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短編小説:空白のページ

バイトの始業前、薄暗い休憩室に入ると、大きな瞳に涙をためた後輩が静かに立っていた。
黒目がちで、いつも潤んでいるその瞳は、まるで寂しげな子犬のようだ。
普段から愛らしい後輩だが、そのメンヘラ気質に時折振り回されることを考えると、恋人として付き合うのは気が進まない。
だが、目の前にいる後輩が、悲しそうに見つめてくると、どうしても放っておけない。

「どーしたの?」

自然と口をついて出た言葉だった。
特に興味があるわけではないが、あの泪をたたえた瞳で見つめられると、無視することなどできない。

「恋人にふられて…」

後輩の声は、まるでガラスが割れる音のように繊細で脆く、心の奥に響いた。
言葉と共にこぼれ落ちる涙で、もともと大きな目がさらに大きく、悲しみで満たされている。

どうせ数カ月もすれば、また別の恋人を見つけて笑顔を見せるくせに、と心の中で思う。
だが今、この瞬間だけは、後輩の世界が崩れ落ちたかのように見える。

「そーなんだ。」

そっけなく返した言葉は、部屋の冷たい空気と同化した。
話を聞いてあげるべきかとも思ったが、こちらからあれこれと問い詰めるのも違う気がした。
聞かないのは決して興味がないからではない。
心の中でそう言い訳をしながら、休憩室の冷蔵庫を開ける。

「これ飲みなよ。」

無意識に手に取ったのは、自分が大好きな炭酸飲料だった。
それを後輩に差し出す。
ペットボトルを受け取る手が、少し震えているのがわかる。
その小さな震えが、後輩の心の中の嵐を示しているようだった。
キャップを開けると炭酸が弾ける音が、静かな部屋に響き渡る。
後輩は少し戸惑った表情を浮かべながらも一口飲み込んだ。
次の瞬間、その大きな瞳に一瞬だけ光が戻る。

その涙は、恋人を思ってのものなのか、それともただ自分を慰めるためのものなのか。

そんなことを考えながら、私は静かに後輩の隣に腰を下ろした。
時が止まったような静かな休憩室の中で、ただ、二人の呼吸音だけが響いていた。

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