見出し画像

新宿とシンズク

鶴田知佳子

1月23日、文化庁の有識者会議が、複数の表記法が混在するローマ字表記の「統一」に向けて、内閣告示の改正を目指す方針を示した(読売新聞1月24日)。何のことかと言うと、実はローマ字には私達がよく目にする「ヘボン式」と、1954年に日本政府(内閣)が告示したいわゆる「訓令式」の二通りがあるのだが、これについて有識者たちが、「もうそろそろいい加減、ヘボン式に統一しませんか」と提言した、というニュースだ。驚くべきことに、地名などではいまだにヘボン式と訓令式が混在しているらしい。

新宿 (ヘボン式)Shinjuku (訓令式)Sinzuku
渋谷 (ヘボン式)Shibuya (訓令式)Sibuya
愛知 (ヘボン式)Aichi   (訓令式)Aiti
岐阜 (ヘボン式)Gifu (訓令式)Gihu ※読売新聞による

笑ってしまうのは、上記のローマ字をPCで入力すると、訓令式には全て赤の波線が入る。つまり訓令式を打つと「あなたの綴りは間違えています」とPCが認識するということだ。
確かに新宿がシンズク、ではちょっと訛りが入っているかもしれない(笑)が、私たちが英語で何かを入力・発信するのにPCのキーボードが不可欠であることを考えると、「訓令式」のローマ字の存在感は大変寂しいことになっている、と言ってもいいかもしれない。
その意味で今回の文化庁の方針決定は「遅きに失した」感はあるが、なんの、実際には「今後、検討を加速させ」、「文部科学大臣が文化審議会に諮問した上で」正式決定される運びになるという(読売新聞)から、実際の統一にはまだ時間がかかりそうだ。
個人的には今回の方針は歓迎したい。何しろ例えば英語で論文を書くとして、日本の地名をどう表記するかで迷いが生じることがかなりなくなると思われるからだ。

しかし、その一方で、「耳で聞いて仕事する」同時通訳者の立場から言わせていただくと、訓令式も、ヘボン式も、あくまで「表記上」のことであって、外国人にとっては、どちらの表記も日本語の「新宿」や「渋谷」など地名の発音を正確に表現しているとはいい難い。
(一応、ヘボン式の方が外国人にとって「より日本語の発音に近い」(読売新聞)とのことだが、完璧とはとても言えない)

それは英語と発音が根本的に異なる日本語の宿命ではあるが、ローマ字がヘボン式に統一されることと、ヘボン式が万能の日本語表記法か、ということは別のこととして考えておきたい。

たまたまヘボン、の文字が出たので付け加えると、「ヘボン式」を考案したジェームス・ヘボンその人の綴りはJames Hepburn。ご存じ女優のAudrey Hepburnと同姓である。しかし日本人にとってはかたやヘボン、かたやヘップバーン。読む人と時代が違うとこれだけの違いになる。ローマ字表記を読む外国人には、まさにこれと逆の事が起こっているわけで、アメリカ人にKannaiを「カナーイ」と発音されて「それは金井さん(人名)のこと?…あっ、関内(横浜の地名)か」などと脳内変換で苦労する同時通訳の苦労は、ヘボン式への統一後も続くことになるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?