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20XX年のゴッチャ その33

 特別重大報道
 
 まず、中国国営通信・新華社が、中朝首脳会談の結果を報道した。
 
「中華人民共和国の習近平国家主席と朝鮮民主主義人民共和国の金正恩総書記が北京の人民大会堂で三回に亘り首脳会談を行った。
 会談で、両国は歴史的友誼を再確認し、中国政府が新型コロナ感染症対策で北朝鮮政府を全面的に支援することで合意した。支援は可及的速やかに実施される。
 両国の最高指導者は、現下の難局に一致して対処し、両国の平和と友好が末永く続くよう最大限の努力をすることを確認した」
 
 予定通りの内容だった。両首脳が着座で会談する模様を写した写真も一枚公開された。写っている二人の首脳は小さく、画質は相変わらず良くない。
 
 程なくして、北朝鮮の朝鮮中央通信が、午後八時に、朝鮮中央放送が特別重大報道をすると予告した。
 
 北朝鮮が特別重大報道を予告するのは過去に何度も例のあることでは無い。これまでは金正日総書記の死去の発表や核・ミサイル開発に関わる大きな成果を北朝鮮が宣伝したい時に用いられた用語だ。中朝首脳会談に関わり、こうした予告がされるのは異例の事態だった。新華社電をなぞるような程度の発表は考えにくい。
 
 各国政府や西側メディアは色めき立った。
 
「北朝鮮政府が、日本時間の今夜八時から、特別重大報道をすると予告しました。
 折しも、北京では北朝鮮の金正恩総書記と中国の習近平主席による首脳会談が三回も行われ、新型コロナ対策で中国が北朝鮮を全面支援することで合意したと新華社が伝えています。それでは、北京支局から佐藤特派員に伝えてもらいます。佐藤さん!」
 
 メトロポリタン放送の日曜夕方のニュースも、この関連ニュース一色に染まる。
 
「北京支局です。金曜からこちら北京で続いていた中朝首脳会談は三度に亘って行われ、今日、漸く終了しました。
 その内容について、中国国営新華社通信は、中国の習近平国家主席と北朝鮮の金正恩総書記が一連の会談で、北朝鮮の新型コロナ対策に中国が全面支援を行うことで合意したと短く伝えています。新華社は、北朝鮮での変異株出現の有無や支援の内容・規模等について触れていませんが、支援は可及的速やかに実施されるということです。
また、会談の模様を写した写真が一枚公開されましたが、映像は無く、共同声明の発表などもありません。
 金正恩総書記は今も北京市内に留まっていると思われますが、詳しい動静は不明です。
 一方、北朝鮮の朝鮮中央通信は、日本時間の今夜八時に特別重大報道をすると予告しました。今回の首脳会談の合意に関わる発表がされるものと見られ、中国政府筋は、私どもの取材に対し、北朝鮮が受け入れる支援の内容や新型コロナの感染状況について、ある程度の説明がなされるだろうと述べています」
 
東京のスタジオのキャスターが続けて尋ねた。
「ワクチンの効かない変異株出現の有無が一番気になりますが、それについてはどんな発表が予想されますか?」
 
「現時点で確たることは申し上げられませんが、特別重大報道という滅多にない予告がされたことから考えますと、変異株についても言及されるのは間違いないだろうというのが大方の見方です。この点について、どこまで踏み込んだ内容になるのか、そして、支援の内容や規模についてもどこまで言及されるのか、大いに注目されるところです。
 一方、これに関連して、中朝国境地帯では、人民解放軍の車両や人員が既に大集結している模様で、全面支援の規模は前例のない極めて大きなものになると見られています。こちらからは以上です」
 
「続いて、中朝国境地帯の町・丹東から戸山記者の報告です。戸山さん!」
 
「こちら丹東の町は、表向き、いつもと変わらぬ様子です。国境を流れる鴨緑江に掛かる橋でもこれと云った往来は見られません。しかし、地元住民は、近くに人民解放軍の大部隊が集結していて、何百台、いや何千台ものトラックで支援物資を運び込む準備をしているようだと語っています。
 また、中国から北朝鮮に重油を輸出するパイプラインが近くにありますが、それを通じて流れる重油の量は既に最大量に達している模様だと噂されています。中国による全面支援は可及的速やかに実施されると発表されたことから、こちらでも、一両日中には具体的な動きを見ることができるのではないかと思われます。以上です」
 
「ありがとうございます。続いて、ソウルの反応です。棚橋さん!」
 
「北朝鮮国内の新型コロナウイルス感染状況について、韓国政府は、ワクチンの効かない変異株が出現したのはほぼ間違い無いと見ています。そうなりますと、北朝鮮政府だけで封じ込めるのは至難の業で、この為、中国政府が全面支援に乗り出すのだろうと見ているようです。
 ただ、仮にそうだとすると、中国一国だけの支援では失敗の恐れも無きにしも非ずということで、北朝鮮は、保険を掛ける為にも、西側の支援もある程度受け入れるのではないかという見方も一部で出ています。
 特別重大放送が予告されたのは、外向けの発表というだけではなく、国内向けにも、無用の混乱を避ける為、この新たな事態を説明する必要があるからだと韓国政府筋は分析しています。
 具体的に何をどこまで受け入れるのか、詳しいことは現時点では分かりませんが、これまで西側には国をほぼ閉ざしてきた北朝鮮にとっては、いずれにせよ、海図の無い領域に入る訳でして、それが、北朝鮮政府の統治にどのような影響を与えることになるかも含めて、韓国政府はその成り行きを重大な関心を持って見守っています。
 折しも、今日二月十六日は金正恩総書記の父親・故金正日総書記の誕生日に当たりますが、北朝鮮は今、この日、まさに重大な岐路に立たされているということになります」
 
「ありがとうございます。続いてアメリカ政府の反応です」
 
 ワシントン支局からは新任の山村千秋支局長が登場した。
 
「こちらワシントンは時差の関係で現在、日曜の夜明け前です。当然、まだこれと云った動きはありませんが、先程、ワシントン・ポスト紙がウェブで大変興味深い記事を掲載しました。
 それによりますと、こちら時間の土曜未明、今から二十四時間以上前のことになりますが、ベン大統領と習近平主席のオンライン会談があったというのです。詳しい内容は伝えられていませんが、中朝首脳会談の二回目と三回目の間と思われる時間帯に、今のところ公表されていない米中首脳会談があったというのが本当だとしますと、この場で、北朝鮮情勢が話し合われた可能性は高く、ワシントン・ポスト紙も、北朝鮮の新型コロナ感染状況を巡って意見交換が行われた模様と報じています。
 当然、そこでは、中朝首脳会談の内容も話し合われたとみるのが自然で、中国による北朝鮮への事実上の全面介入について、習近平主席がベン大統領に言わば仁義を切ったのではないかと記事に登場した東アジア情勢専門家は分析しています。
 また、別の専門家はワシントン・ポスト紙に対し、北朝鮮でワクチンの効かない変異株が出現したとなると『それが世界に拡がるのを座して見守るだけというのは考えにくい。アメリカ政府としても何らかのアクションが必要になるのではないか』と見ています。
 北朝鮮の特別重大報道が予告されている日本時間夜八時は、こちらは朝六時です。日曜の朝とは言え、その頃には、アメリカ政府の関係部局もフル回転することになると思われます。そして、その後、遅くとも、日曜午前の恒例の討論番組で、アメリカ政府の最初の反応が出るものと思われます」
 
「アメリカ政府のアクションとはどんなものが考えられますか?」
 
「特別重大報道の内容が明らかになる前に明確なことは申し上げられませんが、ワクチンが効かない変異株の出現が本当だとすれば、それを封じ込める為に有効な治療薬や検査キットなどの提供は検討されることになるだろうと専門家は予想しています。北朝鮮が受け入れるか否かは別問題になりますが、習近平主席が事前に根回しをしたと報じられたことから推測しますと、北朝鮮もある程度は受け入れる可能性は十分にあると思われます。ワシントンからは以上です」
 
「続いて日本政府の反応です。総理官邸前から武内記者です」
 
「総理官邸には既に北村官房長官や外務省の石川次官らが既に集まり、関係者の動きは慌ただしさを増しています。馬淵総理も間もなく官邸入りする予定です。
 関係幹部によりますと、中朝首脳会談と北朝鮮の新型コロナ感染症の状況を巡ってすでに日米間で緊密な連絡を取り合っているということです。つまり、今日の事態を日本政府もある程度は把握しているものと思われます。
 そして、政府首脳も、先程、メディアの取材に対し『日本としても必要な支援を行う用意がある。具体的にはこれからだ』と述べていまして、北朝鮮にワクチンの効かない変異株が出現したことを前提に話を進めているようです。
 正式には特別重大報道を待ってから検討ということになりますが、ワクチンの効かない変異株の出現は対岸の火事と看做すのは余りにも危険です。地理的に近いこともあって、日本政府の危機意識は当然ながら非常に高く、水際対策の強化や国内の防疫・医療体制の拡充も打ち出されることになりそうです。
 具体的には北朝鮮の特別重大放送を受けて、馬淵総理が記者団の前で声明を発表する見込みです」
 
「ありがとうございました。スタジオには感染症対策の専門家・国立医療センターの須藤昭人先生にお越し頂きました。須藤先生、まだ公式に確認されたものではありませんが、北朝鮮の変異株に対して、どんなことが、まず必要になりますか?」
 
「ワクチンが効かないということですが、そうだとすると、まず、何故効かないのかを知ることが重要になります。そして、感染力は従来株より高いのか、毒性は強いのか、治療薬は効くのか、そういった情報を知りたいところですね」
 
「何故、ワクチンが効かないのかと言う点ですが、どんなことが考えられますか?」
「既に知られていることですが、既存のワクチンは、新型コロナウイルスが人間の細胞に侵入する際に必要なSタンパクの働きを主として阻害します。そういう働きをする抗体をワクチンは体内に作り出すのですが、新たな変異株がそういう抗体を単に迂回して細胞に侵入する能力を更に強めて身に着けたのか、それとも、そういう抗体を悪用して細胞に侵入するのかで大きな違いが生じます」
 
「どんな違いなんでしょうか?」
「迂回するだけなら、ワクチンの設計を変更して、変異株のSタンパクにも訊く新たな抗体を作り出すようにすれば良いのです。このケースの場合、新しいワクチンを作ること自体は技術的に難しいことではありません。勿論、新たに大量生産して、改めて皆さんに接種するのにはかなりの時間が掛かりますが、先進国では数か月から半年、皆さんに辛抱して頂ければなんとか対処できるだろうと思われます。
 当然、ワクチンが普及するまで感染は広がり、それに比例して重症者は増えることが予想されますが、毒性がほぼ同じで、治療薬も効くのであれば、全体としてみれば、変異株による直接的な健康被害はそんなに酷いことにならないことが期待できます。勿論、緊急事態宣言が必要になるかもしれませんので、それによる経済的な損失は別の話になると思われますが…」
 
「成る程、それはそれで非常に困難な事態になりそうですが、では、もう一つの、抗体を悪用する場合とはどういうことですか?そして、どんな問題が生じるのですか?」
 
「抗体を悪用するのは、抗体依存性感染増強、別名・ADEという現象でして、これは非常に厄介です。
 ワクチンが作り出す抗体を利用して、ウイルスが細胞へ侵入してしまうというものなのですが、ワクチンを打っていない人への感染力が従来株と大差ないとしても、接種済みの人への感染力は、どの程度かは分かりませんが、却って高まってしまいます。この点からも感染力の変化が注目されるわけです。
 そして、細胞への感染力が高いということは、感染すると体内でウイルスがどんどん増殖してしまうということでして、結果的に毒性は高まります。重症患者向けの抗体カクテルは使えなくなります」
「非常に怖いですね」
「そうです。ただし、ですね、ウイルスが細胞内で増殖するのに必要な酵素の働きを阻害する現在の治療薬は、Sタンパク・ワクチンとは全く異なるメカニズムでウイルスに対処しますので、こちらが効けば、治療は可能と思われます」
 
「すると、新たな変異株が、そのADE・抗体依存性感染増強を起こすとなりますと、事態は極めて深刻になりかねないということですか?」
「そうかもしれません。既存のワクチンを接種済みの人や既に感染した人に限って却って悪さをする恐れがあるわけですから、ワクチンがまだ無かった頃と同じような、或いは、それ以上の健康被害が全体として発生する恐れはあります。ただし、重ねて申し上げますが、現在の経口治療薬が効けば、対処は可能です。繰り返しになりますが、治療薬は全く別のメカニズムでウイルスに作用しますので、確認は必要ですが、それまで効果が無いという恐れは低いと思われます」
 
「予断はできませんが、第二のパンデミックと言っても過言ではない、あの悪夢のような日々が再びやってくる恐れも否定できないということになりますか?」
「まだ断言はできませんが、厳重な警戒は必要になると思います。ADE株が出現し、その封じ込めに失敗しますと、我が国も非常に難しい状況に陥る恐れはあります」
 
 日本中に戦慄が走った。既に九割の国民がワクチンを接種済みで、ブースターも含めれば何度も打った人は多い。
 
 潤沢過ぎる程出回っているとはいえ、マスクや消毒用アルコールを買い増しする動きが早くも始まることが予想された。
 
 欧米等の先進国も大騒ぎになるのは確実だった。治療薬が効きそうだとは言え、加えれば、アメリカの南部や中西部に多いワクチン反対派を勢いづけ、激しい党派対立に起因する政治的な混乱に拍車を掛ける可能性も大であった。

***

これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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