見出し画像

短編小説:ロマンの行方

「エロ本って買わなくなったよな」

昼休みの社内、休憩室で太一が唐突に口を開く。
その発言に、資料を眺めていた亮介が眉をひそめた。

「何だよ!急に。」

「いや、最近はさ!エロ画像も動画もネットで観れるからエロ本を買わなくなったと思ってさ」

太一はそう言って無邪気な笑顔を見せる。

「確かに、でも俺は昔からエロ本は買ってなかったな。」

亮介はさらりと答えた。

「お前は確かに買ってなかったな。昔からムッツリだもんな!」

太一は昔のことを思い出すようにニヤリとする。
亮介は一瞬ムッとしたが、すぐに顔をほころばせた。

「ちげーよ!しかもムッツリなんて死語だよ。」

「そーか。ムッツリはもう死語か…」

太一は少し寂しそう表情を見せた。
亮介は話の行方が気になりながらも、資料に目を落とす。

「俺さ、エロ本ってロマンがあって好きだったんだよね!」

「エロ本にロマンなんてないだろ!」

亮介は呆れたように太一を見た。
エロ本にロマンなんて考えたこともなかった。
しかし、太一は真剣な顔で続ける。

「いや!エロ本はロマンだよ。女性の裸体だけではなく、官能小説とかもあってさ、想像力を掻き立てられてさ。」

「想像力?」

「あー!確かにお前は試合前に官能小説を読んでたな!」亮介が思い出すように言うと、太一は嬉しそうに頷いた。

「そー。ボクシングってこれから殴り合う訳じゃん、何かさ死を目前にすると種の保存的な本能が働くんだよね!」

「俺にはよく分からない話だな…」

亮介は首をかしげた。
試合前にエロ本なんて、緊張感を削がれ逆に集中できなくなりそうだ。
それを太一に言うと、彼は肩をすくめて笑った。

「やっぱ!エロ本はロマンだよ。紙媒体が減るのは寂しいよな…」

「紙媒体の必要はないじゃん!」

亮介はつい突っ込む。
現代はデジタルで十分だ、エロ本なんて不要だろう、と。
しかし、太一は強く首を振った。

「ちげーよ!紙だからいいんだろ。物理的にそこにエロがあるんだよ!」

「ネットでもそこにエロがあるだろ?」

「そーじゃない!ネットなんていわば仮想空間みたいなものだろ。紙媒体のエロ本はさ、どこに隠せばいいか分からないのがいいんだよ!」

「どこに隠すのがいいか分からないのがいいって意味がわかんねーよ!」

亮介は完全に困惑していた。
どこに隠すか分からない事がなぜ良いのか、全く理解できない。
だが、太一は自信満々に続ける。

「本当お前はロマンがないな!ベッドの下に隠したエロ本を部屋の掃除をした母ちゃんが見つけてだな、それをそっと元の場所に戻すなんてロマンだろ!ネットじゃそーはいかないよ!」

その言葉に、亮介は苦笑する。
確かに、そんな出来事が青春の一部だったのかもしれない。
しかし、そんな体験をわざわざ求める気持ちが理解できなかった。

「お前が紙のエロ本にロマンを感じるのは分かったから!早く資料を作れよな!」

話題を切り替えた亮介の言葉に、太一は笑いながら言った。

「お前は本当にロマンがないなぁ」

本文1,199文字
#秋ピリカ応募
#秋ピリカグランプリ2024


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?