オーフ・ザ・レコード物語;20XX年のゴッチャ その75
病室移動
翌水曜日、封じ込め作戦に異状の報道は無く、菜々子達の取材に新たな成果は無かった。
その翌日の木曜日、ジュネーブ時間の朝、WHOは現地調査団の活動が金曜日から再開されるとウェブで発表した。
メトロポリタン放送始め日本のテレビ各社は、その日、夕方のニュースで「WHO調査団が明日北朝鮮で活動再開へ」という見出しで、これを一斉に報じた。
「WHO調査団の活動再開は、丹東郊外のADE株のクラスターが事実上終息したこと、また、北朝鮮での封じ込め作戦がやはり順調に推移していることを意味します」
丹東から戸山がレポートする。
「丹東始め遼寧省等で行われていた全面封鎖措置も程なく解除になり、依然、二週間の隔離と検査は必要ですが、人々は、北京など他の地域への移動が可能になると思われます。
ここ丹東の外出禁止令も少しは緩和され、急を要する場合などは外出が認められるようになるのではという期待を人々は口にし始めています。
私共も、これまでは検査を受ける場合などの例外を除き、部屋から出ることは認められていませんでしたが、レストランに行く等ホテル内の移動はまた自由になるのではないかと思われます。
早ければ二週間後とも期待される事態の収束に向けて人々の期待は高まっていると言えそうです」
レポートをする戸山の表情も明るい。
別のチームと交代して北京に戻れるという状況には未だないが、トンネルの先に明かりが見えて来たのだ。菜々子も戸山のレポートの様子を見て、かなり安堵した。
「今日午後、患者はICUを出て病室に移動する予定です。予後はすこぶる順調のようです。医師達の隔離も解除され、自宅に戻るはずです。新型コロナの陽性者は出ていません」
その頃、現地時間の昼前、パリ・二十区のモルティエ大通りにあるDGSE・対外治安総局の本部で、アジア担当次長のジャン・ルック・モローに北朝鮮担当チームのルイ・ラファエル・シモンがそう報告していた。
「成る程、順調だな。このまま推移すれば後一か月もすれば無事退院の運びになりそうだな」
モローが受けてこう言った。
「その通りかと。まずは目出度いことです。何かあったら大変ですので…」
シモンが応えた。
「そして、その頃には北朝鮮での封じ込め作戦も終わり、患者は晴れて帰国する…どう思う?」
「悪くないことだと思います」
シモンが再び応えた。
「しかし、タイミングまで彼らの狙い通りになりそうだと思わないか?まるで計ったように」
モローが指摘した。
「そうかも知れません。でも、それは偶然かも知れません」
「偶然かも知れないのはその通りだ。しかし、偶然を偶然として、何も考えず、やり過ごすようでは我々の仕事は務まらないぞ」
「…確かに、おっしゃる通りです」
「単なる偶然では無いとすれば、彼らは大変周到に準備・計画していて、その通りに事態は動いているということになる。
侮ることは出来ない。当然、その先も何か考えていると思うべきだろう。
手術が無事終わって、良かった良かったと帰宅するだけ、それを見送るだけなら誰にでも出来る。彼らはもっと賢明で用意周到な筈ではないか?」
「とすると何を計画しているのでしょうか?」
「それを考え、探るのが君たちの役目だ。頼むぞ。しっかりやってくれ」
モローが発破をかけた。
「承知しました…」
確かに彼らの次の一手は気になる。
何も起きない可能性は低いと考えるべきだ。ましてや、患者は自分の寿命を意識させられたはずだ。上手くすれば天寿を全うできるが、それだけで満足するようでは、あの国を取り巻く環境で生き残るのは難しい。
より強化された核・ミサイルの脅威を誇示して、周辺に圧力を掛けると共に国内の締め付けを図るのか、それとも、もしくは同時に、対米関係の打開を目指して、具体的な行動を起こすのか…シモンの頭はフル回転を始めた。
DGSE・対外治安総局にとって、優先事項はロシア情勢とイスラム過激派の動向、それに中国情勢だが、北朝鮮の動向チェックもなおざりにしている訳ではなかった。
張り込み
大友達が、パリ第二十一大学医学部と付属病院の監視を始めて三日目。
相変わらずこれといった成果は無かったが、張り込みを続けた結果、医学部棟の裏にある駐車場に出入りする車はおおよそ把握できるようになっていた。
大友達にとって、回り道ばかりの雲を掴もうとするような取材であることに変わりはなかったが、駐車場に、これまで見たことのない目立つ車が入って来れば気付くようにはなっていた…。
***
これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
©新野司郎
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