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「債権保全を必要とする相当の事由」(銀取約定5条2項5号など)の解釈

1 金融機関からの融資は、「債権保全を必要とする相当の事由」が生じたとき、金融機関からの請求によって、その期限の利益を失う旨の条項がある(いわゆる「バスケット条項」と呼ばれる。なお、金融機関ごとに内容は若干異なる。)。この債権保全を必要とする相当の事由とは、具体的にどのような事象が該当するのかが問題となる。

2(1) この点が正面から争われた東京地裁平成19年3月29日(金融法務事情1819号40頁)は、①常時10億円前後は担保のない信用貸越であり、債務者が将来的に建設工事を受注することができることが債務者に対する信用供与の前提であったこと、②新聞報道やインターネット情報には、債務者は、建築士が構造計算書を改ざんしたことの疑いのある物件の多くの施工又は設計・施工を行っている旨の記載があったこと、③構造計算書を改ざんした物件に、債務者が施工、設計・施工を行った物件が含まれていることを知っていたにもかかわらず、当該金融機関への報告を怠ったこと(なお、約定書には、「財産、経営、業況について重大な変化を生じたとき、または生じるおそれがあるときは、貴行から請求がなくても直ちに報告します。」という条項があった。)から、債務者に対する信用を失わせるものであったこと、という事情に照らすと、「債権保全を必要とする相当の事由」が具備されていたということができ、当該金融機関が債務者の主要な取引銀行であり、債務者が県内最大手の建設会社であることを考慮しても、期限の利益喪失の請求は、有効かつ適法であると判断した。
 (2) また、仙台高裁平成4年9月30日(金融・商事判例908号3頁)は、業況不振のため弁護士に経営再建を依頼し、弁護士の作成した「債権集会のお知らせ」を金融機関に手渡したが、その時点では債務者は営業を継続していたという事例について、営業を継続している場合であっても債権者集会の通知及びその前後の状況から判断して、「債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき」に該当すると判断している。

3 さらに、学説としては、「債権保全の必要性の判断については、取引先の延滞の有無・その額、取引先の営業状態、他の債権者の動向、他の担保の有無、担保の換価回収の容易性・確実性など総合的見地からなされるべきものである」(宮川不可止「期限の利益の喪失と実務上の問題点」金融法務事情1520号・31頁)などの記載がある。
   また、具体的な事情としては、①会社の内紛が深刻化したことによる業績の悪化、②大口販売先の倒産による連鎖倒産のおそれ、③主力工場の罹災、④ストライキ・ロックアウトを伴う労使紛争の長期継続、⑤キーマンとなる役員の死亡、交代、引抜き、⑥大黒柱の店主の死亡と後継者の経験不足による経営の弱体化、⑦主力銀行からの支援打ち切り、⑧国税等の滞納処分、⑨業務内容の極端な悪化といった事情なども挙げられることがある。なお、このような事情は単なる例示であり、実際には、具体的な事情に基づき判断されるべきものである。

4 なお、私見であるが、「債権保全を必要とする相当の事由」の判断にあたっては、信用供与の前提となった事情に重大な変更があった場合には金融機関に一定の裁量が認められてしかるべきであると考えるものの、諸般の事情を考慮した実質的な判断が伴うことから、債務者とのトラブルに発展しやすい。そのため、金融機関側としては、期限の利益を喪失させたい事由については、融資実行時の約定において、バスケット条項以外で明文化しておいたほうが望ましい。実際に、プロジェクト・ファイナンスなどにおいては、極めて詳細な期限の利益喪失事由が定められていることが多いが、債務者への予測可能性なども踏まえれば、このような実務運用は望ましいものといえる。


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