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カイジで学ぶアルコール依存症

皆さん、カイジという漫画をご存じでしょうか。
ご存じの方はよく知っていると思います。
色々ギャンブルするアレです。
ご存じない方はぜひ読んでみてください。
面白いです。

ギャンブル漫画でアルコール依存?
そうです、カイジには漫画界屈指の飲酒シーン
そして心理学的手法を熟知したハンチョウ
というキャラクターが存在します。

今日はそのハンチョウの用いた巧みな心理学的テクニックに
フォーカスして、どうすれば人はアルコール依存になるのか
(orどうすれば抜け出せるのか)
を見ていきたいと思います。

まずはこちらのシーンをご覧ください。

賭博破戒録カイジ 1 
賭博破戒録カイジ 1 
賭博破戒録カイジ 1 

どうですか
ビール飲みたくありませんか????
見事な描写です。ビールの売り上げに間違いなく貢献していると思います。
ですが、今日フォーカスするのはそこではありません。

そもそもこの場面のカイジは地下労働から脱出する為、出費を控え
禁欲に徹しようとしていた場面です。
ハンチョウはどうやってそんなカイジにお酒を飲ませたのでしょうか???
その手法を見ていきましょう。心理学的に効果的な方法が見事なまでにちりばめられています。

最初のテクニックですがこちらをご覧ください。

賭博破戒録カイジ 1 
賭博破戒録カイジ 1 
賭博破戒録カイジ 1 
賭博破戒録カイジ 1 

こちらはフット・イン・ドア・テクニックとして知られている心理学的手法です。小さな要求を通すことで、大きなお願いもしやすくなるというテクニックです。

元ネタは1966年の実験になります。1)
あるとき5~6人の公共サービスの調査員と名乗る男たちが電話をかけて、
こう言います。
家庭用品の調査をしています。お手数ですが
2時間ほどあなたの家を物色させて頂けませんか、と。

多分これを読んだあなたはこう思ったハズです。
いいわけないだろ、と

突然現れたナゾの男5名が家に入れてくれと言われて入れる人がいるでしょうか。いないですよね。しかもこの実験は主婦を対象に行われていますから、女性1人の家に、男5~6人で押し入る構図になります。
入れませんよね。普通。

当然いきなりお願いした場合同意してもらえるのは参加者の22.2%でした。
(それでも22%!時代の違いを感じますね。)

じゃあ、最初に小さなお願いをしたグループはどうでしょうか。
研究者はまず簡単なアンケートに答えて貰いました。あなたの家の台所で使っている石鹸は何ですか?等のものです。5分程度で終わるものです。
これだったらまあいいかなって感じですよね?
実際質問された人のうち、66%がこの質問に答えました。

さて興味深いのがここからです。
3日後、研究者たちはもう一度、アンケートに答えて貰った人に電話を掛けます。
そこでこう尋ねるのです。
2時間ほど、あなたの家を物色させてくれませんか、と。

違いは最初にアンケートに答えたかどうか、のみです。
しかしなんとこちらでは、52.8%が同意したのです。
実に2倍以上です。驚きですよね。

さて、勘のいい方ならこう思うかもしれません。
いやでも2回電話したのと、1回突然お願いされたのじゃ、単に2回目の方が見知った人だから安心できただけじゃないの??と
お願いしたかどうかは関係ないんじゃない??とそんな疑問を持たれるかと思います。
この実験はそれも比較しています。

1回目電話をかけ、何もお願いせずただ挨拶だけをして、もう一度電話を掛けた時に2時間物色させてくれとお願いしたらどうなったか。
このケースでは同意してくれたのは27.8%でした。
いきなりお願いしたときに比べたら、多少はマシにはなっていますが、
小さなお願いに答えて貰ったケースとは比較になりません。

つまり
人間は何か小さなお願いを受けたら、その後大きなお願いもしやすくなる。
という性質を持ち、この技法を
ドアに足を挟めば入れてもらいやすくなるという現象から
foot in door テクニックと呼ばれています。

この技法は色々な場面で応用可能です、が
ハンチョウのケースに戻りましょう。
ハンチョウの動きに注目してみてください。

まず最初のfootとしてビールを上げています。
この時点で勝ち確演出したようなものです。


彼は最初に自腹を切ってカイジにビールを分け与えました。
カイジにとってはこの要求を受けるのは非常に簡単ですよね??
自分の懐は痛まないし、何よりビールは飲みたい。
断るのは難しくない、というか断る余地はないはずです。

ここでもう勝負は決まっていました。

カイジがビールを手にした瞬間に、その後の豪遊が確定したのです。

賭博破戒録カイジ 1 
最初のビールを口にした時点でこの未来は
ほぼ決まったようなものでした。


この現象を説明するのにもう一つ
どうにでもなれ効果という心理学用語を紹介します。
俗な名前ですが、れっきとした心理学用語です。

こちらは少しでも理性が決壊したら
最初から我慢しないでいるより、むしろ過剰に欲求を発散してしまう
という現象の事です。まさに上記のカイジの様です。

こちらオリジナルは1996年の研究になります。2)
研究者たちは、ダイエット中の人が、ケーキ1皿、ピザ1枚食べてしまうと
もういいや!となって食べ過ぎてしまう傾向がある事を見つけました。

これは実生活でも思い当たる場面が多いと思います。
ちょっと休憩のつもりが長めにダラダラしてしまい
もういいや!今日は休憩の日!としてしまったり、
軽く買い物するつもりだったのが、つい高いものを買ってしまい
もういいや!!あれもこれも買っちゃえ!!
となってしまうような状態の事です。

具体的な実験も見てみましょう。3)
2010年に行われたものです。
106人の女子大学生を集め、ダイエット中の人とそうでない人に分類しました。
事前に食事をとらないように伝えた上で、ピザを食べ、クッキーを味見してもらうという実験に参加してもらいました。ダイエット中の人にとっては非常に残酷な実験です。彼女たちは理性を保つ事が出来るでしょうか。

さて、ただ食べるだけでは研究になりません。
研究者はどうにでもなれ効果がどれくらい食べる量に影響するのか?
を調べました。
そこで、最初に食べてもらうピザに細工をしました。
全く同じカロリーにも関わらず、ある者には他のものよりも大きく見える様にしたのです。(つまり実際食べた人にとってはこんなに食べてしまった!!という感覚を与えました。)

さて、そのピザを食べてもらった後、クッキーの味見ではどうなったでしょうか。
ちなみにポイントなのは味見という事です。
クッキーは自由に食べていい事になっていましたが、味見なので1枚食べれば事足りるはずです。

結果、ダイエット中の人でピザを食べすぎた!と感じた人はダイエット中でない人に比べて50%クッキーを多く食べていたのです。
しかし、ダイエット中でもちゃんと小さいピザを食べた人たちは、そうなる事はありませんでした。

つまり、ダイエット中(我慢しなきゃ)という意識+こんなに食べ過ぎてしまった!という組み合わせがマッチする時、どうにでもなれ効果が起こる事がわかります。

さて、その後カイジがどうなったかを見てみましょう。
このどうにでもなれ効果の強さがよくわかると思います。

賭博破戒録カイジ 1 

さもありなん
という感じです。
これが人の性です。
そしてこれは意志の力が弱いという事ではありません。
なぜなら、意志の力が弱まる状況になった時点で負け。だからです
依存症との戦いは本人の意志力ではなく環境整備が9割です。
だからこそ心理学的知識に基づいた行動理論が治療の上で重要になります。

さて、毒を制するものは毒に通ずと言いますが
このハンチョウ、人を依存たらしめる技術のみならず、依存から救う金言も残しています。見てみましょう。

賭博破戒録カイジ 1 
賭博破戒録カイジ 1 

これは至言です。
事実どうにでもなれ効果が起こりやすいのは
大きな目標を立てたケースにおおい事が知られています。
カイジもそうですが、これまで上手くいかなかったから・・
ここで一念発起して一発逆転・・
その発想がどうにでもなれの入り口です。

私はよく患者さんに
お酒をやめるとしたら、どれくらい辞められそうですか?
1年?1カ月?1週間?3日間?1日?半日?3時間?と聞いていきます。

そしてそれくらいならできると自信をもっていえるラインから始めます。
それは1時間でも10分でもいいです。
自分で決めた目標を達成できたという感覚が重要なのです。
背伸びして、できそうもない目標を立てて
もし失敗してしまったら・・
そうです、どうにでもなれ効果があなたを襲います。
だからこそ依存症治療は小さな達成できそうな目標から始める事が重要です。
フットインドアテクニックを覚えていますか??

小さな事が出来た人間は大きな事も達成できるのです。
最初から大きな目標を目指すとうまくいきません。

これは依存症治療のみならず、ありとあらゆる習慣にも応用できます。
ぜひ実践してみてくださいね。

参考文献
1)Freedman, J. L., & Fraser, S. C. (1966). Compliance without pressure: The foot-in-the-door technique. Journal of Personality and Social Psychology, 4(2), 195–202.

2)Cochran W, Tesser A. The“what the hell”effect: some effects of goal proximity and goal framing on performance. Martin LL & Tesser A. eds. Striving and feeling: interactions among goals, affect, and selfregulation. Hillsdale, NJ: Erlbaum

3) Janet Polivy 1, C Peter Herman, Rajbir Deo Getting a bigger slice of the pie. Effects on eating and emotion in restrained and unrestrained eaters 2010 Dec;55(3):426-30.doi: 10.1016/j.appet.2010.07.015.Epub 2010 Aug 4.



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