相続税対策のため銀行借入れで不動産を取得した場合の評価方法(最高裁令和4年4月19日判決)
1 相続人らが、相続財産である不動産の一部について、財産評価基本通達に定める方法により価額を評価して相続税の申告をしたところ、税務署長から、当該不動産の価額を鑑定評価額をもって評価すべきとして行われた更正処分の適法性が裁判で争われた。
結論として、最高裁令和4年4月19日判決は、当該更正処分を「適法」と判断した。上記判例を法的に分析した場合にポイントとなる点を、以下に述べる。
2 最高裁で口頭弁論が開かれたこと
(1) 本件は、一審判決(東京地裁令和元年8月27日判決)、二審判決(東京高裁令和2年6月24日判決)ともに、更正処分を「適法」と判断しているにもかかわらず、令和4年3月15日に、最高裁で口頭弁論が開かれ、同年4月19日に判決が下されている。
(2) 一般的には、原判決の結論が変更されない場合には、口頭弁論を経ずに棄却されることが多く(民事訴訟法319条)、口頭弁論を開く場合には、原判決の結論が変更されることが多いとされている。
(3) 元最高裁判事に対して行ったインタビュー記事では、結論のいかんにかかわらず、重要な問題については、最高裁の法廷で弁論を闘わせるべきではないかという考え方が背景にあるとのことである。したがって、最高裁は、この論点に関し、口頭弁論を開き、判決で判断の理由を示す必要性があるほど重要と位置づけたということである。
3 財産評価基本通達の評価額と鑑定評価の大きなかい離のみでは根拠にならないこと
(1) まず、最高裁は、以下のような規範を定立した。
ア 上記判例は、「租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。」(「租税公平主義」とも呼ばれる。)として、平等原則(租税公平主義とも呼ばれる。)が存在し適用されることを確認し、
イ その上で、「相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。」とした。要するに、「実質的な租税負担の公平」に反する事情がある場合には、評価通達の定める方法によらなくても平等原則に反しない旨判断した。もう少し敷衍すれば、財産評価基本通達にて画一的な評価が行われているにもかかわらず、これと異なる取扱いをすることは原則として平等原則に違反する可能性があるが、例外的に、そのような画一的な評価を行うことが、実質的な租税負担の公平に反する場合には、合理的な理由があるので、平等原則に違反するものではないとした。
(2)ア その上で、「これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記の事情があるということはできない。」と判示した。
すなわち、評価通達額と鑑定評価額に大きなかい離があるという事情だけでは、評価通達の定める方法以外の不動産鑑定士による鑑定評価額を基準にする方法は認められないと判断した。
イ 上記アの部分は、今回の判決の結論に直接関わるとは言い難い部分であるにもかかわらず、わざわざ、通達評価額と鑑定評価額との間に「大きなかい離」があることだけをもって、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるとはいえないと示したのであるから、極めて重要な部分である。
4 相続税負担を減免させるためあえて行った不動産取引と認定されたこと
(1) 相続税負担の著しい軽減
その上で、最終的な結論部分であるが、「本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。」とし、
(2) 相続税の減免を期待し、不動産取引をあえて企図して実行した
「被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。」とした(「あえて・・・企画して実行した」とされた部分が重要である。「あえて」とは、岩波国語辞典第7版7頁によれば「進んで。しいて。思い切って。」と説明されている。)
(3) 結論
結論として、「そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。」と判示した。
5 「あえてそれらを企画して実行した」という部分の事実認定
(1) 一審判決では、①被相続人が当時90歳から91歳のころにかけて行われた不動産取引・借入行為であること、②本件不動産購入等がなければ、本件相続における課税価格は6億円を超えるものであったにもかかわらず、上記行為により、本件申告による課税価格は2826万1000円にとどまり、基礎控除により相続税が課されないことになったことという事情を認定し、
さらに、それに加えて、本件借入を行った銀行の稟議書(2通の稟議書について、「相続対策のため不動産購入を計画。購入資金につき、借入の依頼があったもの」との記載、及び「相続対策のため本年1月に630百万円の富裕層ローンを実行して不動産購入。前回と同じく相続税対策を目的として第2期の収益物件購入を計画。購入資金につき、借入の依頼があったもの」との記載)や証拠(甲4の1・2。なお、甲4の1・2の内容は判決から明らかではない。)によれば、相続税の減免について、「あえてそれらを企画して実行したと認められ」ると判示している。
(2) 二審判決では、一審判決の事実認定を概ね支持している。
(3) その上で、最高裁では、一審・二審判決の事実認定を踏襲しつつ、さらに、平成25年3月7日付けで、購入した一部の不動産を5億1500万円で第三者に売却したという事実を、事実関係等の概要の中で明記している。
(4) 以上の点を踏まえるのであれば、①不動産取引が行われた際の被相続人の年齢が90歳から91歳であったこと、②6億円を超える課税価格が基礎控除の額である3000万円以下になったこと、③稟議書に「相続税対策の目的」であることが明記されていたこと、④相続人が相続後すぐに不動産を売却していること、という4つの点が重要視されたのではないかと考えられる。
6 最後に
とはいえ、どのような場合に、「実質的な租税負担の公平に反する事情がある場合には、評価通達の定める方法によらなくても平等原則に反しない」と評価されるのかについては、明確な基準が示されたわけではない(ただし、評価通達と鑑定評価との間に大きなかい離があることだけでは足りないことは明確である。)ため、今後は、個々の事案において判断されるべきものであり、裁判例の集積を待たねばならない事項である。
【執筆:弁護士山口明】
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