2023 牡羊座の言葉 浅田彰による草間彌生評┃埋めつくせない不安を解消するために「戦いを繰り返す」
牡羊座の言葉
今回、この原稿を仕上げるのにかなりの時間を要した。この連載は、12サインの意味を再考することを目的に、これまでも自分なりに工夫をしながら書き続けてきたつもりだが、さて、ぐるりと12サインを一巡し、1番目のサイン牡羊座へと戻ってきて、改めて「何を書くべきか」をじっくり考えてみたくなった。
時代は大きく変わった。2008年に冥王星が山羊座に入り、なんとなく上手くいっていた社会システムが世界のいたるところで立ち往生し始め、2020年1月13日に土星と冥王星がコンジャンクションした直後、コロナウイルスによる世界的なパンデミックが発生し、私たちの中にあった常識を次々に書き換えていった。
占星術的に見ても、これまで扱っていた象徴がしっくり来ないように感じる場面に何度も出くわし、常に物足りなさを感じ、何かもっと時代に合う言葉を探したいと模索し始め、講座や研究会の参加者と象徴を再考する努力を続け、今に至っている。
この連載も新しい意味の探求の一つである。今、必要とされる12サインの意味とはどのようなものなのだろう、私たちの中で働いている内的宇宙は何を訴えているのだろう、そう日々問いかけ続けた小さな成果物の一つとして読んでもらえたらと思っている。
そういった意図をもって牡羊座を書こうとしたとき、私自身が何かとても強く牡羊座的な言葉を必要としていることがわかった。太陽が一つのサイクルを終え、また春分=牡羊座へと戻ってきてもなお戦争は続き、差別はなくならず、持てる者はさらに豊かに、持たざる者はさらに生きづらくなっていたときに、12サインの始まりである牡羊座、すべての人々の中にある牡羊座は、今現在、どのような意味をもって存在させればいいのだろうか、そんなことを考えるようになった。
もっと単純に言えばこうだ。
ここからどのように私たちは生きればいいのだろうかと。
そう考えるに至ったのは、この一年、私自身に大きな変化があったからだ。
2022年の8月末に自転車で転倒し、肩の骨折や顔の骨にひびが入るなどの大ケガをし、数ヶ月後、ギブスが取れた姿を見せに実家に戻ったら、母は別人になっていた。顔の表情を失い、歩くこともままならず、幻視に怯えていた。レヴィ―小体型認知症という診断だった。そして、2023年の春に愛猫が死んだ。
そのような状況の中で、ここから再び始めるための言葉を私自身が求めている。先人たちの言葉を頼りにすれば、また新しい太陽のサイクルを始められるかもしれない。
当初は、V.E.フランクルの「夜と霧」の本から引用したいと思っていたが、どうしても言葉を選びきれなかった。人生の危機に直面した17歳と23歳に繰り返し読んだ本だけれど、どうしても今の自分にフィットしなかったので、今回は浅田彰の言葉を採用することにした。
牡羊座とは死に接近し、生を獲得するサインであることは、ホロスコープの構造を知っている人なら容易に想像できるだろう。
母子一体という理想的な状態から切り離され、否応なしに自分の思い通りにならない世界に放たれる、その埋めつくせない不安を解消すべく、自らを獲得へと駆り立てていく。これが牡羊座=ASC-=1ハウス=火星から始まる12サインの物語である。
母子一体という理想的な状態というのは、牡羊座の前のサイン、母なる海、胎内、羊水の象徴である魚座の象徴的イメージである。そこから切り離されて、12から1へと「振り出しに戻って」また生をやり直す、その繰り返しが占星術の考える「サイクル」という考え方である。
そのとき必要になるのが「戦いを繰り返す」ための切実な態度なのだ。
「何かよくわからないけれど、それがないとダメなのだ」という自己を突き動かすほどの衝動。何サイクルを繰り返しても、それでもあきらめきれずに、また手を伸ばしてしまう、そういった情熱に従うのは多くの人にとって難しい。
その難しさとは、ほとんどの人の牡羊座的体験は「それがないとダメなのだ」の「それ」がよくわからないということだ。
占いの現場でよく耳にする「私は何をしたらいいのでしょうか」という問いこそ、まさに「それ」がわからないまま、人生に迷子になっている状態といえる。
「それ」がわからない理由ならよくわかる。 人や社会が提示する幸福のイメージ、社会的報酬や自分ではない誰かの欲望の中で、自分の「それ」は、いとも簡単に埋もれてしまい、その力をないものにしてしまう。
また、もしかしたら「それ」の恐ろしさを知っているのかもしれない。自分の衝動が明らかになったら、自分はこれまでの自分ではなくなってしまうこともある。仕事や家庭生活を維持できなくなることもあるだろう。稼ぎのいい仕事なんかより「それ」はもっと魅力的であったとしても、その生き方を選択するのは多くの人にとって難しい。
だが、もし、どうしても自分の「それ」を生きたいというのなら、まさに「たえず振り出しに戻って苦しい戦いを繰り返す」ことを覚悟するしかないのではないだろうか。
これをホロスコープで説明すれば、牡羊座の一つ前のサイン、12ハウス=魚座と1ハウス=牡羊座を「行きつ戻りつ」する体験に他ならない。
12ハウス=魚座とは、母子一体だったころの甘美な記憶であり、それは決して手に入れることのできない幻想でもあり、どんなに努力しても失った時は二度と取り戻すことはできず、かすかな期待すら裏切られ失望する。魚座は、そのような失意の体験を象徴するサインでもある。つまり、「手に入れては失望する」を繰り返す、それが1ハウス=牡羊座=火星――12ハウス魚座=木星=海王星の物語となるだろう。
多くの人は、この不毛な戦いに堪えられず適当なところで手を打つわけだが、もしも草間彌生のように生の苦悩が大きければ大きいほど、または他者の欲望よりも自分自身の魚座的記憶に忠実であればあるほど、「それ」、つまりビビットでパワフルな生の衝動にたどりつける可能性が大きいのではないだろうか。
肩の機能が完全に戻ることはなく、母の病気は治ることがなく、猫が生き返ることはない。けれど、だからこそ見えてくる理想というのがある。それらが機能していたときには気づくことができなかった、より深く大きな理想。
私はもっと愛されたかったのだろうか、愛したかったのだろうか、冒険したかったのだろうか…
また新しいサイクルを始めるために、または大なり小なり、誰もが魚座的体験――喪失、幻滅、喪失――を経て、そこからの「何かよくわからないけれど、それがないとダメなのだ」という牡羊座的体験へとたどり着く、その行ったり来たりを繰り返しながら、他の誰でもない「わたし」の生を獲得していけるといいのではないだろうか。
2023年の牡羊座期、私はつらつらとそんなことを考えていた。
草間 彌生(くさま・やよい)
1929年3月22日、長野県松本市生まれ。牡羊座に太陽、天王星をもつ。
前衛芸術家、小説家。幼少より水玉と網目を用いた幻想的な絵画を制作。1957年単身渡米、前衛芸術家としての地位を築く。1973年活動拠点を東京に移す。1993年ヴェネツィア・ビエンナーレで日本代表として日本館初の個展。2001年朝日賞。2009年文化功労者、「わが永遠の魂」シリーズ制作開始。
浅田 彰(あさだ・あきら)
1957年3月23日、神戸市生まれ。牡羊座に太陽、水星をもつ。
批評家。京都芸術大学大学院学術研究センター所長。著書に「逃亡論」「ヘルメスの音楽」「脳を考える脳」「ダブル・バインドを超えて」など多数。彼の批評がきっかけとなり、多くの思想家やアーティストが注目されることとなった。
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