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Notiziario Vol.11

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新潟イタリア協会の会報誌「Notiziario」のNote版です。 №11は、2018年12月23日に刊行された誌面のうち、連載記事のみピックアップしています。 ※Notizi… もっと読む
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記事一覧

Passionista(パッショニスタ)#1

Notiziarioインタビュー 第1回 L'Anfora シェフ 本間 泉 さん  「熱い情熱を注ぎ込む人、傾けている人」を特集するパッショニスタ。今号は、ミモザの会でもお世話になった古町アンフォラの本間シェフです。イタリア料理の中でもシチリア料理をメインとした料理を展開し、2017年に在日イタリア商工会議所より、イタリア本国による正統イタリア料理認証を受賞した経緯をお聞きしました。 シチリア料理との邂逅ー なぜシチリア料理をメインに取り組まれるようになったのですか。

Come Va? ~イタリアの「旬」、お届けします~ #1

 新潟の皆様、南イタリア、プーリア州のバロック建築の宝庫、“南イタリアのフィレンツェ”との異名を持つ、レッチェからブォンジョルノ!今回からこちらのコラムを通して新潟の皆様に、私の住む街、レッチェ、そしてレッチェを中心とするサレント地方の美しさをおつたえしていくことになりました、ゆかりです。レッチェに住み始めて8年が過ぎ、イタリアに住み始めて10年がたちます。私の住むこの美しい街、レッチェ、サレント地方。日本ではまだあまり知られていませんが、プーリア州のはじっこ、ブーツのかかと

堀部安兵衛とイタリアの数奇な縁 #2

第2回 イタリア大使館に行きたい! 越後生まれの赤穂浪士・堀部安兵衛 武庸は、吉良邸討ち入り後の元禄16年2月4日、幕府より切腹を命ぜられます。伊予松山藩邸にお預けの身となっていた安兵衛や大石内蔵助の息子・主税を含む10名は藩邸の庭先で切腹し、命を終えていきます。この藩邸の跡地が現在のイタリア大使館です。  安兵衛が切腹をした場所は、掘り起こされ池となり、この掘り起こされた土で庭園内に築山つくられました。そして、この地がイタリア大使館となったのは昭和7年ですが、昭和14年に

旅行雑記 #4

未来からのホットライン 「ホテルにチェックインしたらオペレーターに外線接続可能にしてもらうこと」「ピーガーーという音がしてCONNECTしたらじっくりと次の表示が出るまで待つ」。何のことかおわかりでしょうか?実はこれ、20年前のイタリアにおける、ホテルからインターネットにアクセスする手順書のなかの一文です。当時ネットに繋げるには、パソコン(スマホなど影も形もありません)からモデムという通信機器を使って、アクセスポイントと呼ばれる通信サービスの番号に電話をかけるという「儀式」が

イタリアの至宝 "Tesori d'Italia" #2

Antonio MenucciQuesta volta la nostra rubrica vuole raccontare di un “tesoro” un po’ diverso: un “tesoro umano”. In Italia di questi tesori ne abbiamo moltissimi ( Leonardo, Michelangelo, Raffaello, Donatello, Caravaggio ecc.ecc.). Sapete

クルマのない生活 #3

 Ciao a tutti!!  今回はクルマのある生活に戻って、トスカーナの小さなワイナリーのお話。  フィレンツェからシエナ方面にクルマで走って1時間強、キャンティ地区にあるワイナリー「Montefioralle(モンテフィオラッレ)」を訪問しました。モンテフィオラッレは村の名前。キャンティの丘の上にあり、中世の城壁を残した小さな村です。城壁の中にギュッと街が詰まった雰囲気のある可愛い街です。「イタリアの最も美しい村」に認定されている村の一つででもあります。村の側にある

LA BREVA 〜コモからの風〜 #2

第2回 少女からの手紙 今回は、コモ市のLaura Clerici(ラウラ・クレリチ)さんの話です。 1975年の姉妹都市締結の直前の2月に「ペンパル(文通友達)として私と同じ年の何人かの子どもたちの住所を教えてください」という手紙が春日由三市長に届きました。コモから届いたその手紙の送り主は、9歳の一人の少女ラウラさんでした。これは、大きなニュースとなり、友好ムードを一層盛り上げました。十日町市では、ペンパルとして木内聡子さんが選ばれ、二人の少女の手紙を通した交流がスタ

旅の眼差しとその記憶 ~Il viaggio : Sgardi e memoria~ #2