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記憶:蛍

 幼い頃、たくさんの蛍を見た記憶がある。 目の前に広がる星空のようで、夢のような光景だった。でも、もしかしたら夢だったのかもしれない。昔は広がる闇夜に数え切れないほどの光があった。今はもう、その淡く幻想的な光を見ることはほとんどない。見ることが出来たとしても、それはたった一つの光だけだ。蛍に関する1番新しい記憶は、たまたま家に入ってきた蛍を祖母が嬉しそうに見せてきた日の記憶だ。それも私が小学生か中学生の時のこと。 いつからいなくなってしまったのだろう。本当は私が幼い頃から

    • 暇つぶし

      パリン!と甲高い音が店内に響く。 一瞬、時が止まったように感じたと共に 私の体がこわばり、脈が早くなる。 「も、申し訳ございません!」 後ろを振り返ると、ウエイトレスの女性が 割れたコーヒーカップを片付け、周りの客へ何度も謝っていた。 ネームの下には『研修中』のバッジがついている。 店内では誰一人怒鳴ることなく、みな 「大丈夫ですよ」と優しい声で女性を慰めて、 カウンターへ戻ったあとも、店長らしき男性が 「ここにいる人達みんな割ったことあるから大丈夫だよ」と慰めてい

      • 苦味

        誰もいない夜の公園で1人、物思いにふける。 自販機で買った温かい缶コーヒーは 既に冷たくなっている。 小さなため息をつきながらカチッとプルタブを起こす。 1口飲むとコーヒーの苦味が口いっぱいに広がった。 普段は飲まないブラックコーヒー。 なれない苦味に思わず「ふっ」と笑ってしまう。 その苦みは後を引き、しばらく口の中にとどまっていた。 街は静寂に包まれている。 時より通る車の過ぎ去る音が長く響く。 夜は唐突に淋しさを運んでくる。 ふと高校を卒業したと同時に