び声』には秘匿ハンドアウトの公式ルールはありません。他には『ダブルクロス3rd』『トーキョーN◎VA』『ガーデンオーダー』等の選択追加ルールにNRハンドアウトがあります。遡れば、ボードゲームにPC同士が戦いあう(PvP)タイプの正体隠匿系ゲームがありました。ボードゲームについても後述します。

◆秘匿ハンドアウトの特長


『シノビガミ』の【秘密】ルールが優れている点は5つあります。
(1) セッション開始前、プレイヤー募集時にPvPの有無を説明
(2) 公開情報をもとにプレイヤーがPC番号を選択可能
(3) プレイヤーが他者の秘密を調査可能
(4) クライマックスでは自分で公開可能
(5) 世界観との親和性

(1) セッション開始前、プレイヤー募集時にPvPの有無を説明

まずはプレイヤーが参加を意思決定する前のことです。基本的に『シノビガミ』のシナリオは、協力型、対立型、特殊型の区別を明記しています。これはとても大事なことです。プレイヤーの趣味嗜好は多様です。秘匿ハンドアウト有りのシナリオに参加するからと言って、PvP好きとは限りません。意外性の高い展開や、エモいシナリオを期待しているのかもしれません。一方で、PC間の対立要素をシナリオに盛り込むため秘匿ハンドアウトを採用する場合も多いです。すなわち、PvP要素が苦手なプレイヤーは、間違って参加してしまう不幸を避けることができます。PvP要素を許容するプレイヤーは、PC対立をプレイヤーの人間関係と切り分けて、互いにフェアプレイ精神で臨むことができます。

(2) 公開情報をもとにプレイヤーがPC番号を選択可能

『シノビガミ』や『インセイン』のハンドアウトは、最初からプレイヤー全員に公開される【使命】と、担当プレイヤーだけが見る【秘密】との表裏があります。裏表でかなり違う内容が書かれているシナリオも多々あるのですが、プレイヤーは表の【使命】を見てPC番号を選択できます。裏側にどんな【秘密】が書かれていようとも、開始時点は自分で選択したと感じることができます。自分で意思決定できることはTRPGにおいてとても重要です。

(3) プレイヤーが他者の秘密を調査可能

他システムと異なる最も重要な特長です。『シノビガミ』では、各プレイヤーが自分の手番に他PCやNPCの【秘密】を調べることができます。そして、入手した情報は調査した本人だけが知っておくか、あるいは他プレイヤーと情報共有したり、全体公開されたりします。秘密が徐々に明かされていくことで、シナリオ真相の核心に近づいていきます。手詰まりなく少しずつ進行していく感覚は物語を盛り上げます。『シノビガミ』以外の他システムでは、基本的に秘匿ハンドアウトの持ち主だけが情報公開権限を持っています。プレイヤーに権限がなくGMだけが公開可能という場合もあり得ます。それらのセッションでは、秘匿ハンドアウトの情報が最後まで公開されないとか、プレイヤーが自分の秘匿情報をいつ公開していいか分からない、といったトラブルが起こります。情報が明かされずなんだかよく分からないうちにシナリオが完了したという感想を持つこともあります。その点、『シノビガミ』では、プレイヤーの意思によって進行するため、爽快感が得られます。

(4) クライマックスでは自分で公開可能

『シノビガミ』では、自分の【秘密】情報を公開することができません。本心を隠しながら他PCと交流することで、エモい展開が期待できます。そして、クライマックス戦闘では「回想シーン」を使うことで、それまでの制約から解き放たれ、自分から【秘密】を公開できます。それまで正体を知られていなくても、実はこうだったんだという展開も期待できます。ルール的に有利な効果と紐づいているので、ここぞというときにプレイヤーが公開したくなる動機付けができています。

(5) 世界観との親和性

『シノビガミ』の世界観は独特です。現代に生きる忍者。普通の人には認識できない超高速で行動し、不可思議な忍法を繰り出す忍者は現代異能モノの1ジャンルと言ってもいいでしょう。忍者は主義主張により6大流派に分かれ、あるときは互いに譲れないもののために争い、あるときは共通の敵と戦うために呉越同舟で協力することもあります。PC全員が忍者という世界観が、PvPを許容するシステムと相乗効果を持って、シナリオ作成、シナリオ進行に幅広い自由度を与えています。そして、日本だけでなく海外で大人気の忍者は様々な物語が可能です。例えば、山田風太郎の小説『甲賀忍法帖』(『バジリスク』)は『ロミオとジュリエット』と徳川将軍家の跡目争いを忍者の死闘と組み合わせた大胆な発想で描かれています。『シノビガミ』以前にも秘匿ハンドアウトを扱うゲームはありました。しかし、忍術バトルRPGというテーマと秘匿ハンドアウトの相性の良さは決定版と言えるでしょう。

◆『シノビガミ』の特徴


『シノビガミ』には【秘密】ルール以外にも、大きな特徴があります。
(6) データ作成の平等さ
(7) 手番制
(8) 独特のキャラクターシート

(6) データ作成の平等さ

PvP要素を持つシステムで最も重要なことです。キャラクター作成時にサイコロを振りません。逆の例を挙げるほうがわかりやすいでしょう。『クトゥルフの呼び声』『ソード・ワールドRPG』『ルーンクエスト』などでは、キャラクター作成時にサイコロを振って能力値を決めます。すなわち、最初のサイコロ運不運によってPvP時点での有利不利が確定します。低い能力値でうまく立ち回って健闘するというスタイルのプレイヤーもいるでしょう。しかし、一般的には、セッション開始時から敗色濃厚なシナリオはあまり楽しくないと思います。プレイヤーによってデータ作成の得意不得意が異なるとはいえ、『シノビガミ』などサイコロを振らないキャラ作成は前提条件が同じです。明確な有利不利はありません。敢えて、じゃんけん方式でも言いましょうか。キャラ作成した結果、相性の良し悪しが発生することは有り得ます。

(7) 手番制

『シノビガミ』を含むサイコロ・フィクションシリーズで踏襲されている重要な特徴です。人によっては、ボードゲーム的という否定的意見もあるでしょう。しかし、GMだけが喋り続けるとか、声の大きいプレイヤーが場を支配するとか、演技派プレイヤーが長々と演出するとか、他システムで見られるトラブルの一部を解消する優れたルールです。各プレイヤーがシーンの主役となる手番が確実に巡ってきます。自分のやりたい行動を、自分で意思決定して実行できます。サイコロ判定による幸運や不幸も有りますが、自分のキャラクターを自分の好きなように演出できます。自分のシーンは自分のものです。他人のキャラクターの行動や感情を支配したがるプレイヤーやGMの圧力を気にする必要はありません。自分らしくプレイできます。そのうえ、他人のシーンに登場して友情を育んだり、交渉したり、一時的同盟を相談することも可能です。そして、情報収集においても、提示されたハンドアウトを調べるということで一貫しています。例えば『クトゥルフの呼び声』でキーパー指示にしたがって目星判定をしたけれど有益な情報がなかったというような、いわゆるハズレ、GMによる情報の出し惜しみが発生しません。情報収集ルール、進行を確実にするルールが無いシステムと比べて、過度なストレスなく遊べます。

(8) 独特のキャラクターシート

『シノビガミ』を含むサイコロ・フィクションシリーズでは、6分野(列)11行による行列でキャラクターの特技を表現しています。そして、基本的には6面体サイコロ2個(2d6)で5以上が出れば判定が成功します。状況によって難易度が上昇します。プレイヤーの自発的な行動は、自分の得意な特技で判定できる親切設計です。高校で学んだ「確率・統計」では2d6期待値は7です。言い換えると、失敗の出目4以下が出る確率は1/6です。私は『ソード・ワールドRPG』を遊ぶときは期待値7で予測演算しているので、比較すると成功しやすいです。ただ、このキャラクターシート、判定方法は慣れるのに時間がかかります。いったん慣れると、サイコロ・フィクションシリーズ共通なので他にもいろいろ遊ぶハードルが下がります。

◆仮面舞踏会の系譜


『シノビガミ』のPCは全員が忍者です。対立型(PvP)も協力型も特殊型シナリオも遊べます。協力できる場合でも、組織の流儀や個人の感情により利害の対立を内包している場合もあります。絶対の信頼関係にない微妙な状況を楽しめます。こういう楽しみ方は『シノビガミ』以前からありました。ゲームデザイナーの河嶋陶一朗先生は冒険企画局You Tubeで『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』について語っていました。『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』では、PC全員が吸血鬼という設定です。吸血鬼には13血族(CLANS)があり、TRPGではPCはそれぞれ別の血族に所属します。13血族のうち6つは人間を家畜程度に考えており、PCに適していません、7つの血族は人間に寛容なので、PCに選択可能です。それでも、それぞれの主義主張が異なり、意見対立することもあります。状況によって、共闘も対立もあり得る『シノビガミ』の緊張関係は『ヴァンパイア:ザ・マスカレード』を参考にしたと推測できます。それ以前に、ファンタジーTRPG『ルーンクエスト』があります。多神教の世界観で、人間たちは様々な神を信仰しています。神様を信仰することで強力な魔法を使うことも可能です。ですが、人間の信仰する神様の間でも仲が悪く、宗教的対立が起こり得ます。さらに闇の神を信仰するトロウルと行動を共にすることもあり、パーティー内に緊張感が漂います。
正体隠匿系ゲームはTRPGに限りません。日本における正体隠匿系ゲームの開祖と言える『超人ロック』(1984)と『シャドウハンターズ』(2005)はボードゲームの傑作です。『超人ロック』では、Good, Evil, Specialの3陣営に分かれて、それぞれの勝利を目指します。勝利条件の1つが対立陣営を全滅させることであり、熱いバトルが繰り広げられます。ただし、ゲーム開始時は各プレイヤーはキャラを偽装しています。互いの正体の秘密を探りつつ情報を集めていきます。戦闘時に攻撃する代わりに「接触テレパス」判定に成功すれば、他人の正体を知ることができます。1人が成功すれば、同じ戦闘に参加している者すべてが情報共有できます。Evil 陣営は一枚岩でなく、倒すべき相手がいたり、Goodに寝返る者もいます。Special 陣営は強いやつ全てを倒すとか、最後の戦闘に居合わせるとか特殊な目的を持つため、他陣営と協力可能なときもあります。私たちが学生時代に百回以上遊んだとても楽しいボードゲームなのですが、最も盛り上がるのが9人前後でのプレイだったり、1回3時間以上かかったり、2010年代の基準から見れば重ゲームなのが難点です。『超人ロック』のコンセプトをそのままに軽量化したのが『シャドウハンターズ』です。『シャドウレイダーズ』(2018)として海外でも評判のようです。河嶋陶一朗先生が遊ばれていたかどうか不明ですが、1990年代に伝統あるゲームサークルに所属したいたのなら遊ぶ機会があったと推測します。

◆秘匿ハンドアウト有りTRPGはいつ頃からか?


『GMウォーロック』vol.6(2022)p44「マーダーミステリーを語ろう」に興味深い記事がありました。下記に引用します。

私が大学時代に所属していた「熊本大学たのしいTRPG研究会」というサークルでは、30年も前から「他のプレイヤーには非公開の設定付きPC」でD&DやSW、クトゥルフを遊んでおり、こういうプレイスタイルになじんでいたからです。
(中略)だもんで、「対立構造」や「隠された目的」などの設定は作り慣れていました。

青木甲羅仲『GMウォーロック』vol.6(2022)p44

新作マーダーミステリーを作成して、グループSNEから販売されることになった青木甲羅仲さんの言葉です。30年前というと、1990年代前半に相当します。青木甲羅仲さんとは面識ありませんが、同様のプレイ傾向は私の所属していた大学TRPGサークルでもありました。秘匿情報を「裏設定」と呼んでいました。その裏設定に即してロールプレイした結果、PC同士の対立(PvP)が発生するシナリオもありました。PvPを「パーティアタック」と言い習わすくらい普及していました。私が大学1回生のときに遊んだ『ソード・ワールドRPG』がその嚆矢でした。私のPCは表向きは「人間の精霊使いに育てられた孤児のハーフエルフ。炎属性を得意とすることから、炎の狩人と名乗る」という設定。裏設定は「ダークエルフ族長の私生児」でした。キャンペーン中盤で実兄ダークエルフ魔術師からダークサイドへの勧誘を受けて悩む場面もありました。同じパーティには「神の子で、生命力が0になって立ち上がるたびに強くなる(サイヤ人的パワーアップ)」「復讐に燃える魔術師」「実は妖魔が人間に擬態している」「特に秘密はない女たらしの戦士」という裏設定を隠したメンバーがいました。キャンペーン最終回は予想通り、妖魔PCと敵対しました。2回生のときに遊んだ『ルーンクエスト』単発セッションでは、7人パーティーの中に混沌の怪物が3人紛れ込んでいました。順番に正体を現していく怪物たちを人間とトロウルが協力して確固撃破していきました。『シノビガミ』のようにシステムが整備されていて、クライマックスに全面対決になれば勝敗の行方がどうなったことか。同期生セッションで遊んだだけでなく、「裏設定」「パーティアタック」を含んだシナリオ作成は後輩へ受け継がれていきました。1990年代後半、元会長は『真・女神転生II誕生篇』のロウ・カオス・ニュートラルが対立する世界観をベースにPCの葛藤と決断を主題とするシナリオを得意としていました。後に後輩U氏によって「3極構造シナリオの解体と構築」として文章化されました。TRPG以外の空き時間に『超人ロック』が遊ばれ続けたことと無関係ではないと思います。2000年以降、私が作成したシナリオでは『コールオブクトゥルフd20』に秘匿ハンドアウトを仕込んだり、『ソード。ワールドRPG完全版』でバトルロイヤル型をやったりしました。

他の正体隠匿系TRPGには『とらぶるエイリアンず』(2007年)がありました。私は遊んだことがないので詳細はわかりません。2009年、満を辞して『シノビガミ』が発売されました。2012年には新書版のデータをまとめたB5版の基本ルールブックが発売。さらに10周年記念でルールを再整理した改訂版が発売されました。2021年末から「流派ブック」の展開が始まり、人気の高さが伺えます。従来のシステムと異なる点が多く、発売当初はTRPGサークル内ではあまり遊ばれていませんでした。2018年頃からサークル内で人気が上がり始め、2021年は年間ベスト5に入るくらい大人気システムになっています。秘匿ハンドアウトと戦闘を中心としたシナリオを遊びたい人には、『シノビガミ』が最もお勧めのTRPGです。

参考資料
冒険企画局You Tube
https://www.youtube.com/watch?v=qsKywWwLs9U
『GMウォーロック』vol.6