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20XX年のゴッチャ その24

通報 
 
「内容的には目新しいとは言えないな。これが意味するものは何なのか?」
 アメリカのベン大統領が国家情報長官に問い質した。
 
 菜々子と桃子がグラタンに舌鼓を打っている頃、ワシントンの大統領執務室、オーバル・オフィスでは定例のデイリー・ブリーフィングが行われていた。
 
 ベン大統領の問い掛けにマキシーン・ウイラード情報長官は次のように応えた。
「大統領閣下、確かに北朝鮮で全く新しい変異株出現の疑いがあることと金総書記訪中の可能性は既にいずれも報道されております。我々も含め世界が注目している状況でございます。しかしながら、今回のポイントは、公式確認前に、中国が自ら通報して来たという点かと思われます」
「成る程…」
「内容的にはブリーフ・メモに記されているように変異株の出現の可能性があり引き続き調査する、この点について、近く北京を訪問する見込みの金総書記と協議するというだけでございますが、彼らは、進展有れば改めて連絡するとも言っております。同様の連絡は西側主要国にもございました。この事前通報は中国のこれまでの対外姿勢とは明らかに異なります。大きな変化と評価すべきものかと存じます」
「それだけ事態を深刻に捉えているということか?」
「その可能性は高いと思われます。加えて…」
ムーア長官が言葉を濁すと大統領が促した。
「続け給え」
「今回は自分達だけでお荷物を背負うつもりはないという意思の表れかと…」
「つまり、いざとなったら我々にも手伝えと言いたいのか?」
「そう考えるべきかと存じます」
 
 大統領は考え込んだ。台湾を巡って一触即発になったのはついこの間の事だ。経済や人権を巡る対立も根深い。加えて、核・ミサイル開発の脅しを続ける北朝鮮に対する反感もワシントンでは強烈だ。それにも拘わらず「手伝え」とは図々しい。責任は中国が負うべきだという声が左右・党派を問わず沸き起こるのは確実だ。国内政治的にはそう簡単に支援できるものではない。対岸の火事と看做す向きも多かろう。
 
「ボブ、君はどう評価する?」
 感染症対策を統括するボブ・カタオカ博士に大統領は尋ねた。
 
「それは変異株次第かと存じます。最悪の場合には我々も手を拱いている訳には行きますまい」
「最悪の場合とは?」
「ADEが出現した場合でございます」
「あれか…、では事態の進展次第ということになるな…」
 ベン大統領は暫し間を置いて続けた。
「しかし、いずれにせよ、オプションは用意すべきだろう。考え得る複数のシナリオに応じて、行動計画を策定して欲しい」
「イエス・サー」
 
 情報長官、国務長官、国防長官、それに博士が口々に応じたのを受け、大統領はジュディー・アマール安全問題担当補佐官に命じた。
 
「取り纏めは君に任せる」
 
新華社電
 
「北朝鮮政府代表団が中国訪問へ」
 
 中国政府によるアメリカなど西側主要国への通報の翌朝、国営の新華社通信社電が世界に発信された。
 
「中国共産党対外連絡部の発表によると朝鮮民主主義人民共和国政府代表団が近々北京を訪れ、中華人民共和国政府首脳と会談する。会談では最近の周辺情勢について意見が交わされ、新型コロナ感染症に関わる北朝鮮への医療支援と経済支援の問題も話し合われる見通しだ」
 
 短い記事だったが、訪中がやっと公式に確認されたのだ。同じ日の昼前には北朝鮮の朝鮮中央通信社も次のような記事を配信した。
 
「われらが敬愛する金正恩同志総書記様が近く北京を訪問される。数日間の滞在中、同志総書記と中国の習近平主席との会談も予定され、両国を取り巻く状況や両国の協力問題などが話し合われる」
 
 こちらも極めて事務的だった。大々的な宣伝は訪中終了後になるのだろうと菜々子は思った。各国メディアもすぐに転電した。
 
 その直後、瀋陽の撮り鉄・唐軍はネットの封鎖が解かれたのに気付いた。直ぐに特別列車の写真をアップする。仲間達も同様にした。
「しかし、発表の後では大した金にはならないな。仕方ないか…」
 唐軍はぼやいた。
「ま、それでも多少の小遣いにはなるだろうし、もうトラブルにはならない。良しとするしかないな」
 そう自分に言い聞かせた。
 
 暫くすると唐軍にロイター通信社などから連絡が入った。いずれも使用許可を求める連絡で、わずかながら使用料の提示もあった。唐軍の写真はすぐに世界に配信された。
 
「今月初めに中国入りしたとも伝えられた北朝鮮の特別列車の写真が配信されました。ご覧の写真は遼寧省の省都・瀋陽の電車区に居る特別列車を地元住民が数日前に撮影したものです。
 北朝鮮の金正恩総書記が乗っていると見られるこの特別列車の現在の居所は明らかではありませんが、遠からず、北京に到着し、中国の習近平主席と金総書記による中朝首脳会談が行われる見通しです。それでは北京支局の佐藤特派員に詳しく伝えてもらいます。佐藤さん!」
 東京のスタジオからキャスターが呼び掛けた。
「はい、北京支局です」
 
メトロポリタン放送の昼ニュースも金総書記の訪中を大きく報じた。日本ではこの日は建国記念日の休日だったが、テレビ局の報道番組は平日と変わらない。
 
「北朝鮮の金正恩総書記が乗っていると見られる特別列車が中朝国境を越えたという未確認情報が流れてから既に十日程経ちましたが、総書記の訪中が漸く公式に発表されました。中国政府の発表は詳しい日程に触れていませんが、数日中に総書記一行は北京に到着するものと見込まれます。そして、北京で行われる首脳会談では北朝鮮国内の新型コロナを巡る状況やそれに対する支援問題が最大のテーマになりそうです」
「主に変異株の問題が話し合われそうということですか?」
「変異株の出現はまだ確認されたものではありません。しかし、現在疑われているように、それがワクチンの効かない新しいタイプの変異株ということであれば間違いなく首脳会談の最大のテーマになると思われます。金総書記の訪問が、漸くですが、公式に発表されたということは両国政府の下準備も十分に整ったことを示している訳でして、一部には、中国政府の新型コロナ調査団が既に北朝鮮に入っているのではないかという憶測もあります。
 何故かと申しますと、ワクチンの効かない変異株出現の有無を、北朝鮮の言い分だけといいますか、北朝鮮の調査結果だけで判断する訳に行かないからです。中国政府もこの点だけはまずしっかりと確認したい考えと思われます。それなしに、闇雲に会談し、支援問題を話し合う筈もありません」
「いつ頃、確認される見通しでしょうか?」
「調査団の話も現時点では憶測に過ぎません。発表を待つしかないと思われます」
 
「それにしても、特別列車の中国入り情報から今日の発表まで随分時間が掛かりましたね。その理由は何が考えられますか?」
「やはり、下交渉をぎりぎりまで続けていたと考えられます。しかし、それにしても中国入りの後、発表までこれほどの時間が掛かったのは何故かという疑問は残ります。しかし、こちらも未確認ですが、中国入り後に検疫の為の隔離期間を取らざるを得なかったのではないかという見方があります。
 万が一、ワクチンが効かない変異株が持ち込まれては大変ですし、中国では、新規感染が見つかると直ちに一帯を封鎖し、住民の一斉検査と隔離を徹底するという所謂ゼロ・コロナ政策を今でも、ケース・バイ・ケースですが、発動することがあります。新型コロナの感染が止まないと言われる北朝鮮の代表団にも当然、隔離期間を過ごして貰うというのは不自然なことでは無いと思われます。北京からは以上です」
 
 続いて、スタジオで欧米各国の反応が紹介された。
「重大な関心を持って状況を注視している」「万が一の事態に備えて対策立てるよう関係部局に指示が出された」「新タイプの変異株が確認されたとしても、治療薬は有効と考えられるので直ちにパニックになる必要は無い」などと云った反応・論評が続いた。関心は高い。
 
 その中で特に耳目を集めたのはアメリカのワシントン・ポスト紙の報道で、同紙が「中国政府とアメリカなど各国政府・関係機関が、これまでの対立を脇に置いて、北朝鮮の変異株の問題に関して既に水面下の接触を開始した」と伝えた部分であった。これらの報道に接した誰もが「そんなに重大な事態が起きているのか」と厭な予感をした程だった。
 
「なかなかやるじゃないか」
 自宅でメトロポリタン放送の昼ニュースを見ていたルークは呟いた。北京支局の佐藤のレポートに感心したのである。話し振りは自然だし、内容的にも十分だ。本来なら画面に登場するべき岩岡が喋りを苦手にしているのをルークは当然知っていた。
「ま、佐藤がいれば北京のレポートは大丈夫かな」
 
 ルーク自身は佐藤の事を良く知らなかったが、これで少し安心したのである。もう直接関係は無いが、何と言っても放送が上手く行かないとお話にならないからだ。
 
 昼ニュースが終わると菜々子は北京入りすべく直ちに羽田空港に向かった。もはや社内に文句を言う者はいなかった。胃が重い。コンビニで買い求めたサンドイッチを口にする気にならなかった。
 
***

これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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