音MADにおける"UTAU式人力"のミキシング

2024/6/7 更新
切り貼り式人力も基本的に同じ手順でMIXしてもらってOKです。

はじめに

「人間の歌声」とは違う

インターネットで『ボーカル MIX』と検索すると、大体人間の歌声に対しての手法が上位に出てきます。もちろん「人間の歌声のMIXと人力のMIXは全くの別物で、同じやり方は通用しないんだ」という訳ではありませんが、やはり人力には人力の特徴があります。
今回は"人力に特化したMIX作業"について、自分のやり方を一度ここにまとめようと思います。

※この記事は「一定期間音MAD制作から離れた未来の自分へのメモ」として執筆していますが、もちろん他の方が読んでも分かりやすいように書こうと思います。

注意事項

・ここで紹介しているプラグインをダウンロードする際は、全て自己責任でお願いします。
・この方法が全て正解であると主張するものではありません。


目標

↑こちらの動画を目標に進めていきます。

今回はゲーム『ブルーアーカイブ』に登場するキャラクターである「カズサ」の人力を使用しています。

メインボーカルに加え、ハモリトラックを1つ用意しました。
以下は未処理のトラックになります。

メイン・ハモリ共に、耳に刺さるような音(歯擦音)が気になりますね。
また波形を見ると、音量に差があることが分かります。

では、実際に作業に入ります。

メインボーカルの処理

プロセス

・EQ1
・コンプレッサー1
・コンプレッサー2
・EQ2
・ディエッサー
・サチュレーター
・アナライザー

の順にプラグインをインサート(直挿し)します。また、

・ディレイ
・ホールリバーブ
・コーラス

をセンドで送ります。
(REAPERユーザーでセンドがよく分からないという方は、こちらの記事が分かりやすいです)

ノーマライズ

ノーマライズとは、ざっくり言うと「音量を上げる」作業のことです。
プラグインによる作業を行う前に、ボーカルトラックのノーマライズを行います。
REAPERの場合、トラックをダブルクリックしてアイテムプロパティを表示すると、中央右に「ノーマライズ(N)」というボタンがあります。

ボタンを押した後、メニューが出てきますので、「Peak」の右にある枠の数値を「-3」にしてください。

Peakの横の数値を「-3」に変更

ノーマライズに関して、必要派と不必要派が"きのこたけのこ論争"如く昔から議論を重ねていますが、人力においてはキャラクターによって音量が小さすぎる場合があるので、聴きやすくするためにノーマライズを行っています。
このとき、ピークを-3dBにすることで、今後の作業による音割れを防いでいます。

EQ1

1回目のEQ処理を行います。
まずはアナライザーを挿しましょう。そして再生してみて、周波数を確認します。
アナライザーはフリーのものだとSPANがおすすめ。


グラフィックEQを使用します。よく見る下の画像のタイプのEQです。
アナライザーを見て、次の処理を行います。

①150Hz~200Hz以下をローカット

②基音(一番下の山)を7dBほどカット(音がすっきりします)
【参考値】
人力元が男性の場合:100Hz~500Hzあたり
人力元が女性の場合:200Hz~900Hzあたり

③3kHz~4kHzあたりの耳障りな音を6dBほどカット

フリープラグイン「SPAN」を使用。

今回は150Hz以下をばっさりカット。
300Hzあたりを7dBほど削り、3.6kHzを6dBほど削りました。

EQはフリーのものでもOK。

削る場所は人力によって大きく変わるので、アナライザーを見て、自分の耳で聴いて適切な場所を探ってみてください。

コンプレッサー1・コンプレッサー2

そもそも1つのトラックにコンプを複数使用することは適切なのでしょうか?
コンプには「全体の音量を整える」目的と「突発的な音を抑える」目的がありますが、この2つの目的を1つのコンプで一気に解決しようとすると、過剰にかかってしまう事があります。
しかし、今回はタイトルにもある通り、「音MADにおける」人力のミキシングです。音MADは各エフェクト効果が強いほど正義、音圧が高いほど正義の世界ですので(そんなことない)、わざとコンプで潰しまくるのも手です。

今回は使用曲である「夜に駆ける」の曲調を踏まえ、2種類のコンプを使用しました。

①LA-2A系のオプトコンプ
最初にオプトコンプで全体的な音量を整えます。

ゲインリダクションが-5dBとなるまでPEAK REDUCTIONを調節
GAINはバイパス時(エフェクトがかかっていない時)と音量が同じになるまで調節

オプトコンプを持っていない場合、フリーの汎用タイプでOKです。
この場合、レシオを2:1~3:1、アタックを15ms~40ms、リリースを60ms~100ms、スレッショルドを-20dBあたりで様子を見てください。

②1176系のFETコンプ
次に、FETコンプでアタックを調整します。

レシオを4:1、アタックはメモリで1、リリースはメモリで5、ゲインリダクションが-6dBとなるまでINPUTを調節

アタックのメモリ1は大体20ms、リリースのメモリ5は大体260msです。

1176 RevAを使用

1176系のコンプはフリーで配布されてるみたい。持っておいて損はないです。

人間のボーカルMIXよりも、コンプを強めにかけています。

EQ2

2回目のEQ処理です。パラメトリックEQを使用します。
フリーのものだとTDR VOS SlickEQがおすすめです。

TDR VOS SlickEQ

Lowで200Hz以下を1dB、Midで3kHz~5kHzを2dB、Highで10kHz~12kHz以上を3dB、それぞれブーストします。

ここは音が変化しやすいので、慎重に調節してください。数値は人力によって大きく変わるため、ここに書いてあることよりも自分の耳を信じたほうが何倍も良いです。

ディエッサー

歯擦音を潰していきます。特に歯擦音が気にならない場合は使用しなくても大丈夫です。人力にディエッサーをかける場合、フリーのプラグインであるT-De-Esserがおすすめです。めっちゃ効きます。

T-De-Esser(無料版)

中央のFrequency RangeをHi-endに変更、上のPROCESSINGダイヤルを試聴しながら歯擦音による違和感がなくなるまで回してください。
ただし、あまり回しすぎると音が大きく変わってしまいますので注意。

サチュレーター

声を前に出し、存在感を増やします。
フリーのものだとSaturation Knobが良さそう。

Driveを2.0まで持ち上げます。

Saturation Knob

Saturation Knobの場合、モードはNEUTRALで、試聴しながら少しずつダイヤルを持ち上げてください。

こちらもかけすぎには注意です。

ディレイ

ここからはセンドで送っていきます。

ディレイは使用はしますが、ほとんど分からないくらい薄くかけます。
その使用目的は反響を足す事でなく、人力とオフボーカルを馴染ませる事にあるからです。

センドトラックを作成し、ディレイとEQを挿します。
フリーのディレイプラグインではVoxengo Tempo Delayが良さそうです。

センドで送る場合、ディレイは必ずWetを100%にするか、DRY MUTEボタンを押してください

EQは200Hz以下をローカットし、5.5Hz以上をハイカットします。

メインボーカルのトラックに送り、音が2~3回跳ね返る様にセンドレベルを調節してください。

ホールリバーブ

リバーブにはいくつか種類があります。主に"人間の"ボーカルMIXに使われることの多い(個人比)リバーブは、以下の3種類になります。

①ホールリバーブ
主にメインボーカルやハモリ、その他トラックにかけ、それぞれを馴染ませます。

②プレートリバーブ
主にメインボーカルにかけ、存在感を出します。

③ルームリバーブ
主にメインボーカルやハモリ、その他トラックにかけ、一体感を出します。

※説明はざっくりとしたものとなっています。

私が過去に人間のボーカルMIXを行っていたときは、メインボーカルの場合①ホール+プレート、②ルーム+プレート、③プレートのみ の3パターンを曲調や歌声によって使い分けることを基本としていましたが、このやり方は人力でも通用するのでしょうか。

…今回はホールリバーブのみを使用します。

これはあくまで持論ですが、音MADにおいての人力ってあまり存在感強く無くて良いと思うんですよね。だって主役は人力"だけ"ではないから。ベースやセリフの音合わせなど、音MADを構成している要素すべてが主役だと思います。先ほどサチュレーターでボーカルを前に出す作業は行ったので、ここではプレートリバーブは使用しない事にしました。
もちろん、人力を強調したいのなら、ホールリバーブをかけた後にプレートリバーブをかけるのもアリです。

フリーのホールリバーブだとOrilRiverが良さそうです。ホールとルームを選択できるそう。

センドで送る場合、必ずWetを100%にしてください

メインボーカルのトラックに送り、試聴しながらセンドレベルを調節してください。

※「全部主役なら、全ての素材にプレートリバーブをかければいいじゃん」と思った方もいると思いますが、基本的にやめましょう。音が濁ります。

コーラス

コーラスって何?という方はまず2つのトラックを聴き比べて見てください。
上がコーラス未使用、下がコーラス使用です。

はい、良く言えば声に厚みが出ましたし、悪く言えば声質が大きく変わった気がします。
人間のボーカルMIXや人力のMIX関係なく、声質を大事にしたい場合は使用するべきではありません。ただし、今回は使用曲である「夜に駆ける」のボーカルの声に若干コーラスがかかっている気がしましたので(気のせいかも)、使用することにしました。

フリーのプラグインであるTAL-Chorus-LXを使用します。

センドトラックを作成し、そこにTAL-Chorus-LXを挿します。
WETを100%にして、CHORUSのⅠをオフ、Ⅱをオンにします。

TAL-Chorus-LX

メインボーカルのトラックに送り、試聴しながらセンドレベルを調節してください。

その他の処理

エキサイター
エキサイターはボーカルの抜けをよくするために使用するプラグインです。今回はプレートリバーブを使用しなかったのと同じ理由で使いませんでしたが、使用する場合、2つ目のEQの後に挿すと良いでしょう。

戻るのも手
こちらも持論になりますが、UTAU式人力において、いわゆる「キレイな人力」であるかどうかはUTAUでの作業で8割決まると思います。
MIXを終えてもどうしても気になる音がある場合、UTAUに戻って原音設定やピッチの調整を見直すのも手です。

ハモリの処理

プロセス

ハモリといってもやる事はメインボーカルとそこまで変わりませんので、ざっくり書きます。

・EQ1
・コンプレッサー1
・コンプレッサー2
・EQ2
・ディエッサー
・アナライザー

の順にプラグインをインサート(直挿し)します。また、

・ディレイ
・ホールリバーブ
・コーラス

をセンドで送ります。

作業前にノーマライズを行ってください(ピークは-3dB)。

EQ1

設定は全てメインボーカルと同じ。

コンプレッサー1・コンプレッサー2

メインボーカル同様、2種類のコンプを挿しています。

①LA-2A系のオプトコンプ

ゲインリダクションが-5dBとなるまでPEAK REDUCTIONを調節
GAINはバイパス時(エフェクトがかかっていない時)と音量が同じになるまで調節

②1176系のFETコンプ
レシオを8:1、アタックはメモリで2、リリースはメモリで7、ゲインリダクションが-8dBとなるまでINPUTを調節

アタックのメモリ2は大体10ms、リリースのメモリ7は大体10msです。

EQ2

メインボーカル同様、パラメトリックEQを使用します。

Lowで200Hz以下を3dB、Highで10kHz~12kHz以上を3dB、それぞれカットします。Midはオフにしました。

こちらも慎重に調節してください。

ディエッサー

設定は全てメインボーカルと同じ。

ディレイ

センドでかけます。
設定は全てメインボーカルと同じ。

ホールリバーブ

センドでかけます。
設定は全てメインボーカルと同じですが、センドレベルはメインボーカルよりも弱めに調節してください。

コーラス

センドでかけます。
設定は全てメインボーカルと同じですが、センドレベルはメインボーカルよりも弱めに調節してください。

ハモリのダブリング

ハモリのダブリングとは、全く同じトラックを2つ用意して左右から挟み込むように配置することで、広がりを演出する手法の事です。
ハモリのトラックを複製して、それぞれパンをL100%、R100%にします。センドパンも同じようにL100%、R100%にします。

通常人間のボーカルMIXの場合、2回同じメロディを歌ってダブリングするため、僅かな波形のズレや違いによって空間が生まれます。

しかし人力の場合、波形は全く同じものになります。つまり、ダブリングしたところでただ音量が大きくなっただけのハモリが誕生します。

ここで、片方の波形をほんの少し後ろにずらします
僅かな波形のズレを生じさせることで、空間を生み出すということです。

今回はハモリが1種類しかないため、ダブリングを行うことで空間を演出しました。

おわりに

MIX作業が終わったら書き出して動画作って投稿!ではなくて、まだマスタリング作業が残っています。マスタリングの方もいつか書こうかな。

今回は"UTAU式人力"に焦点を当ててMIXを行いましたが、もちろん他の素材にも使えるポイントやテクニックは沢山あります。
はじめにも書きましたが、ここにあること全てが正解とは限りません。といいますか、MIXに正解は存在しないと考えます。音MADなら尚更。
自分だけの手法を確立する手助けになれば幸いです。

P.S.
未来の自分へ、いい加減SSD整理してください。