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まだ死ねない件


先日、マッカランを嗜む先輩(以下、マッカラン先輩)とお会いしました。

これまで何度もお酒の席でご一緒していますが、
濃くて良い会議に出た後のような、
好きな音楽を聴いてじんわりした時のような、
いつもそんな気持ちになります。
伝わりますかね。

マッカラン先輩とは真面目な話はもちろん下世話な話もします。
それが大事なのです。
ずっとばか真面目になんて生きていられないのでたまには不真面目になる日をつくる、
そんな生活の緩急が私には必要不可欠です。

さて、
マッカラン先輩と話したことのひとつに、
「人間、中途半端な状態では死ねないな」という内容がありました。

死にたくないと思っていても私たちが明日死ぬ可能性は0%ではないわけで、
病死ではなくても事故死や事件に巻き込まれた死もあり得るわけで、

そんなことがもうわかっている私たちは、
もっと気をつけるべきことや後悔しないための行動を意識しなければいけないと。

当たり前のことだと言われるかもしれませんが
どれくらいの人がこんなことを思って生活できているのでしょうか。

少なくとも私自身はあまり意識できていなかった。

誰もが、死ぬ前に「幸せな人生だった」と、
そこまで思えなくてもせめて「よくやった人生だった」「満足できる人生だった」と思いたいはずです。

何かの不注意で計画が狂わないように、いろんな幸せが壊れないようにする。と、もっと胸に刻みたい、そう思いました。


自宅に帰った後、その日撮った写真を見返しました。
昼間に行った川の写真。私の好きな場所です。

死は本当に身近だよな と
私が死んだら普通にお墓に入るよりこういう好きな場所に少しだけ散骨してほしいなと思ったりします。(引かれそうな内容なのは承知です)
そうしたら、好きな場所に少し漂っていれそうで、本望だなぁと。
お墓に来れない人も、その場所に来てくれたらいいなぁなんて思いました。
なんか名案じゃないか!と思ったんですがこんなこと企てて最期を迎えた人なんて結構いるかもしれないですね。


気づけばいつもこんな、どう生きるやら何やらといったことを書いてしまう。
もっと笑えるような面白いnoteも書きたいので
もう少し不真面目に生きたいと思います。

そのためにも、またマッカラン先輩にお会いしなくては。



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