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平成ビーストウォーズ 2


2.想定外の被害

 平成の時代に発生したシカとイノシシによる農林業への大打撃は、それでも人類がずっと経験してきた鳥獣害の延長線上だったと言える。被害金額と生息数が前代未聞だとしても、人間と野生鳥獣との攻防という図式は同じものであるからだ。

 しかし別の側面から見ると、そこにはもうひとつ別の危機が訪れていた。自然世界の生き物であるシカによって、自然環境下での植生破壊が行われていた。

 そもそもシカは、国内の大型草食動物として平原に生息するものだった。人間が人口増加した江戸時代以降の狩猟圧や、その後の乱獲、戦後の土地開発などで、シカは平原を追われて山中に移動することになった。そしてシカの減少を案じて国が保護政策を実施したおよそ30年間のうちに、その個体数は爆発的に増加することになってしまった。

農作物の味を覚えた野生動物は、その栄養価の高さや安心して食事できる環境に安心し、そこに執着するようになる。すると健康なメスが増え、妊娠・出産のサイクルが早くなり、未成熟のシカの自然死率も下がっていく。人間の狩猟人口が減れば、それはシカの天敵も減るということだ。これまでの数十年間シカは、何の脅威もないままその数を増やし続けてきた。

そしてある状況を迎えることになる。それは自然界、山の中の、餌資源の枯渇だった。

 軽い毒性があるなど普段食べない植物以外、シカは何でも食べると言える。農作物を食害する個体はいても、生きている全頭がキャベツを食べている訳ではない。シカの生息地は、シカの口元が届く範囲の植物を食い荒らされ、シカとしては食事を求めて、行動範囲を広げていく他なくなっていった。

 住む山を変えるものもいれば、山を登っていくものもいた。昨今の気温上昇でシカは高山帯にまで足を延ばせるようになり、希少な高山植物まで食べるようになった。山を移動するものはその都度、下草を根こそぎ食べて、多くの場所の植生が衰退することになった。中には裸地化し、はげ山となって土砂崩れの危険性が増すところもあった。生態系の中で植物が減少すれば、それを資源とする昆虫などの生物種、更に昆虫などを食べる動物種などの生存にも影響が及ぶ。平成時代のシカの増加は、大きな生物多様性の異変が起こり得るという危機さえもたらす大問題だったのだ。

現在は、植生保護活動やシカの捕獲によって、2010年前後の壊滅的な状況は回復しつつある。

 しかし生息数が減ったとは言え、シカの行動範囲の拡大はまだ続いている。江戸時代に東北地方から撤退・あるいは地域から絶滅していたホンシュウジカが、じわりじわりと北上している。岩手県では既にシカ被害が顕著であり、青森県南部でもシカの侵入は常態化した。日本海側にそびえる世界自然遺産「白神山地」の付近にまで、シカの越冬地は生まれている。

世界的気温上昇は更に、シカの苦手な積雪量の減少も招くだろう。シカの生存率が高くなることが、東北地方の植生にも恐怖を与えている。これまでに参考にするべき事例は多く発生し、対処され、何度も検証されてきた。そのノウハウを学び、生かして、次の植生破壊を未然に防がなければならない。



2021.3.10  新野

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