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20XX年のゴッチャ その4

王府井大街 
本文割愛し、先を急ぐ
 
悪童
 
 二十世紀の終わり頃、マイケル・ジョーダンの全盛期にシカゴ・ブルズがNBAで三連覇した時、チーム・メイトにリバウンドの名手として活躍したデニス・ロッドマンという選手がいた。彼はその風貌と言動から悪童と呼ばれ、それ故かも知れなかったが、バスケットボール好きの金正恩総書記はロッドマンのファンで親交があった。総書記の招待を受けて何度も訪朝したことがある。
 
「あったぞ」
 店主が奥で探していたのはそのロッドマンが訪朝した際の宴席の写真である。朝鮮中央通信が配信したものだ。店主は写真をスマホに転送すると店に戻った。
 
 相変わらず他の客のいないカウンターでは菜々子と桃子が何やら話し込んでいた。桃子の半島関係人脈と同じく、菜々子の北京人脈とワシントン人脈も侮れない。桃子のもたらした正哲情報に関わる意見交換をしていた。
 
「姐さんのところまでそんな投げ掛けがあったのだから、ワシントンにも同じようなのがあっても不思議ではないですね。北京にはまだかもしれませんけれど。誰に当たれば良いのかな…」
 
 イギリス人の血を四分の一引く菜々子は色白で、目はぱっちり、誰が見ても愛くるしい顔立ちをしている。それとは裏腹にスーツの上から見てもはっきりわかる豊満な肉体は四十代半ばになろうとする今も色気たっぷりだ。
 
「これを見てくれ。平壌での宴会の写真だけれど、正哲も写っているだろ」
 店主が持ち出してきた写真には、黒い人民服を着た正哲が最前列に笑顔で収まっている。かなり恰幅は良くなっていて、十代の頃の細身の姿とは別人のようだったが、面影は間違いなく正哲だった。
 
「似ているだろ?」
 奥の席でロッドマンと並んで写る、やはり満面の笑みの弟・正恩総書記を店主は指差した。確かに似ている。髪型も同じ、黒い人民服も同じ、円形にかなり近い体形もほぼ同じで、良く見ると少し違うのは目の形ぐらいか。遠目なら区別がつかないかもしれない。
 
「きゃーそっくり」
 この写真なら間違いなく記憶にある筈の桃子も改めて感嘆した。
「ホント、良く似ていますね」
 菜々子も応じた。
 
 ダイエットの成果で金正恩総書記は今ではかなり引き締まっているのだが、中肉中背と表現されるような身体つきにまでは絞っていない。正哲も同様なら他人は今も見間違える可能性がある。
 
「まさかそんなことはしないだろうが、もしもそっくりな髪型・服装のまま出歩いたら大騒ぎになるぞ」
 店主は断じた。
「確かに…」
 菜々子と桃子が、写真を改めて見つめながら、ほぼ同時に同じ言葉を発した。
 
「ルークさん、もう一杯お願いします。今度は生ビールが良いです」
菜々子がオーダーすると桃子が続いた。
「私は芋焼酎の水割りをお願いします。濃いめで」
 桃子も酒はかなり強い。酔うと少し乱れてくるが、アルコールは大好きなのだ。
「オーケー」
 他の客はもうやって来ないだろう。
 
六杯目の酒にゆっくり口を付けながら菜々子は考えた。
桃子には引き続き半島筋で情報収集を続けてもらい、ルークにはアメリカ政府筋と日本政府筋への取材で助けてもらう。ルークの人脈も今でもかなりのものなのだ。
二人にそう依頼し快諾を得ると、菜々子は最後の生ビールを飲み終え、OGの桃子の分もまとめて勘定した。それにしても割安だった。店の経営は大丈夫なのかと心配になる。
 
帰路、菜々子は北京の岩岡とソウルの棚橋に連絡を入れた。それぞれ、じきに折り返してくるはずだ。
 

***

これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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