【イベントレポート】小売業を差別化するプライベート・ブランド——市場概況とブランディングの特性
ニールセン・カンパニーが1月30日に虎ノ門ヒルズのベンチャーカフェで開催し、250名以上の参加者が集まったMarketing for 2020 Night。企業活動の生命線であるマーケティングの最前線を行く方々を招き、今押さえるべきポイントを議論した。
このnoteでは、イベントの幕開けに行われた、日本のプライベートブランド(以下、PB)の先駆者たちによるセッションの模様をお伝えする。
PBは小売業や流通業による独自ブランドを指し、一般的なメーカーの商品(ナショナル・ブランド)と区別されている。日本では、イオンの「トップバリュ」やセブンイレブンの「セブンプレミアム」を想起するだろう。「無印良品」や「ユニクロ」などすべての商品がPBの企業も存在するものの、ナショナル・ブランドとPBを一緒に店頭に並べるのが一般的だ。
PBは小売業者や流通業者が、自社で商品の企画開発を行う。仕入れのプロモーションコストがかからず、製造元メーカーとの直取引になることから、販売価格を安価に抑えやすいのが利点とされている。PBのシェアは世界的に伸びており、今後のマーケティングを語る上で欠かすことのできない素材である。
今回登壇したのは、マツモトキヨシの改革を進めた株式会社ブランドテーラー代表取締役の乙幡満男氏と、西友「みなさまのお墨付き」の育ての親で、株式会社cart取締役COOの越智幸三氏。ニールセンの桂幸一郎を司会に、世界のPB概況からブランディングの秘訣まで熱い議論が交わされた。
***登壇者****
乙幡満男(おとはた・みつお) 株式会社ブランドテーラー代表取締役
米国クレアモント大学院大学ドラッカービジネススクールでMBAを取得後、イオンのPBブランディングに従事。2014年からマツモトキヨシで新PB「matsukiyo」などを立ち上げる。2018年には、ブランド開発及び商品開発のコンサルティング会社ブランドテーラーを創業。
越智幸三(おち・こうぞう) 株式会社cart取締役COO
ユニリーバ、西友、ウォルト・ディズニーで様々なブランドマネジメントや新規事業を牽引。2018年からcartに参画。最近では、日本女性の貧血問題に着目した新しいサプリメント「Revol(リボル)」を立ち上げた。
桂幸一郎(かつら・こういちろう) ニールセン・カンパニー合同会社
P&G、J&Jなど様々なグローバル企業でブランドを導入・立て直しに従事した後、ニールセンでマーケティングインテリジェンスサービスを展開。
【乙幡満男氏が立ち上げたマツモトキヨシのPB「matsukiyo」】
【越智幸三氏がブランディングに関与した西友「みなさまのお墨付き」】
【Marketing for 2020 Nightの幕開け。左:桂、中央:乙幡、右:越智】
小売業の差別化には、PBが役に立つ
セッションはまず、世界のPB市場の概説から始まった。ニールセンの見解としては、先進国ではPBのシェアが大きく、ヨーロッパでは10年以上も右肩上がり。eコマースと同様に、PBの伸長は「不可逆的」である。というのも、不景気下では低価格志向によりPB需要が高まり、逆に好況下であればPBの「プレミアム」(*1)が注目されるからだ。PBの拡大は、ナショナル・ブランド(以下、NB)にとっては永遠に脅威であるはずだ。
【図1:世界各国の食品・日用品に占めるPBの割合を示したグラフ。】
桂 ニールセンの調査で、ヨーロッパ多くの国ではのPB比率が20%を超えていることが分かります(図1を参照)。一方で、日本はコンビニエンスストアを除くとおそらく10%前後のシェアにとどまっています。まずは、お二人がPBの立ち位置をどう捉えているかお聞かせ下さい。
【株式会社cart取締役COO 越智幸三氏】
越智 西友の親会社ウォルマート(*2)の例を挙げましょう。ウォルマートはアメリカに拠点を置く世界最大のスーパーマーケットチェーンですが、2018年にマットレスブランド「Allswell.」を販売しました(図2を参照)。いま流行りのD2Cモデルということもあり、「Allswell.」はウォルマートの名を冠さないブランドとして有名になりました。顧客目線では違いの明確ではない小売業が、差別化していくための手段として、PBは大きな役割を果たしているのではないかと思います。
【図2:ウォルマートのPB「Allswell.」。D2Cモデルで、ウォルマートを経由せずにブランドサイトで直接購入が可能。】
乙幡 確かにPBは差別化の要因として利益や客数の増大に寄与しますが、一番の効果は「小売のブランド価値を上げる」点にあると私は考えています。言い換えれば、その小売店舗の「世界観」を具現化するツールです。マツモトキヨシには、mk customerというPBがあったのですが、ほとんど認知されていませんでした。そこで、全く新しいパッケージで統一した「matsukiyo」をローンチすることで、ドラッグストアチェーンとしての「マツキヨ」のイメージを醸成していきました。
現在、PBの立ち位置は変わりつつあります。NBとの境界がなくなってきたんです。たとえば、以前は『LDK』や『Mart』などの生活情報誌で「PB特集」が組まれていました。「PBでも構わない(NBでなくてもよい)」くらいの認識だったのが、今では消費者が当たり前のように手に取るようになった。PB比率を増やすということより、ユーザーに選ばれるかどうかが重要なんです。
【株式会社ブランドテーラー代表取締役 乙幡満男氏】
*1 「プレミアム」商品が様々なカテゴリー、国で伸びている。ニールセンの調査では、優れたイノベーション製品の40%はプレミアムという結果が出ている。
*2 西友は1963年に設立。2002年に世界最大手のスーパーマーケットチェーン、ウォルマート社と業務提携し、2008年に完全子会社化した。
PB成功の秘訣は、人間関係のポートフォリオ
ニールセンによるブランド属性評価の調査では、ドラッグストアやスーパーマーケットといった小売業はたしかに十分な差別化がされていない(図3、4を参照)。一方で、PBの認知に成功しているチェーンも存在する。そこで、乙幡・越智の両氏にPBを軌道に乗せるための経験則を語ってもらった。
PBでは商品の企画開発は小売側が行うが、製造はメーカーに依頼することになる。さらに、店舗のバイヤー(仕入れ担当)にPBの価値を理解してもらい、NBとの比率を考慮しながらユーザーに多様な購買体験を提供していくことが求められる。重要なのは、PB独自の複雑な人間関係を調整することであるという。
【図3:スーパーマーケットのブランド属性評価。プラスマイナスがはっきりしている方が差別化されている。「メーカーの商品だけでなく、PBの商品も選択できる」という項目に注目したい。】
【図4:ドラッグストアのブランド属性評価。】
越智 PBを軌道に乗せるポイントの一つ目は、当たり前のように聞こえるかもしれませんが、シェアを店内で増やすことです。
ここで、西友の「お墨付き」誕生の背景をお伝えしておきましょう。西友では2005年から「グレート・バリュー」と呼ばれるPBを展開してきました。ウォルマートらしい低価格志向のブランドですが、品質の点では劣っていました。そこで、「低価格」かつ「高品質」という西友ならではの価値を追求すべきだと考えました。
ブランディングに挑戦したいと思っても、店舗に置いてもらえなければ意味がありません。PBは、メーカーと小売の仕入れ関係とは異なり、自社内での交渉が必要になります。僕は新しいブランドの概念を一人一人のバイヤーに伝えて、店内の棚割を作っていきました。カテゴリーやバイヤーによってNBとPBの比率は変わるので、ブランド視点で上手く編集してあげる。なぜそれが必要かといえば、利益・売上第一の小売業の現場を経験してきたバイヤーにとって、優先されるのはユーザー体験であってブランドではないからです。
二つ目は、製造を請け負ってくれるメーカーを戦略的パートナーにすることです。メーカー側からは、品質を一段階下げたり、空いている子会社の生産ラインを使ったりという提案が多いんです。しかし、僕が西友にいる間に、各カテゴリーの最大手がPBを生産してくれるようになりました。
そのために心がけたのは、NBと抱き合わせた商談です。大手メーカーは、NBのシェアが高い状態でPBを他社に奪われるのは避けたい。一方、2番手や3番手のメーカーからすれば、大手メーカーの棚を奪っていきたいと思うでしょう。PBが増えることでNBが追い出されてしまうという話を聞きますが、それではユーザーが不満を感じてしまう。僕はNBとPBが対立するものだと考えていません。メーカーと交渉して、PBとNBの棚を一緒に増やしていくことが肝心です。
小売業がPBに挑戦するときに最初の課題として表れるのは、いわば、社内を含めた複雑な人間関係のポートフォリオをいかに設計するかだと思います。
乙幡 私もバイヤーとの関係は重要だと思います。補足すれば、メーカーへのブリーフィングの際に、ブランドの「らしさ」を伝えることが大切です。マツモトキヨシも西友も、ブランド・エクイティを持っている。機能的価値だけでは、その小売店舗で買う意味がなくなってしまいます。ブランドであるからには、「世界観」を決めて、メーカーと一緒に商品の形に落としこむことが必要不可欠です。
小売業の多元性を貫く、ブランドの「世界観」
様々なステークホルダーと関与するPBでは、バイヤーやメーカーとの交渉が重要になる。議論は、乙幡が指摘したブランドの「らしさ」へと移る。小売業のアプローチはメーカーと大きく異なる。PBでは、個々の商品を貫く「フィロソフィー」が重要であるという。
【ニールセン 桂幸一郎】
桂 いま、ブランドの「らしさ」というお話がありました。ここで、メーカーと小売業を比較しましょう。プリファード・ネットワークスCMOの富永さんの見解をお借りすると、メーカーの消費材はブランド価値が一元的で、ユニークなユーザーを想定しやすい。一方で、小売業は多様な価値観の集合体です(図5の左側を参照)。例えば「アウトドアが好きで、ビューティーケアに興味がある女性」という細かすぎるターゲティングは、メーカーの場合は意味があっても、小売業の場合には意味がないでしょう。PBが提供する多元的な価値について、お伺いできればと思います。
【図5:メーカーの消費材と小売業におけるブランド価値を比較した表。】
乙幡 ドラッグストアの場合、食品から、薬や洗剤、日用雑貨に化粧品など、幅広く取り扱っているため、単一ブランドの「らしさ」で貫くのが困難です。
方針としては、大きなコンセプトで枠組みをつくりつつ、細分化していくしかないでしょう。例えば、ヒーローアイテムでブランドの方向性を打ち出します。ドラッグストアであれば、トイレットペーパー。「matsukiyo」とはこういうものだ、という主張が込められたトイレットペーパーは、ユニークなパッケージが注目され、世界的なデザイン賞をいただきました(*3)。結局、商品が一番のメッセージです。
方向性が定まったら、そこから徐々に細分化しなくてはいけません。薬は薬のターゲット層、軽食なら軽食のターゲット層がある。ブランドの「らしさ」で貫きつつ、個々でターゲットのインサイトを見出すことが大切です。
越智 僕がPBの立ち上げに関わったときも、デイリー商品やカップ麺やコーヒーなど、回転数が高いものから始めましたね。
西友の場合、しめ鯖とみかんに同じブランドマークが付いていて、品質という「らしさ」で貫かれています。「お墨付き」はテスト品の段階で、全商品を量的検査にかけるんです。参加者の7割以上が満足しなければ、商品化しません。
食品の味は統一できませんが、カテゴリーの異なる商品にも一貫した個性を感じさせる。やや哲学的な探求ですね(笑)。いずれにせよ、メーカーのように明確なペルソナが引けないのはたしかだと思います。
桂 ブランドの「らしさ」は、どのような要素で構成されるのでしょうか?
乙幡 最初は人それぞれで、規定されていません。ヒアリングを行いながらビジュアルやワードを集約して決めていきます。
とはいえ、根本はビジョン・ミッションです。企業が社会にどういう価値を提供できるか、ユーザーが本当にそれを求めているかを考えなければ、軸は生まれません。私がブランディングに関わったイオンさんでは、メーカーよりも厳しい品質管理を行っています。CSRとしての植樹活動も1991年から先んじて進めている。そういう一貫したフィロソフィーが、ブランド価値の根幹にあるべきだと思います。
桂 簡単にまとめさせていただくと、PBは小売業の差別化に重要な役割を果たすこと、ブランディングを軌道に乗せるには、ステークホルダーと良好な関係性を築きながら、ブランドの「らしさ」を定めていくことが肝要というお話でした。
メーカーへの新商品提案や商品サンプルの量的調査でPBに関わる私たちとしても、今後のマーケティング活動のために参考になるお話が聞けました。本日は、ありがとうございました。
*3 matsukiyoのトイレットペーパーは、パッケージにラジカセや赤ちゃんをデザインしている。世界的に高い評価を受け、「ペントアワード」プラチナ賞、「クリオ賞」銀賞、iFデザインアワード、「D&AD賞」の最高賞である「イエローペンシル賞」、「The One Show」の「メリット賞」といった賞を受賞した。
ニールセン・カンパニー合同会社では、消費者調査、ショッパー調査、販売予測、マーケティングROI分析、コンシューマーニューロサイエンス分析、海外市場情報提供などを行っております。ニールセンショッパートレンド調査にご興味のある方は、JPNwebmaster@nielsen.comまで、是非お気軽に問い合わせて下さい。