見出し画像

短編小説:偶然の交わり

夜の福富町。
彼はいつものようにフリーでキャバクラの扉をくぐった。
指名はしない。それは彼にとっての「偶然」という存在論に基づく行為だった。
運命に身を委ね、誰と交わるか、全てはその瞬間の出来事に過ぎないと彼は信じている。

席に通されると、目の前に現れたのは若く美しいキャバ嬢だった。
彼女は柔らかな笑顔で迎えるが、彼はそれには目もくれず、すぐにウイスキーを注文する。

「失礼ですが…」彼女が話しかけるも、彼は彼女の存在がこの場に呼ばれた理由をまず探し始めた。
そして一口ウイスキーを飲むと、まるで何かを悟ったかのように、ゆっくりと語り始めた。

「君、性行為というものの本質について考えたことはあるかい?」

彼女は戸惑い、微笑みながら軽くうなずいた。

「性行為とはね、ただの肉体的な接触ではないんだ。性は、宇宙が我々に与えた最高の贈り物、そう、まるでビッグバンのようなものなんだよ。我々の存在が、どうしてこの広大な宇宙の中に生まれたのか、それは無限の孤独の中で生まれた二つの魂が一瞬の交わりを持つためなんだ。」

彼女はうなずきながら、時計の針を気にしているが、彼はそれには気づかず、熱を帯びていく。

「考えてみてくれ。すべての生物は本能的に交わることを求めている。けれど、ただ肉体的に繋がるのではない。性行為というのは、存在の根源的な問いを解決するための行為なんだ。人はなぜここにいるのか? 我々はなぜ孤独を感じるのか? それは、我々が互いに欠けた存在だからだ。性行為とは、この世界における“欠け”を埋める行為なのだよ。君はどう思う?」

「ええ…まぁ、そうですね…」彼女は軽く返事をするが、彼はさらに前のめりになる。

「君、哲学者のサルトルはこう言った。『他者とは地獄だ』と。しかし、サルトルが真に言いたかったのは、他者を知り、他者と触れ合うことでしか、我々は自己を知ることができないということなんだ。そして、その究極の形が性行為なんだよ。人は他者を通してしか、自己の存在を確かめられない。つまり、性行為は自己確認の最も純粋な形なんだ。それにより、我々は真の自己に目覚め、他者との絆を深めることができる。」

彼女はその場の空気を和らげようと、笑顔を保ちながら彼を見つめていた。しかし、彼は止まらない。

「性行為はね、ただの快楽のためじゃないんだ。これは世界の調和の象徴であり、すべての存在が共存するためのプロセスなんだ。肉体的な結びつきは、精神的な結びつきにとっての入り口に過ぎない。二つの肉体が交わるとき、魂が融合し、宇宙の理がそこに現れるんだよ。性行為が世界平和の鍵だと思わないか?」

「えぇ…まぁ、そうかもしれないですね…」彼女はプロフェッショナルな笑顔を維持しながら頷いている。

「そうだろう。人は争い、傷つけ合うが、それは根本的に孤独だからだ。もし、すべての人が性行為を通じて他者との真の繋がりを見つけることができたなら、この世の全ての争いは消え去るはずだ。君も、今までに誰かと深い繋がりを感じたことはあるか?」

「そうですね…まぁ、あるかもしれないですけど…」

彼は続けた。「そう、その瞬間、君は宇宙の中心に立っているんだ。君とその相手が互いに存在を確認し合い、無限の中で一瞬の光を放っている。性行為というのは、その瞬間のために我々が生きている証なんだよ。だからこそ、今夜は君とその深い繋がりを感じたいんだ。僕たちの存在を、互いに証明し合うために、一緒にホテルへ行こう。」

その瞬間、キャバ嬢は表情を変えず、しかし確固たる断りを口にした。

「ごめんなさい、無理です…」

彼は一瞬、何かが崩れ去る音を感じたが、すぐにそれを打ち消すように笑った。

「無理はしないよ。自由というのもまた、我々の存在にとって重要な要素だからね。断る権利があることもまた、君の自由だ。性行為は強制ではない。あくまで、互いの合意によって初めて成り立つ神聖な儀式だから。」

彼は最後の一口のウイスキーを飲み干し、立ち上がった。

「今日はこのくらいにしておこう。また別の夜に、君との存在の交わりを求める旅を続けるさ。ありがとう。」

彼は背を向けてキャバクラを後にした。ネオンの光が彼の後ろ姿を照らす中、彼は一人、夜の街に消えていく。
彼の語る「性と存在の本質」は、世界のどこかでいつか成就するのか、それとも永遠に断たれ続けるのか、それは誰にもわからない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?