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20XX年のゴッチャ その34

 二月十六日・日本時間午後八時
 
 朝鮮中央放送が予告された特別重大放送を始めた。ダークスーツで身を固めたいつもの男性アナウンサーが声明を読み上げる。
 
「朝鮮労働党と朝鮮民主主義人民共和国の偉大な領袖、我ら人民が敬愛してやまない金正恩総書記同志が、中華人民共和国を訪問し、中華人民共和国の習近平国家主席と三度に亘って会談をされた。
 一連の会談で、金正恩総書記同志と習近平主席は、朝中両国の永遠の友好を確認し、最近の困難な状況に鑑み、全面的な支援を実施することで合意した。
 この合意に基づき、朝鮮民主主義人民共和国は、中国からの医療支援、食料・エネルギー支援を受け入れ、両国は一致団結して、新しいウイルスによる被害を抑え込んで、人民の苦しみを取り除くことになる。
 朝鮮民主主義人民共和国は、中華人民共和国と共に防疫作業に当たり、我が国国内での新しいウイルスの活動を封じ込め、消滅させる。同時に、中華人民共和国側に被害が拡大することがないよう全力を尽くす。作業は直ちに開始される」
 
「我々の共和国に困難な状況を生じせしめた新たなウイルスの性質は、我が国の優秀な科学者達が中華人民共和国の同僚と共に研究中である。いずれその正体は暴かれるが、既存のワクチンが有効ではない恐れが強い。
 人類愛に溢れる金正恩総書記同志は、この事態の深刻性と緊急性に鑑み、第三者による調査も同時に受け入れる度量を示され、習近平主席と意見の一致を見た。
 これに基づき、朝鮮民主主義人民共和国は世界保健機構の調査団を直ちに受け入れ、彼らによる調査・研究と経口治療薬など医療支援物資の持ち込みを許可することにした。世界保健機構にはその旨通知された。
 主体百xx年二月十六日、朝鮮民主主義人民共和国国務委員会発表」
 
 日曜のゴールデンタイムにも拘わらず、日本ではメトロポリタン放送始め殆どのテレビ局が、同時通訳付きで、この特別重大放送を緊急特番で伝えた。世界のニュース専門チャンネルも同様だった。
 
 メトロポリタン放送の緊急特別報道番組には菜々子も北京支局から生中継で出演し解説する。正式なヴィザは取得していないのだが、そんなことは言っていられない。現状で中国当局が問題にする可能性も低い。
 
「先程、北朝鮮の特別重大放送で伝えられた声明で、注目すべき点は、まず、北朝鮮で新型コロナウイルスの新たな変異株が出現したことを北朝鮮が認めた事です。声明では新しいウイルスと言っていますが、これは新たな変異株の事を指すものと思われます」
 菜々子の喋り口も少したどたどしいが、それが却って一部視聴者の人気を集めている。
「そして、新たな変異株に対しては既存のワクチンが効かない恐れが強いと言っている点が特に重要です。こうした懸念は、既に、中国政府なども共有していた模様ですが、今回の声明で、北朝鮮政府がこちらも事実上確認したということになります。
 中国による全面支援受け入れ決定は、事実上の鎖国をしている北朝鮮にとっては国の方針の大転換といえるものですが、そうしなければならない程の危機意識が北朝鮮にあるということになります。実際、ワクチンの効かない変異株の出現は北朝鮮にとってだけでなく、世界にとっても大きな脅威になり得るものです。何としても封じ込めに成功してもらわねば日本始め世界が極めて困難な状況に追い込まれる恐れがあります」
 
 更にスタジオのキャスターが尋ねる。
「北朝鮮の声明はWHO・世界保健機構の調査団も受け入れると述べています。これも危機感の表れでしょうか?」
 
「その通りだと思われます。そして、更に注目すべき点として、北朝鮮が、支援物資として経口治療薬にわざわざ言及したのを見落としてはならないと思われます。声明は医療支援や食料・エネルギー支援を受け入れると述べていますが、支援の具体的な品目として挙げたのは経口治療薬だけです。それもWHOに持ち込みを許可するという形で触れています。つまり、これは西側の治療薬を持ってきて欲しいと要請しているのと同じです。これは経口治療薬がワクチンの効かない変異株にも有効であると北朝鮮が見ていることを示唆しています。中国政府も同様の見解なのだろうと想像できます。ワクチンの効かない変異株の出現は人類にとって大変な脅威ですが、治療薬が有効ならば、お先真っ暗という程封じ込めは困難という訳ではないのかもしれません。北京からは以上です」
 
 菜々子の報告から間もなく、WHOがウェブに声明を発表した。
 
「北朝鮮は政府の決定に応じ、WHOは北朝鮮で出現した新たな変異株に対処する為、直ちに調査団を編成し、北朝鮮に派遣する。まず十二名の専門家等からなる先遣隊が可及的速やかに北京に向かい、そこから更に平壌に入るべく調整を始める」
 
 当然と言えば当然だが、WHOの対応は速い。中国とアメリカの事前の根回しが効いているようだ。メトロポリタン放送も直ちにこの動きを伝えた。
 
 日本政府も素早く反応した。総理官邸で馬淵総理が記者団の前で、声明を発表した。
 
「北朝鮮でワクチンが効かない恐れの強い新型コロナウイルスの変異株が出現したという事態に、日本政府は大きな衝撃を受け、大変な危機感を持っています。
 その封じ込めに成功するよう、我が国としても、現地作業に当たる北朝鮮や中国、WHOに、最大限の協力をする用意があります。そして、その具体策を速やかに取り纏めるよう、関係部局に先程指示を致しました。
 また、同時に、我が国の水際対策の強化、治療薬や検査キットなど医療物資の積み増しを直ちに実施するよう指示致しました。
 更に北朝鮮から我が国への入国は原則受け入れないことも決定しました。事実上国境封鎖をしている北朝鮮から日本に入国をしようとする方は居ないとは思いますが、念の為、そう決定致しました。
 変異株の封じ込めが現地で成功するよう、かつ、また、我が国には入ってこないよう万全の対応をするつもりです。国民の皆様には、これまで同様に、マスクの着用、手洗い・うがいの励行、三密の防止をお願したいと思います。また、今後の展開に応じて更なる措置を講じていく所存です。
 幸いにして治療薬は変異株にも効きそうだとの情報を私共は得ております。国民の皆様には更なる御辛抱をお願いしなければならない事態も考えられますが、同時に、必要以上に神経質にならぬようお願いする次第です」
 
 こう述べると、馬淵総理は質問には応えず、ぶら下がりを終えた。
 
 アメリカでは、ホワイト・ハウスがウェブ上に声明を上げた。
 
「北朝鮮でワクチンが効かない恐れの強い変異株が出現した事態に大変な危機意識をもってアメリカ政府は対処する。
 アメリカ政府としては、北朝鮮での封じ込めが成功するよう最大限の協力をする用意があり、その第一弾として、まず治療薬百万人分、抗原検査キット五百万回分をWHOに供与する。WHOの活動には全面的に協力する。北朝鮮が受け入れるのであれば、アメリカの医療チームを派遣する用意もある。
 また、水際対策として、北朝鮮、及び隣接する中国東北部、ロシア極東地域に今日現在滞在している外国人の入国を直ちに差し止める。当該地域からの民間フライトの運航も停止する。事前に許可を得たアメリカ国民以外は当該地域に今後立ち入らないように求める。当該地域に既に居るアメリカ国民の再入国や中国のその他の地域、及び韓国からの入国者には、出発前と到着後のPCR検査と二週間の隔離を義務付ける。アメリカ軍人とその家族も例外にしない。こうした措置は必要に応じて、更に拡大・強化される。
 幸い変異株には治療薬が有効と見られる。アメリカ国民には感染防止に細心の注意を払い行動することを要請するが、現時点では必要以上に過剰な反応することもないよう求める」
 
 この日発表された入国制限は、アメリカ政府のものが一番厳しかった。そして、欧州各国も、程度の差こそあれ、翌日までには似たような措置を発表した。同時に、パニックにならないようにというメッセージも国民に発信していた。一部でアジア人攻撃が再燃するのも心配された。

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これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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