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ジャストアジテーション

彼は根っからのアジテーターだった。

かつてある集会で言った。
「だから私にはあなたの立場も提唱されているご立派な説もしっかりとわかっているつもりです。
ただそこには行動が伴わなければいけない。
ここのところ私たちの文明では肉体性はすっかり鳴りを顰めてしまって、
病弱な知性ばかりが賞賛されているが、
頭の中で理屈ばかりをこねくり回していてなんになるのですか。
どんな立派な理論だって人びとの行動を変えれなければ意味がないのです。
だから、私たちは今まさに行動を起こす必要があるのです。
今まさにというのは、たった今この瞬間、
この部屋のドアを出た瞬間から他でもない自らの行動を変えるということでしかない!」

(マイクランをしていたのは茶髪の若い女で、その指先にはキラキラしたものが光っていた)

彼女は根っからの乙女だった。
だから誰かに体を許すことはあっても、
心を許すことは決してなかった。

日常はまるで戦場だ。
空から魚が降ってきたっておかしくない世界に僕たちは生きている。
そのことをたいていの人間はたいていの間忘れているだけだ。
生の実感を感じるということはまさに生きていくための糧を得ること、
そしてそのためにリスクを冒すことであって、現代の文明の中で社会化されたギャンブルに精を出すことじゃない。


だから、学生ローンで女を買って、奨学金で推しを推すような人たちに囲まれて
借金の札束で世界に殴りかかったあの少女の行動は称賛されこそすれど、
決して非難されるべきことじゃないはずだってわかるだろう。
だけど彼女が壊すべき体制はもう残っていなかった。
ポストポストポスト戦後の、
さらにその残滓しかない世界では、
知性のブラックマーケットでダチュラを手に入れることは容易だが、
それを使って壊すべき社会を見つける方が困難だ。

人生のバランスシートを勘定することばかりに囚われているやつらはたぶん気づいてないが、
何かを負うような時代は終わった。僕らは何も背負っていない。
同時にチャットモンチーが鳴っていれば、
ただそれだけで救われるような世界も終わってしまった。

あの時あの人をあるべき場所まで、
(それはつまり彼女の住む海の果てまで)
見送って行こうとして、指先に触れた雪のひとひらが
この世界を完全に変えてしまった。

それは不完全な変革だった。

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