その出逢いは、救いとなる


※この記事はマーダーミステリー「名探偵は四人もいらない」のネタバレを含みます。
(空想科学研究所制作、https://booth.pm/ja/items/3046744)
※二次創作です



わたしのヒーローと出会った日のことを、ふとした時に思い出す。

ヒーロー、なんて言うと当の本人はすっごく嫌そうな顔をして、
「俺はそんなガラじゃねえ。」なんて言うんだけど。
でもね、いくら悪ぶったり、ぶっきらぼうな言葉を遣ったりしても、心の奥はとっても暖かい人だっていうのが伝わってくる。
わたしは知ってる。
本当はいつだって人のために動いてるんだってこと。
目の前に困ってる人がいたら、思わず助けてしまうってこと。
そう、あの日だってーーー



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「誕生日おめでとう、柘榴。」
笑顔でわたしを祝ってくれるお母さん。いつもはまだひとりでお留守番してる時間だけど、この日は早く帰ってきてくれた。
それだけで嬉しさがこみ上げてくる。
「ありがとう、お母さん。」
そう返すと、お母さんの優しい顔が、いっそう綻んだ。わたしのために毎日遅くまで働いてくれてるから、疲れた表情をしてることが少なくないんだけど、今日はそんなことないみたい。
「来年にはもう中学年に上がるのね。どう、学校は楽しい?」
「うん!りんちゃんがね、休み時間におめでとうって、似顔絵かいてくれたの!」
りんちゃんが持ってるきらきらした可愛いメモ帳に描いてくれたそれを見せると、まあ!って目を丸くして驚くお母さん。
わたしの今の家は町のはずれにあって、学校からも遠いから、放課後にみんなと遊ぶことはあんまり無いけど、それでも楽しいのは本当だ。
「お父さんも、柘榴が友だちと仲良くしてるのを見て、喜んでると思うわ。」
お母さんはそう言いながら窓際にある棚の上の写真へ目を向ける。
事故で死んじゃったわたしのお父さん。
どんな人だったとか、本当はあんまり覚えてない。ただ、とうしゅさまって人をとても尊敬していて、柘榴もあの方のように立派な、人を大事にできる人間になりなさい、ってよく口にしていたことは頭に残ってる。そんなことを考えながらふたりでお父さんの遺影をしばらく見つめていると、お母さんが空気を切り替えるようにこちらを向く。
「そうだ柘榴、お母さんケーキ買ってきたの。」
「ケーキ!ホントに!?」
「ホントよ。ホールケーキじゃあ、ないんだけど…ごめんね。」
「なんで謝るの?わたし、このフルーツケーキがいちばん好き!」
すごい!ケーキだ!
お母さんと一緒にいれるだけで嬉しいのに、大好きなケーキも食べれるんだ。
もう毎日が誕生日だったら良いのに。
「ほら、お母さんにもひとくちあげる。」
「私はいいから、柘榴が食べなさい。」
「いーの!ほら、食べて食べて。あ、でも、ひとくちだけだからね!」
もう柘榴ったら、なんてこぼすお母さんと笑い合っていると、
ピンポーン、とインターホンが鳴る。
「あら、誰かしらこんな時間に。はーい、今でます。」
お母さんが立ち上がってドアへと向かう。わたしがケーキに夢中になって
いると、ガチャ、とドアが開く音と同時に、叫び声が耳を打つ。
「柘榴!逃げて!」
聞いたことのないようなお母さんの声。びっくりして顔を向けると、玄関で
お母さんが誰かと向き合ってる。頭に覆面を被ったその姿は、テレビで見る
強盗そのものだ。
「何してるの!窓から外に出るの!早く!」
「で、でも、おかあさ、」
「柘榴!」
大きな大きな声で自分の名前を呼ばれて、びくりと体が震える。なに。どうなってるの。
分からないまま立ち上がって、窓へと駆け寄る。
手にうまく力が入らない。
なんとか鍵を開けて、カラカラ、と窓を開けたその時。
「うっ…!」
お母さんの呻くような声が聞こえた。
じっとりとした汗が流れるのを感じながら、恐る恐る振り返る。
目に飛び込んできたのは、お腹に刃物を刺されたお母さんの姿。
「おかあさん!!」
わたしの口が悲鳴をあげる。やだ。なんで。うそ。
ぐるぐるいろんな言葉が思い浮かんで、わたしは動けなくなる。
「・・・ざく、ろ。にげて…」
さっきまでと違って、ひどくか細い声で私の名を呼ぶお母さん。言葉が弱々しくなった反面、自分のお腹に刺さったナイフを持つ強盗の腕は掴んだまま離さない。
そこで初めてわたしと強盗の目が合った。
温度を感じないその目で睨まれた瞬間、怖くなってたまらず外へ駆け出す。
もうあたりは真っ暗だった。
頼りない月明かりが少しだけ照らす庭を、裸足のまま走る。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう!
目から涙がぽろぽろと溢れてくる。
あんなに楽しかったのに。これは夢?
木の根に足をとられ、前に倒れるように転ぶ。衝撃と痛みで、夢じゃないとわかる。
「あ、あ…わあああああああああ」
逃げなきゃいけないのに。誰か助けを呼んでこなきゃ。
頭では分かっていても、わたしの体は言うことを聞いてくれない。
いくら泣いて叫んだって、近くには民家どころか、信号だって無い。
私の泣き声が、闇の中で虚しく響く。
「おい、どうした。」
頭の上から、低い男の人の声がした。突然のことに、わたしの頭は停止する。
「聞こえるか?なにがあった。」
さっきよりも声が近くなった。突っ伏した顔を起こして上を向くと、しゃがんでこちらを見つめる、髭を生やした男の人の顔があった。
「おかあさんが!おかあさんがぁ!」
まとまらない思考のまま、口が勝手に動く。ほとんど叫び声と変わらないその言葉だけで、男はなにかを察したのか、顔つきが険しくなる。
「立てるか?…よし、俺から離れるなよ。」
わたしを後ろ手にしてその男は、家の方へと歩みを進める。
窓から屋内の様子が覗ける距離まで近づいてきたその時、玄関から覆面の強盗が姿を現す。
「こいつか…」
わたしを守るように強盗との間に立ちふさがった男は、そう小さく呟いて、重心を落とす。
しばらく、強盗と男が睨み合いを続ける。
どくんどくん、とわたしの心臓の音だけが聞こえていた。
何時間にも感じる程そのままだったが、強盗は思い直したように後ろを振り返り、そのまま走り去っていった。闇に溶けていくその様子を呆然と見送った後、わたしははっとして我に返る。
「おかあさん!」
そう叫んで玄関に走る。流れてくる涙で視界がぼやける。はやく、はやく。
「おい、待て!」
一拍遅れて後ろから男も着いて来る気配がした。ふたりほぼ同時に家に踏み入ると、仰向けに倒れたおかあさんがそこにはいた。
「おかあ、さん…?」
掠れて声がうまく出ない。ぼうっとした頭で、ふらふらとおかあさんに近づく。真っ赤に塗れたお腹を片手で押さえたおかあさんの目は、虚ろに宙を見上げている。
「クソ、これはもう…」
男は一層低い声でそう口にしながら、お母さんの背中に腕を回し、やや上体を起こす。
「…ざくろは、あの、子は…」
ヒュー、ヒュー、と荒い呼吸を繰り返しながら、小さくお母さんの声がする。
「…この子は無事だ。…だから、大丈夫だ。」
「よかっ、た…ざく、ろ、」
一旦そこで区切り、数度息を吐いてから、最期にお母さんはこう言い遺した。
「ざくろ、どうか…どうか、しあわせに生きてね…」


その後のことはよく覚えていない。たぶん、どこか麻痺してたんだと思う。
だれが何を聞いてきたのかとか、どこに行ったとか、ほとんど思い出せない。
ただ、この時助けてくれた男が警察への通報とか、葬儀の手配とかをしてくれたんだと思う。
わたしは思い切り泣くでもなく、かといって何か話すでもなく、ただその男の手を強く握っていた。男は迷惑だっただろうに、何も言うことなく、わたしの気が済むまでそうさせてくれていた。
何となく、お父さんの顔が思い浮かんだ気がする。
隣にいるその男とは、顔だって体格だって全然ちがうのに。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ご乗車ありがとうございました、次は終点、赤根港前。終点、赤根港前。」
バスの車内アナウンスで、現実に引き戻される。慌てて降りる準備をして、
バスが停車するやいなや外に飛び出す。潮風を感じながら、きょろきょろと辺りを見回してみる。
「えっと、いま何時だろ。」
近くに時計台があるのに気付き、見上げてみる。えっと、うん、まだ7時まえ、だよね。
出発時刻には間に合ったはず。
すー、はー、と一度深呼吸をしてから、目的の船を探す。
程なくしてそれは見つかった。
ちょうど乗客が乗り込みだしたところみたいだ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。素知らぬ顔していけばいいの…」
そう自分に言い聞かせながら、船に近づいていく。
あ、あの青みがかった長い髪のおんなのこ。あの子の後ろに続いていこう。
どきどきと鼓動が早くなる。不安だったり、期待だったり、好奇心だったり。
色んな感情が胸に湧いてきては、心臓の動きを早める。
今日こそ、わたしだって役に立てるってところを見せるんだ。

わたしを助けてくれたヒーロー。
いつだって人のために行動してる、立派な人。
そんな憧れに近づきたくて、わたしは一歩踏み出す。


ふふ、わたしのこと見つけたら、どんな顔するかなあ、三郎。


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