第11回六枚道場感想

Aグループ
・田中目八「ワルハラ探題」
 
絢爛な語彙に心打たれますね。
「翁オイデ童オイデ半仙戯」…半仙戯、ブランコのことなんですか。春の季語! 世の中には見たことのない言葉が多いですね。それを自在に操る作者はさながら魔術師でしょうか。また、他の句の話ですが、ボーイソプラノ・グラデーションと用いられる片仮名が洒落た雰囲気を醸していて素敵です。
「おほかみを率いて夜を開国す」かっこいい。バチンと決まっています。

・夏川大空「ピンクちゃんのだいぼうけん」
 良かったなあ、ピンクちゃん。私は高飛車な子供や自信満々な子供は、ぜひその全能感を抱いたまま成長して欲しいと思っています(ピンクちゃん子供ですよね。生まれたての髪飾り)。子供が打ちひしがれている所を見たくないんですよね。でも、ある程度は協調性も養わないと、後で困りますよね。何だこの感想は。ピンクちゃんはきっと寂しくて強がっているところもあり、強がる子はキチンと報われて欲しいとも思っています。理由は同上。素朴な描写が味わい深く、とても楽しめました。

・元阿弥「迎春奉祝能「清経」」
 わはは、何だこれは! ええと……何なんだこれは!
#能楽  というタグにも大笑いしてしまったこともあり、こちらに投票しました。内容の裏切りが凄すぎてそのインパクトに持っていかれましたが、教養に裏打ちされた狙いがありそうで、ぜひ解題が読みたいものです。

Bグループ
・草野理恵子「ふたり」

 (双子の日の翌日)が特に好きで、いったい何が起こっているのか、ぎょっとする内容に心を掴まれます。全ての行がピタッと決まっていて、これはすごい密度です。(消しゴム)は平易な言葉でありながら発想力と幻視の力とによって、深く広い世界観に導かれます。虫・宇宙・文具とミクロとマクロの振幅が激しくて、意識が拡張されるような気分に。「空はカラー輪ゴムに満ちていた」なぜこの作品世界に文具を馴染ませることができるのか、その秘密に近づきたくてやきもきします。こちらに投票しました。

白金麩水「肺とミステリアス」
 かっこいいです。我ながら凡庸な発想な気もしますが、これはぜひ曲をつけてほしい。「ぶらさがるだけで生きれる体」とはバナナのことだったりするのでしょうか。間抜けなこと言ってたらすいません。

・人造茉莉花「歴史眼」
 言葉の並びのカッコよさ。フレーズが悉く印象深くて、意味を掘ろうとせずにフレーズ一つ一つを楽しめばいいのだなと思って読みました。「365日」が特に好みです。

Cグループ
・椎名雁子「ミナコちゃんの不倫」

 ミナコちゃんの得体の知れなさを表現する出来事にオリジナリティを感じて、凄くいいなと思いました。ドサッとする音が嫌だという長話とか、驚いた勢いで二人して立つ、とか。そうしたディティールが本編の不穏さに役立っていて、面白く読みました。こちらに投票しました。

・今村広樹「秋月国小伝妙『最後で最初の1日』」
 新参なこともあって、秋月国が何なのか良く分かっていないのですが(第10回の秋月国は異様な内容だった記憶)、確かなことは私は秋月国の二次創作をしてみたいということです。本編は現代日本人VS昔の中国の詩人(すいません、歴史とんと疎いんです)という趣で笑えました。秋月国とは全ての時空が併存する大いなる場所なのだろうと想像を逞しくするのでした。

・乙野二郎「太閤黄金伝」
 大きな歴史のうねりをこの枚数に納める構成力。物凄く文章も読みやすく、正攻法の巧みさです。亡き後の影響が大きいがゆえに偉人なのだなあ、などど思いつつ読みました。

Dグループ
・坂崎かおる「wives」

 ワイフって妻でしたかね(英語もだめなんです)。アジャイルに至っては調べても意味が掴めません。得体のしれない言葉の浸食と共に作品世界の得体もまた知れなくなる。一人称であるのに人格というものを全く感じられない「僕」が興味深かったです。能動的な理解を放棄しているうちに、周囲は目まぐるしく変わり、取り返しもつかなくなっていく。

・USIK「中毒症状」
 競争と冷静が両立した文体が気持ちよかったです。薬が果たして何なのかいよいよ分からなくなり、薬を売ってきた相手までもが信じられなくなる、最後の畳みかけが鮮やかです。

・閏現人「一月一四日」
 好きですねえこれは。成人式のスピーチ原稿に悩むという珍しい設定と、語り手の存在感たっぷりの一人称。述懐が滅法巧いですね……! 旧友の存在が刺さるあたりの展開や言葉遣いには脱帽します。文章を書くことは自分の思考を自分で見つめる作業でもあり、そうすると誠実な人は、自身の奥底に眠っていたものと出遭ってしまったりする。この書き手は態度を分けるクレバーさがあるゆえに、汚れていない若者に対しては誠実になっている気がして(好意的に過ぎるでしょうか)、キャラクターの面白みを感じました。こちらに投票しました。

グループE
・佐藤相平「見知らぬ獣」

 不誠実なことに、殆どの表現が漫画に置換できると思ってしまっている私ですが(急に何の告白だ)、不可知のもの・不可視のものを表現するうえでは文章にアドバンテージがあります。姿かたちの想像が難しい生物の変質を真っ向から描いた本作は好みの真ん中で、楽しく読みました。

・海棠咲「カルラ様」
 このグループは良いものが多くて選べない。はじめは、鬼の集落に人間の死体が漂着したという、崇めるもの崇められるものを反転した話かと思って読んでいたのですが、あらま語り手にも角。迦楼羅の角の有無は自信ありませんがたぶんなく、ではこのカルラ様とは、そして語り手たちは、いったい何者・・・・・・? 情報の出し入れが巧みで、読んでいて驚きのある展開でした。こうした雰囲気の小説が好きというごく個人的な理由も追い風に、こちらに投票しました。

・宮月中「いたことだけはおぼえてて」
 混濁した記憶の物語なのか、時を経て風化していく記憶の物語なのか、はたまた語り手に何らかの超常が齎されたのか。六枚が、総体として茫漠とした印象を投げかけ、正解の見えない疑問の渦に読者を飲み込みます。表現も心地よく読める巧みなものが多く、流石だなと。

グループF
・化野夕陽「冬列車」

 巧いなーと口をついて出ましたねえこれは。情感あふれる文章で過去と今の境を朧にし、六枚の中に折りたたんでしまう技術に脱帽です。光景のリアリティが高いからこそ飛躍や幻惑が成り立つのだなと襟を正しながら読みました。

・Takeman「然り、揺らぎ」
 これまでと異なる神が来臨して既存の神を無力化したとき、人々の信仰はどうなるのか? 奇跡がまた起こることを信じて偶像を拝み続ける一派があったら面白いなあとか、設定まわりを想像してワクワクしました。この世界では、来世の幸福や救済を約束するタイプの神は根強そうです。読み手の熟考を促す良い小説だと思いました。

・こい瀬伊音「Soup.」
 流石、BFC本戦ファイターやなあ……。
 バイアスをかけて読んだわけではなくて。情報の仄めかし方とその表現(しろいねこ、とか。上手いなあ)。平仮名を用いたことによる独特の浮遊感と、じりじりとした恐ろしさ。作者は独自の文体をものにしていて、それは作家性を獲得しているということで、大変強いと思います。浮気相手がそこに居たのに黙々とスープを作り続ける語り手は、ウィンナーを指に見立てて駿さんを責めている……というふうに私は思いましたが、色々な読み方が出来て、素晴らしいですね。こちらに投票しました。

・苦草とかいうやつ「青空に分身の憤死」(解題)
 自作解題に需要があるとのお話ですので少しだけ。
 そも、「分身が飛んでったら面白いな」という思いつきのみでスタートした話なので、「腹が立つ」という属性は後付けです。そのため何人かの方のご指摘通り、終わらせ方・まとめ方には一考の余地があります。私自身も纏まりに欠けているなと思って一旦お蔵にしています。
 なぜ「分身が発射されたら面白いな」と思ったのかは覚えていません。
 分身は主人公から他者への暴力のつもりで書いていました。説明をやめて人を殴り始めたのです。過激な自己主張によって丁寧な言葉が封じ込められることは多々あります。主人公は暴力によるイージーな自己主張の虜になってしまい、近視眼的に言葉を敵視します。Takemanさんのご指摘にもあるように、コミュニケーションは感情の表出のみでは成立しない機微があり、そこにおいて言葉を尽くすことは肝要ですが、この物語の主人公は端的な暴力の快感が勝っているのでした。この点、もう少し書き込めれば違ったかもしれません。主人公がそれまで言葉を尽くしてきたことを示すための描写を前半に書き込んでも良かったかもですが、それだとテンポが削がれる面もあり、六枚の難しさを痛感します。ていうか、小説、すべての長さが難しいのでは。
 沢山の感想を頂けて、今回もホッとしています。お一人ずつに返信できませんでしたが、この場で御礼申し上げます。

Gグループ
・小林猫太「形而上学としての野球」

 野球の小説が好きなんですよ。海老沢泰久『監督』、フィリップ・ロス『素晴らしいアメリカ野球』、クーヴァ―『ユニヴァーサル野球協会』、石川博品『ハーレムリーグ・ベースボール』(どんどんイロモノになっていく)。ベースボール×奇想の系譜にある小説としてクオリティが物凄く高くて、神と野球を結びつける大法螺の剛腕ぶりにニコニコ嬉しく読みました。
長大なサーガの一端のように思えてワクワクします。まだまだ変な野球のことを読みたいなと思いました。こちらに投票しました。

・元実「信太山」
 歳末の買春。どこかうら寂しい空気が良く出ていて、風景や雰囲気のスケッチが巧みだなと感じました。もう一歩先を読みたいなと思わされました。

・至乙矢「オーバーフロー/B」
「A」と対を為す作品で、「隠す」という通奏低音が効いています。感情の見せ方すら操れるデバイスの存在が興味深いです。このデバイスがあってこそ、観衆はアイドルの感情を安心して決め打ちして観察できる。行き着くところまで行き着いてしまった装置です。自分の感情が見えてしまうからこそ自分を騙すことが出来ない。

・一徳元就「新年あけ迷路」
 なんだか翻訳SFっぽい洒落た題名が、まず良くて、伊藤典夫/訳、なんて添え書きがあっても納得しそうです。
 げんなりさん、詩人ですね。この形式この文章この内容という三様の刺激があり、楽しみました。希望を視ても、絶望を視ても、出口は無い。そうして幾人もの人生が、何度も続く。

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