花の咲く庭で #ナイトソングスミューズ
こちらはMuse杯に応募されたマリナ油森さんの作品『いつか朽ち果てる世界で あなただけは』と広沢タダシさんの楽曲『彗星の尾っぽにつかまって』にインスパイアされた小作品です。
※二次創作のため、Muse杯応募作品ではありません。マリナさんの許可はいただいております※
※追記※
嶋津亮太さんとマリナ油森さんの優しいご提案で、 #ナイトソングスミューズ に応募させていただけることになりました。お二人に感謝を表します。
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『花の咲く庭で』
記憶の中の僕らの話をします。
僕は気が付いたら生まれていて、母の顔も知らずに貧しさの中で育ちました。街でわずかなお金を乞い、浮浪児の集団の中で泥まみれの犬の仔のように暮らしていたのです。
ある日、僕と仲間たちとの間にいさかいが起こりました。貧しさは子どもの心さえ蝕みます。僕は街を飛び出し、歩いて歩いて、歩けるだけ歩きました。
そうしてたどり着いたのがあなたの家でした。
あなたもまた、傾いたボロ家でたった一人ほそぼそと暮らす人でした。
あなたは毎日出かけていく畑仕事や、もらってくる繕い物の仕事のほかに、貧しさゆえ、たくさんの草木を育てていて、それを薬としたり、花として、村の人に分けていました。
まるで緑のゆびの持ち主であるかのように、あなたのもとではどんな草木も色濃く息づきました。
花の咲く庭であなたは、僕より年上なのに、貧しくてもほろほろと花の咲くように笑っていました。
その笑顔が豊かに咲いた花の上に宿る朝露の縁を伝い、いつしか、僕の頬にも忘れかけていた笑みが戻るようになっていました。
僕らは朝から晩まで来る日も来る日も身を粉にして働き、ごくつつましく暮らしていました。身なりは貧しくとも、心は王さまのように豊かでした。
夜に互いのぬくもりを感じて眠り、朝に存在を心のよすがとすれば、厳しい仕事も苦ではありませんでした。
あなたのもとで過ごすうち、僕らはすっかり大人になり、子どもには恵まれなくても犬や猫や草木を感じて生きていました。
夏にともに笑い、冬にともに泣いたものです。
ところが、そのささやかな幸せさえ、僅かな猜疑心で奪われてしまいました。
のちの世でいう魔女裁判です。
あなたは聞くに堪えない拷問の末、火刑に処されました。
ぐしゃぐしゃの髪、傷やあざで失われた、あの、花がほころぶような笑顔。
それでもあなたはまっすぐに僕を、なすすべもなく取り押さえられて、あなたの代わりに泣き叫ぶことしかできない僕をみつめてくれていました。
あのとき手に手を取り合って逃げればよかったのです。それなのに、僕は。
僕はあなたの熱い灰を握りしめ、いつまでも慟哭していたかったのです。そうしてあなたと同じ灰になり、まじりあい、境い目さえなくなって、いつまでも一緒にいられると思ったのに、僕は。僕らは。
僕はずっと、右手にあなたの灰をつかんでいました。人々はどうにかして握りこんだ右手を開かせようとしたけれど、僕はあなたを離すことなんて、今度こそできませんでした。
ヒステリックになった村人たちは僕をとらえ、水審だと言って重たい椅子に括り付けました。
長く語る必要はないでしょう。
水から引き揚げられた僕は息絶えていて、魔女ではないということとなり、村の墓地の隅に葬られました。
あなたの灰を握りしめたまま。つぎこそ、一緒に幸せになろうと信じて。
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