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平成ビーストウォーズ

 鳥獣害―――

 それはかつて「猪荒」や「鳥喰畑」といった言葉で江戸期の人々に使われていた。

 現代のような輸入品はなく、主に田畑で自給自足する生活だった当時、それを荒らす野生鳥獣はとても憎い存在だっただろう。農家は自ら銃を持って番をして、中には地域を治める藩が、鳥獣駆除の専任を雇って見回りをさせていたところもある。

 太古から日本の国土としては、人の住む里と山が近い。野生鳥獣と人間との作物をめぐる攻防は、ずっと続けられてきた。

 近世の鳥獣害は、戦時下になって一旦収束した。戦後の日本は経済復興に沸き、それまでの生活様式は変わり、自然環境の多くが開拓・開発されていった。野生鳥獣による農作物への食害はおよそ百年の間、時代の移り変わりに翻弄されて、ほとんど目立つことはなかった。

 そして平成―――西暦2000年を迎えた頃に、事態は変わった。鳥獣害はそれまでのような農林業だけの問題ではなくなっていた。それは日本の社会問題へと高次元化して、自然ばなれしている現代の人々を威圧し始めたのだ。

 百年の空白を終えて勃発した、平成時代のビーストウォーズ。
 新しい令和の時代となった今、これまでの状況を振り返ってみよう。


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1.平成の危機

 2011(平成23)年、本州以南の国内のニホンジカの生息数は推定243万頭を数えた。

 これはどのくらい鬼気迫る数字だったのだろうか。その22年前、1989(平成元)年の推定数は28万頭だった。それが二年間で200万頭増加した訳だ。対策の変更をしなければ、更に10年間でシカ類はおよそ420万頭に増えていたという環境省の試算もある。

 1頭のシカが、農作物・植物・生態系に影響を与えない程度に生活できるのは、10頭/1平方キロメートル以下の低密度でなければならないと研究者は言う(平成25 特定鳥獣の保護管理に係る研修会(シカ上級)浅田正彦(千葉県生物多様性センター))。単純に考えれば、420万頭のシカが生活する為には42万平方キロメートルが必要ということになり、これは日本の国土面積38万平方キロメートルを超えている。シカが毎年繁殖することを考えなくても、農作物・植物・生態系に多大な影響が出るのは明白だ。ニホンイノシシも同様に2011年時点で推定生息数が98万頭であり、その上シカよりも多産なので、増加率が高い。両者による農作物被害が当時144億円にのぼった状況の打開策は、とにかく捕獲し、数を減らすことしかなかった。

 環境省と農林水産省が策定した2013(平成25)年の【抜本的な鳥獣捕獲強化対策】では、捕獲目標を「2023年度にシカ・イノシシの生息頭数を半減」させることにしており、鳥獣被害防止特措法に基づく活動が活発になった。狩猟者だけでなく、農家自身も狩猟免許を取り、捕獲をして、被害を抑えようと努力した。結果、2017(平成29)年時の推定生息数はシカ244万頭(最高時289万)、イノシシ88万頭(最高時114万)となり減少傾向に入った。

 捕獲頭数を見ると、二種共に年間60万頭を超えていた(2019)。この数字がシカ・イノシシの増加率を上回ったから、個体数削減が現実のものになったのだから、個体数増加の勢いがよくわかる。

 今後は、この捕獲圧力を維持していかなければならないが、それも簡単なことではない。何故なら有害鳥獣の捕獲駆除に関わる免許を持つ人口は1975(昭和50)年以降減り続けて、2011年時点で19.8万人、2016(平成28)年で20.0万人と、平成の鳥獣害対策に従事する人員でもわずか数千人しか増えていないからだ。

それと同時に狩猟免許保持者の過半数が60歳以上であり、今後捕獲の負担を負い切れない従事者も多く出ることが予想される。その負担軽減に貢献しているのがドローンやICTといった現代技術だが、捕獲従事者が今後減少した際、その技術や経験測を若い世代に伝えられない未継承が起こりかねない。

 有害鳥獣の捕獲率の維持には、従事者の人口増加が絶対的に必要だ。これは喫緊の課題として、鳥獣害問題の令和の在り方にも大きな影を落としている。



2021年3月10日 新野

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