毒ガスの話 その2

皆さまはじめまして。私は大学院で化学系の研究をしている者です。名前は二ヒコテとでも呼んでいただけると嬉しいです。国語は苦手なので文章作成にはあまり自信がないですが優しい目で気楽に読んでいただければ幸いです。

前記事は主にハーバーについて触れました。そこで登場したのはホスゲンとマスタードガス。今回はWW1終戦後からつい数十年前の話です。お察しの通り、今回も終始胸糞です。

前回も言った通り、ドイツの化学工業の水準はヨーロッパ1でした。WW1で使用されたホスゲンの9割、マスタードガスの7割はドイツで製造されたものだと言われています。それなのにどうしてドイツはWW1に負けたのでしょうか?

簡単に言うといろんな国を敵に回しすぎたからです。いくら毒ガスを作るのに優れていたとしても東西(イギリス・フランス・ロシアetc.)の両方を相手するのは無理があります。ロシアを打倒した辺りまではいいのですが、その後潜水艦による無差別攻撃でアメリカを敵に回したのが最もまずかったのです。

アメリカはルイサイトガスという有機砒素系の糜爛性ガスを戦争に導入しました。ルイサイトガスはホスゲンよりも強力な即効性ガスです。皮膚に対する効果がすさまじく、更に繊維を透過するのでガスマスクおろか防護服まで貫通します。私には作る気さえ起きません。一歩間違えると危うく死にかけますので・・・。ゼラニウムのような悪臭がするので吸った瞬間「俺終わったな」と絶望感を味わうことができます。アメリカはマスタードガスに併用してルイサイトガスも戦争に用いました。なのでヨーロッパ1毒ガスを作っていたドイツもルイサイトガスには勝ち目がありませんでした。

画像1

時はWW2。WW2は毒ガスを戦争に使用した国は1国しかありません。その一国は日本です(日中戦争では容赦なく使用しました)。しかし太平洋戦争では毒ガスを使用していません。アメリカの毒ガス攻撃をひどく恐れたからです(WW1でドイツをボコしたのもアメリカのマスタードガスとルイサイトガスですので)。ドイツの方もヒトラーが国の代表になってからはホロコースト目的でしか毒ガスを使用しませんでした(前記事でも書いた通りヒトラーは毒ガスに対してかなり嫌悪していました)。だからと言って毒ガスを製造していなかったというのは嘘になります。実はナチスの指示で秘密裏に毒ガスを製造していました。その毒ガスはタブン・サリン・ソマンです。1個妙に既視感があるものがあると思います。後でその話をします。ドイツは本来マスタードガスやルイサイトガスを超える毒ガスを本当はWW2中に持っていたのです。しかしヒトラーは頑なに戦争への利用を拒みました。他国の毒ガス攻撃に対するトラウマ故だと思います。WW2後の調査でこの毒ガスの存在が露呈したので多くの国々は身が震えました。

戦後は毒ガスとは無縁な平和の時代が訪れたのか。良かったー。・・・いえいえ、何を仰っているんだ(笑)。まだまだ胸糞悪い話が続きますよ(笑)。

戦後イギリスはソマンを超える人類最強の毒ガスの製造に成功しました。正確に言えば殺虫剤の研究の一環でたまたまサリン同等レベルの毒性をもつ物質が出来上がったので更に改良を重ねて完成したのがVXガスです。VXガスは無色無臭で皮膚に接触しただけでも死に至らせることができる即効性ガスです。やりたくはないですが、作るのは恐らくそこまで難しくはない方だと思います。従来の毒ガスは常温で不安定なことも多かったのですが、VXガスは化学的安定性が高く、常温で液体として安定します。そのためどこかに液体の状態で何らかに染みこませておけば触れさせて殺人するという新たな手法も可能です(絶対に真似をしないこと!)。これを実践したのが金正男のあの一件です。イギリスは開発しただけで使用には至らなかったものの、金正男毒殺のように過去に使用例はあります。実はそれは日本でも・・・。

画像2

ベトナム戦争の際にアメリカが枯葉剤を使用、イラン・イラク戦争でイラク軍はイランのクルド人に対しマスタードガスを散布したという、戦争への毒ガスを使用した事例はWW2後にもあったのです。枯葉剤にはダイオキシンが含まれているのでベトナムやイランでは今でも後遺症に苦しんでいる人がいるのです。

ソ連は1970年代辺りにソマンの10倍にも匹敵する最強の毒ガスノビチョクを開発したと発表しました。詳しいことは分かっておらず、幸い使用例はないのでこれ以上は不明です(2018年にイングランドで起こったロシアの元スパイが毒殺された事件で毒殺にノビチョクが使用されたとイギリス側が主張したという使用疑惑事件もありますがロシアは全面否定しています)。

タブン・サリン・ソマン・VXガスは神経剤と呼ばれる強力な毒ガスに当たります。WW2では凶悪すぎて使用されなかった毒ガス達です。ここで一つ問題です。神経剤が世界で初めて使用された国はどこかご存じですか・・・?そう

日本です。

サリンでなんとなく思い当たる節がある人はいるかと思います。オウム真理教です。彼らは1990年の衆議院選挙で大敗北してから国家転覆方向へと危険な方向へ歩み始めたのです。自身の活動を正当化するために用いた言葉がポア(殺人)です。彼らは魂を救済するためには「ポアもやむを得ない」と犯罪を肯定化したのです。私はもちろんオウムとは一切関係ない人物ですし、アレフなどの後継団体にも一切属していません。そのためオウム真理教に対しては批判も賛同もしません。

オウム真理教はホスゲンやサリンやVXガスの製造に成功しており、過去に幾度も凶悪事件を引き起こしました。更には炭疽菌やボツリヌス菌(生物兵器の為に培養しましたが未遂で終わりました)、毒ガスを散布するためのヘリコプター(マハーカッサパが試運転の際に壊しました)など、ありとあらゆる手段で国家転覆を企てました。ではなぜそんなことが出来たのでしょうか?それはオウム真理教の正大師、正悟師と呼ばれる麻原の幹部の多くは高学歴で十分な専門知識があったからです。

毒ガスを用いた凶悪事件に広く関わった2人を紹介します。麻原に告ぐナンバー2で 坂本堤弁護士一家殺害事件・松本サリン事件・地下鉄サリン事件に関与した村井秀夫(ホーリーネームはマンジュシュリーミトラ)、ホスゲン・サリン・VXガスの開発を行った土谷正実(ホーリーネームはクシティガルバ)です。マンジュシュリーミトラは阪大院卒、クシティガルバは筑波大院卒ですので紛れもなく高学歴です。マンジュシュリーミトラは上記凶悪事件の実行犯、クシティガルバは実行こそしていないものの、毒ガスを製造して凶悪事件の間接的原因を作りました(世界初のVXガスによる死者を出した会社員VX殺害事件のVXガスを作ったのはクシティガルバです)。左が麻原彰晃、中央が村井秀夫、右が土谷正実です。

画像3

ここでサリンについて触れます。サリンは有機リン系の神経剤で超猛毒です。VXガスには劣るものの、どのみち凶悪であることは変わりません。オウム真理教が松本サリン事件で使用するまではイラン・イラク戦争で使用疑惑は一応ありましたが、オウム真理教がサリンを用いたテロを実行したことは世界中で話題となりました。サリンはナチスで開発に携わったシュラーダー、アンブローズ、リッター、リンデから取られている名称です。正式名称はイソプロピルメチルフルオロホスホネートと言います。作るのには専用の装置が必要で、危険な物質を4回も合成しなければならないので面倒です。合成自体はそこまで難しくはないものの、分留・精製の際に誤って触れると危うく死にかけるので初心者が作るのはおすすめしません。というよりかは知識がないとできません。私は当然やりません。オウム真理教は山梨県の上九一色村でサリンプラントという専用施設を作り、サリンを製造していました。松本サリン事件では死者8名、地下鉄サリン事件では死者14名です。この数値はあくまでも死者の数だけなので負傷者はものすごい数います。ではなぜVXガスではなくサリンが使用されたのか?それはサリンが体内のありとあらゆる所から吸収され、広範囲でもいとも容易く死に至らしめることができる物質だからです。VXガスは少人数、サリンは大人数が対象なのです。

画像4

戦争やオウム真理教の凶悪事件が起こったことから1997年に化学兵器禁止条約が発行されました。この条約により、使用・開発・保有のいずれも禁止されました。しかし北朝鮮・イスラエル・エジプト・南スーダンはまだ批准していないので今後も毒ガスによるテロが起こる可能性はまだ完全になくなった訳ではありません。毒ガスの歴史はWW1からオウム真理教の地下鉄サリン事件まで続くのです(毒ガスが世界で初めて使用されたのは紀元前のペロポネソス戦争なのですが、広く使用されるようになったのはWW1からです)。

私は以前化学についてこんなことを言ったことがあるかと思います。

要するに化学は「諸刃の剣」ということです。物理と化学の違いとも言える点かと思います。化学は物理以上に用途を間違えると国際問題に発展しかねない分野なのです。(「化学は役に立つの?」という話より引用)

我ながらいいこと言ったなーと思います。国家転覆が目的でも立派な化学です。化学は日常生活をよいよいものにすることもできますが、反面日常生活すら保障してくれない場合もあるのです。化学をどう使うかは人それぞれです。私は戦争や犯罪を肯定するつもりは全くありませんが、化学の使い道は無限大なのである意味追求し甲斐のある分野だとも思っています。なんて事を言って着地だけは明るくしておきます(笑)。

皆さまとの出会いに感謝、略してC₁₀H₂₂です!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?