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第3回 文化や伝統から考える”まちのつくり方” 石田芳弘さん(犬山祭保存会長)

秋晴れの清々しい土曜日。新型コロナの余波も大分収まって、犬山の城下町は人だかりができるくらいの観光客でにぎわっています。今日の会場は犬山城に続く目抜き通りにある「IMASEN からくりミュージアム」。もともとは向かいの古い町家を改修した趣のある建物内(現・ココトモファーム)にあったのが、昨年6月に犬山市文化史料館隣に移転新装オープンしました。

今日のゲストはその館長でもある、犬山祭保存会長の石田芳弘さん。石田さんは犬山市長(1995年~2006年)もつとめられ、今ある犬山のまちの方向性を一から考えて作られてきました。全国学力調査に唯一参加しなかった市として注目を浴びたのも、石田さんが市長だった時代の話。

犬山のこどもは犬山で育てる” をモットーに、点数だけで序列化を図ったり、教育の現場に競争原理を持ち込むのではなく、こどもを中心に、市民みんなで、犬山のまちをつくろうと、様々な改革に奔走されました。

人生は人との出会いによって、予期せぬところにまで導かれます。
石田さんにとっての運命の出会いは、今年5月に惜しくも亡くなられた、犬山に拠点を構える京大霊長類研究所(※1)所長、日本モンキーセンター所長を歴任された河合雅雄さん(1924-2021)。霊長類学者であり、思想家、児童文学者でもある河合さんを座長に、第4次犬山市総合計画(1999年度~2010年度)が練られ、できあがった犬山のまちのヴィジョンは、豊かな川と森に囲まれたヨーロッパ随一の文化都市ウィーンを範としたものでした。

”木曽の流れに 古城が映え ふれあい豊かな もりのまち 犬山”

森の思想に裏打ちされた、詩情に満ちたこの言葉に支えられながら、石田さんは城と里山を軸に据えた、犬山のまちづくりを進めていきます。その背骨となるのが、「全市博物館構想」でした。

まちの全てが博物館であるならば、そこで暮らす人びとは、いつでも、どこでも学びつづけることができる。生涯学習の最良の教室としてのまち。そして、犬山城下を特徴づける古い町並みは大切に残し続けていかなくては、城下町としてのアイデンティティは薄れてしまう。
「古い町並みのないまちは、記憶を喪失した人生と同じ」。
からくりミュージアムが建つ本町通りも、石田さんが市長になった当初は道路拡幅計画が進み、あわや記憶がなくなっていく寸前でした。果たしてそれでよいのかと、「まちづくり検討会」が設置され、道路拡張ではなく、古い町並みを残す形で城下町再生が図られました。

「まず議論を尽くすこと」という信念のもと、地域の住民が実際に足を使って他都市の視察に出かけ、専門家の意見を聞き、考え、議論に議論を重ね、自分たちでまちづくりを本気になって作りあげていこうとする。そのスリリングな展開については『よみがえれ城下町-犬山城下町再生への取り組み』(風媒社、2006年)に詳しく書かれているのでぜひ参考にしてみてください。

よみがえれ城下町

石田さんの犬山愛に溢れたざっくばらんで熱い話は尽きません。
他にも、市長になった動機、市と国との役割分担と予算の話、犬山城秘話、犬山祭物語、木の文化、からくり人形、古墳の神話、折口信夫の来訪神の話など、英雄であるとともに破壊者で、いたずら好きで憎めない、トリックスター的な側面が存分に発揮された語りでした。そして、その語りが体験談による、(客観に近い)「ドキュメンタリー」とはまた違ったレベルの、経験談による(主観に近い)「アニメーション」であることもあらかじめ伝えられ、(鵜呑みにしないよう釘もさしておくという)目配りも利いたストーリーテラーです。市長時代にもこうやって、「物語」を通じてまちを紡ぎあげてこられたのだなということが実感される時間でした。

途中、からくり館で定期的に行われている犬山高校の「からくり文化部」の学生さんたちによるからくり練習の様子と、茶運び人形の実演を見せてもらったりと、盛沢山な内容でした。

今回は参加者の自己紹介はなしで、感想と質問を話してもらいました。出てきた質問のなかで、市は城下町には力を入れているが、それ以外の地区は手薄なのではないかという話がありました。それに対し、石田さんは、城下町は人が集まり、視線を集める「顔」の部分(あるいは、野球の4番バッター)。そこをぼやけたものにしてしまうと、まちは求心力を失って拡散してしまうと言います。そして、第4次計画の「城」と「森」の共存したまちのあり方を例に、他の地区の整備にもかなりの予算は割かれているとのこと。そして、もっと買い物がしやすくなるような郊外型の大型店が欲しいという意見が市民からもよく出てきますが、それによって失われる代償に見合うものかという視点も必要だということを具体的な例をもとに話されます。その話を聴いて、子育ての最中は一度にいろんなものがまとめて買える場所が欲しいと思っていたが、犬山の良さを守るためであれば、少し足をのばしても近隣の町に出かけてもよいと思えるといった参加者からの話も出てきました。

でも、こうやって話を聴くと、犬山のまちのすごさ、良さが実感されてはくるのですが、年月をかけてたくさんの人が考えに考えを重ねてきたまちづくりの原点のようなものを、どうして私たちはもっと身近に伝え聴くことがないのだろう。
さらには城下町の観光地化が進み、どこの観光地にあってもおかしくなさそうな店が軒を連ねる。ここはまちの住民によって「まちづくり」が本当になされているといえるのだろうか? 今の城下町の姿は本当に目指されていたまちのあり方なんだろうかとか、いろんな疑問も浮かんできます。

石田さんの最後の締めは、「まちづくりは未完成交響曲」という言葉。
まちに関わる一人ひとりがプレイヤーとなって奏でる音楽は、まちが存続する限り、終わることはないのでしょう。
どういう曲を奏でていくか。
それこそ、生涯学習を通じて考えていくしかなさそうです。

次回は知の拠点でもある「大学」を現場に活躍する岡田和明さん、掘美鈴さんをお招きして、「人づくりと地域の連携から考える”まちのつくり方”」について考えます。まちづくりの知はどうやって集積され、伝えられ、現在や未来につなげていくことができるのだろうか。

たくさんの考えるきっかけをいただいた石田さん、参加いただいたみなさま、ありがとうございました!

(ミナタニ)

※1 京都大学霊長類研究所は、日本の霊長類学の第一人者で文化人類学者であった今西錦司らが設立に貢献し、霊長類に関する総合的研究を行う目的で1967年、京都大学の附置研究所として、愛知県犬山市に設置された。霊長類研究において、日本だけでなく世界的な研究拠点として重要な役割を果たしてきたが、研究費不正支出に端を発し、今年10月に組織編制が決定し、2022年4月より「ヒト行動進化研究センター(仮称)」に移行する。


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