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2022年私的映画事情&ベスト10

 早いもんですね。

 今年観た映画のベスト10や劇場で観た新作映画の個人的まとめ、良かった旧作などを書きます。

 2021年は劇場で57本観て、いい作品にも色々出会ったんですが、ベスト10を考える上で軸になるような衝撃作がなかったこともあり(2~10位の作品が数本という印象)、あえてベスト10は作りませんでしたね。映画を好きになって毎年ベストテンを考え楽しんでいた身としては少し悲しかった昨年ですが、「ベスト10は軸=“譲れねぇ俺のNo.1”が大事」
という学びは得られた、そして今年は!?ということです。

 新作編

 今年は劇場で、46本観ました。まずまずです。

 まずはそれぞれの印象を一言で書いていきます。

ニコニコ映画賞 個人贈呈

  • 1/6 悪なき殺人……最優秀愛は報われない

  • 1/19 クライ・マッチョ……最優秀

  • 1/26 ザ・ミスフィッツ……最優秀親父接待ムービー

  • 1/26 真夜中乙女戦争……最優秀おしゃれパチモン

  • 1/31 ハウス・オブ・グッチ……最優秀奇跡体験!アンビリーバボー

  • 2/7 フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊……最優秀テンポ感大事にしてる

  • 2/16 春原さんのうた……最優秀風通しのいい部屋

  • 2/16 さがす……最優秀どんでん返しすぎ

  • 3/7 ドント・ルック・アップ……最優秀人類は愚か

  • 3/22 レイジング・ファイア……最優秀“I'm Vengeance”

  • 3/22 THE  BATMAN−ザ・バットマン-……最優秀僕の心がヤバいやつ

  • 4/5 パワー・オブ・ザ・ドッグ……最優秀こんな同居人はイヤだ

  • 4/6 アンビュランス……最優秀シッチャカメッチャカ

  • 4/6 TITANE/チタン……最優秀スクラップ・アンド・ビルド

  • 4/11 ナイトメア・アリー……最優秀因果応報

  • 4/17 マニアック・ドライバー……最優秀アンチ・ヒーロー

  • 4/25 アネット……最優秀毒父

  • 5/9 NITRAM/ニトラム……最優秀生きづらみ

  • 5/17 死刑にいたる病……最優秀ファザコン

  • 6/5 犬王……最優秀バディ

  • 6/14 ハッチング-孵化-……最優秀毒母

  • 6/14 きさらぎ駅……最優秀異世界転生無双モノ

  • 7/6 ブラック・フォン……最優秀復讐

  • 7/8 弟とアンドロイドと僕……最優秀現実と映画がゴッチャ

  • 7/20 X エックス……最優秀頑張る高齢者

  • 8/1 冬薔薇……最優秀ダメ人間

  • 8/8 麻希のいる世界……最優秀エゴイズム大暴走

  • 8/8 女神の継承……最優秀心がポキっとね

  • 8/29 哭悲/THE SADNESS……最優秀タイトル詐欺

  • 8/31 NOPE/ノープ……最優秀大きくでたね

  • 9/5 リコリス・ピザ……最優秀いいからくっつけよ

  • 9/7 この子は邪悪……最優秀お目目キュルンキュルン

  • 9/7 夜を走る……最優秀秋本さん

  • 9/12 さかなのこ……最優秀人生の奇縁

  • 9/23 ヘルドッグス……最優秀男たちのLOVE&HATE

  • 9/23 ブレット・トレイン……最優秀国辱

  • 9/26 キングメーカー 大統領を作った男……最優秀縁の下の力持ち

  • 9/30 激怒……最優秀皆殺し宣言

  • 11/11 PIG/ピッグ……最優秀ニコラス・ケイジ

  • 11/17 犯罪都市 THE ROUNDUP……最優秀人類のROUND UP

  • 12/5 アムステルダム……最優秀大陰謀論

  • 12/5 ある男……最優秀アンチ名は体を表す

  • 12/14 MEN 同じ顔の男たち……最優秀勝手にやってろ顔

  • 12/24 グリーン・ナイト……最優秀雑魚マインド

  • 12/24 ケイコ 目を澄ませて……最優秀シネフィル自意識

  • 12/26 ザ・ミソジニー……最優秀大荒唐無稽

次は、ベストテンには入らなかった、その他36作についての所感を雑にまとめていきます。俺なりの慰めだよ。

ベストテンに入らなかった映画まとめ

オールスター映画

「フレンチ・ディスパッチ」「ナイトメア・アリー」「アムステルダム」

 

 1作品にオスカー像数体というような、超豪華な面子、オールスター映画もランキングに入れる作品含め多かったですね。
ナイトメア・アリー」は監督賞のデル・トロ含めて3体。面白かったのだが原作を先に読んでいたので、個人的には薄めに感じましたね。ただ、フィルム・ノワールは大好きなので、クレジットのオールディーズ使いや妖しい世界観はたまらなかったので、もう一回観たいところ。
アムステルダム」は4体。人種差別や排外主義への強いカウンターを示す作品でコミカルなアンサンブルも楽しかったですが、ちょっとわちゃわちゃしていましたね。デ・ニーロがスクリーンで観られたのは嬉しかったです。好きなんでね!
フレンチ・ディスパッチ」のオスカー像はなんと、9体!マクドーマンドやクリストフ・ヴァルツのような複数体受賞者が出ているのは強かった。ただ、内容もうあんまり覚えてないです。

世界アクション最前線

「レイジング・ファイア」「アンビュランス」「ヘルドッグス」「ブレット・トレイン」「犯罪都市 THE ROUNDUP」


 アクションは映画の華!アクション場面は凝れば凝るほど、それ単体では観応えがあるけど物語が停滞気味になるという弱点がありますが、それも劇場で観ると、その迫力や勢いに目を奪われ魅了されたりします。こういう派手な映画はやっぱり劇場で観てこそですよ。
 “ハリウッドの破壊王”の異名を恣にするマイケル・ベイ最新作「アンビュランス」は、やはり劇場で観てよかったアクション映画の代表でしょうかね。物語のスケールをガン無視したド派手カーアクションもさることながら、三半規管も破壊する縦横無尽のドローン撮影は、映画が持つケレン味の可能性をまたさらに拡げたと思います。
 「ブレット・トレイン」は、正直そろそろダサめになりつつあるタランティーノ系軽妙洒脱アウトロー殺し合い映画最新作。雑めな日本描写が個人的には興味深かったですが(大陸の歓楽街はネオンのイメージが強いけど、日本の歓楽街はもうネオンイメージないよなぁとか)、古都京都の街が大災害レベルで破壊されるラストには、愛国心など欠片もないと思っていた私も「お前ら国に帰れ!」と思わず右翼魂がうずいた一作です。
 アジアからは 「レイジング・ファイア」がありましたね。2021年公開作ですが、筆者の住む広島では3月に公開。地球最強の男、ドニー・イェン師父の異種乱打戦が凄まじい作品でした。師父は来年の“キアヌ・リーブス地獄のトライアスロン”シリーズ「ジョン・ウィック」最新作も楽しみです。
 それから韓国からは「犯罪都市 THE ROUNDUP」。こちらも地球最強の愛されボディの持ち主、マ・ドンソクの人気作「犯罪都市」続編です。マ・ドンソクという闘いに赴けば勝負はあっという間に片がつくタイパ最強な存在を活かし、アクションによる物語の停滞を最小限にする、韓国映画の巧みさとマ・ドンソクの肉体力で構成された一作でした。
 そして日本も負けてません。「ヘルドッグス」は現代日本最大のアクションスター岡田准一師範代の本格的アウトロー役への挑戦も注目でした。絞め技、鈍器殴打、ナイフ近接戦に銃撃戦でヤクザを殺しまくる狂犬演技もさることながら、技闘デザインも担当した師範代のポテンシャルは世界レベルだと思います。監督の原田眞人のヘンテコディテール多めなハードボイルド・ワールドも個人的には大好きですよ。ハリウッドへ殴り込め!

世界ホラー最前線

「ハッチング-孵化-」「きさらぎ駅」「X-エックス-」「女神の継承」「NOPE/ノープ」「この子は邪悪」「MEN 同じ顔の男たち」


  
6~8月は新作も旧作もほぼホラーという#恐怖映画月間(Twitterでやってます!見てね!以上宣伝)を開催し、東西問わず世界中のホラー映画を観てきました。夏はホラー!というのは人間の生理に訴えかける何かがあるのか、やはり夏は新作ホラーの公開が多かったですね。
ハッチング-孵化-」はフィンランド産思春期少女モノ。巨大卵から産まれる腐ったハワード・ザ・ダックよりも、家族を自分のお洒落Vlogのために搾取しまくる主人公のお母さんの方が怖かったですね。本作と「アネット」で子供に毒な両親が完成します。
 アート系良作量産会社A24からは「X-エックス-」が夏に、「MEN 同じ顔の男たち」が冬に公開。
 前者は70年代俗悪映画を現代風に再構築というコンセプトで作られたスラッシャームービー。感想としてはまあまあという感じですが、続編は観に行こうと思います。
 後者は「エクス・マキナ」のアレックス・ガーランド最新作。題名通り、男たちがヤベえ!というトキシック・マスキュリニティの恐怖を描いたで、ラストの主人公が至る境地が強烈でしたね。
 話題作枠では「女神の継承」「NOPE/ノープ」。どちらも景気の良い作品でした。
 韓国映画界の狂犬ナ・ホンジンが製作・脚本を務めた前者は、タイの祈祷師と土着信仰を題材にしたモキュメンタリー。謎の存在に取り憑かれ発狂していくヒロインと強烈な描写が話題でしたが、ラスト、主人公の祈祷師がする、ある告白が一番怖いというか、人間の業を感じさせる凄まじさがありました。
 後者はアメリカ社会派ホラーの旗手ジョーダン・ピール最新作。「大きく出たなぁ」と思わず呟きたくなる、スケールもクリーチャーも物語も大風呂敷広げた、大っきい大っきい作品でした。
 日本からは「きさらぎ駅」と「この子は邪悪」。
 前者は実在のネット都市伝説「きさらぎ駅」を基にした異世界転生ホラー。“どうせ低予算のやっつけ仕事でしょ?”と侮っていたこちらの鼻っ面を創意工夫と見世物魂で殴りつけてくれた、とっても楽しい一本でした。正直ベストテンに入れたいくらい面白かったですが、残念ながら入らず。ベストテンは政治なんですよ。
後者はこれからの日本映画を支えていくかもしれない、”TSUTAYAクリエイターズプログラム“発の現代風怪奇映画です。ヒロインの南沙良より、なにわ男子の大西流星のお目目が劇中のウサギ並みにキュルンキュルンだったことに驚きました。可愛いに性別は関係ない!

現代グラインド魂

「マニアック・ドライバー」「哭悲/THE SADNESS」「激怒」

 ランキングには入れなかったものの、“低俗”や“残酷”を全面に売り出した映画は基本的に大好きなので、もっとこういう日本映画を劇場で観ていきたいです。各社プロデューサーさん、読んでるか〜?
 「マニアック・ドライバー」は正直そこまで期待しておらず、とりあえずの感覚で観に行ったんですが、ラストのあるどんでん返しにはオオッ!となりました。ジャーロ・オマージュ作品だけには留まらない誠実さを感じましたね。
 逆に「激怒」は期待しすぎたかな……という印象。監督を務めた高橋ヨシキには、映画の観方や好みに対して大きな影響を受けているので非常に楽しみにしていたんですが、ディストピア田舎町描写は昨年公開の入江悠監督の快作「シュシュシュの娘」の方が良かったかなぁと思ったし、相互監視社会への警鐘というテーマ周りの描写も違和感がありましたね。とりあえず信号は守ったほうがいいよ、轢かれた時にボれるから!面白かったのは面白かったんですが。
 「哭悲/THE SADNESS」もタイトルに“悲”や“THE SADNESS”といった単語から、「これは人の心を踏みにじるような凄まじい描写があるんじゃないか!?」と期待して観に行ったけれど、そういう描写は特になく、ただ人体破壊描写が激しいだけの普通のゴアホラーで、タイトルから期待し過ぎたな……と感じた1作。でも「ただ人体破壊描写が激しいだけの普通のゴアホラー」が嫌いなのかと言うと、大好きなので、困ったもんですよ。

社会派殺人ムービー+社会派ムービー1本

「悪なき殺人」「真夜中乙女戦争」「さがす」「NITRAM/ニトラム」「死刑にいたる病」「キングメーカー 大統領を作った男」


 
殺人事件がどこで起きるかというと、人間が生きている社会ですね。だから必然的に何かしらの事件を描くとその社会、そこで生きる人間の持つ問題点が浮かび上がってくるんでしょうね。そんな社会派殺人ムービーを今年も多く観ました。ちなみに+部分の作品は他に入れる枠がなかったので、ここに落ち着けました。46本全部書くなんて誰が考えたんだよ!
悪なき殺人」では、フランスの田舎町で起きた失踪事件を主軸にそこに暮らす夫婦と妻の浮気相手、その村を訪れた二人の女性、果てはアフリカでチャット詐欺に手を染める青年まで絡まり合うことで恐ろしい偶然を呼び、殺人に至る過程を描きます。チャット詐欺やSNSに投稿した動画の無断転載と悪用など、他人事ではない問題も描かれますが、“愛した方が負け”という残酷な恋愛パワーバランスの一面が痛いほどに描かれます。辛い!良い映画でした。
 大学生の主人公が教授に「あなたの講義とNetflix見放題の料金、どっちが得なんスか?」と問い詰める場面から始まるエモ系爆弾テロムービー「真夜中乙女戦争」では、他にも日本の大学生が置かれている世知辛い現状が描かれています。個人的には後半からタイパ度外視人間の自分でも「時間返せ!」という考えがよぎる映画でした。クソオシャ「ファイト・クラブ」すな!
 実話をベースにした作品には「さがす」と「NITRAM/ニトラム」がありました。
相模原障害者施設殺傷事件や座間9人殺害事件を思い出させる連続殺人犯が登場する前者は、現代日本で攻めた社会派ノワールを作ろうという意気込みは全面的肯定で(増えてくれ!)作品的にも面白かったですが、ラストのどんでん返しが正直クドいなとは思いました。いつ終わんの?って思っちゃった。
 後者はオーストラリアはタスマニア島で起きた銃乱射事件の犯人を描いた作品。精神障害を抱え衝動的な言動を抑えられず、周囲から白眼視される犯人がかなり同情的に描かれてます。殺伐とした空気が全編に漂う、荒涼とした作品でした。
 どちらも、“生きづらさ”を抱え社会から疎外されていく個人を描いた作品でしたね。
 白石和彌最新作「死刑にいたる病」も“生きづらさ”が重要な裏テーマでした。虐待児や現状に不満を持つ少年少女たちを巧みにマインド・コントロールし、拷問を加えた上で殺すシリアルキラーを演じた阿部サダヲが絶妙。家父長制の禍々しさを体現する水上恒司(当時は岡田健史)の父親役の鈴木卓爾も相変わらずの高クオリティの“厭“を届けてくれます。こんな人が「私は猫ストーカー」なんてほのぼのしたタイトルの映画の監督なんて、私は信じていません。
  そして+枠の「キングメーカー 大統領を作った男」。社会派殺人ムービーでこそありませんが、「殺人と強姦以外のことなら何でもやった」という「狂い咲きサンダーロード」製作時の石井岳龍監督の言葉を思い出さざるを得ないほどのラフプレー連発な韓国大統領選挙戦が、重厚かつセンスの良い映像美で語られます。名優ソル・ギョングに負けない存在感と色気を放つ“影の男”イ・ジュンギが素晴らしかったですね。

ベテランの意地

「クライ・マッチョ」「ザ・ミスフィッツ」「パワー・オブ・ザ・ドッグ」「アネット」「弟とアンドロイド」「冬薔薇」「ザ・ミソジニー」


 若手監督にもどんどん頑張って欲しいけど、一時代を築いたレジェンド・ベテランにもまだまだ映画を撮り続けていてほしいものです。そんな人生の大先輩方の作品を紹介しましょう。
 “映画界の生ける伝説”といえばクリント・イーストウッド御年91歳!そんな氏の監督・主演最新作の「クライ・マッチョ」は、御大、少年、鶏(!)が一緒に旅をするロードムービーです。行き当たりばったりでクリシェの塊のような物語を熟練の技と御大力で、喉越しの良い名品に仕立て上げた、イーストウッドにしか作れない一品でした。
 名作「ロング・キス・グッドナイト」を始め、「クリフハンガー」「カットスロート・アイランド」などの90年代肉体派アクションを支えたレニー・ハーリン最新作「ザ・ミスフィッツ」は、ピアース・ブロスナン主演のケイパーもの。アホみたいに無敵な主人公サイドとやたらにブロスナンに華を持たせる若手チームに、接待の念を見ました。
パワー・オブ・ザ・ドッグ」でヴェネツィア国際映画祭とアカデミー賞で監督賞を受賞したジェーン・カンピオンもベテランです(ほんとはこの作品入れるカテゴリーが見つからなかっただけなんですけれども)。自己愛性パーソナリティ障害と思しき男の言動に身を削られるサイコスリラーとしても、旧来的なトキシック・マスキュリニティが新世代によって討ち滅ぼされる寓話としても、不穏で不気味な仕上がりになっていて、非常に好きな作品でしたね。
 「アネット」はフランス映画のレジェンド、レオス・カラックス9年ぶりの新作。美しい闇と光、狂騒的ながらも荘厳なスパークスの音楽と演者のパフォーマンス、笑いと暴力の関係性など、濃密な時間を堪能できる作品でした。本作もまた、トキシック・マスキュリニティへの批評的目線が光る作品でしたね。アダム・ドライバーの「ハウス・オブ・グッチ」の内向的なブルジョワとは真逆な、ナルシスト演技も迫力ありました。
 日本勢も負けてません。阪本順治も今年は2本の新作を公開し、来年には時代劇「せかいのおきく」が控えるなど、とにかく精力的に活動してます。
 「弟とアンドロイドと僕」は自分の存在に確信を抱けない主人公トヨエツが自らを捨てた父への復讐のため、自分そっくりのアンドロイドを製作する怪奇色強めなSFドラマ。個人的な話をすると、安倍晋三銃撃事件が起きた日、あまりにもショッキングな出来事に現実感が遊離した中で観た映画が本作でした。映画館を出た時、本作のように外では土砂降りの雨が降っていて、更に自分の存在に自信が持てなくなったことをよく覚えています。
 当て逃げ事件で謹慎していた伊藤健太郎の復帰作「冬薔薇」は「弟と~」とは打って変わって、非常に手堅い人情悲喜劇。伊藤自身をモデルにしたという主人公が“何事にも受動的で無責任、薄情で他人に対する期待が強い甘ったれなろくでなし”という手加減のなさが凄まじいですが、主役の伊藤健太郎を始め小林薫、余貴美子、石橋蓮司らベテラン勢、永山絢斗、毎熊克哉、河合優実ら若手勢のアンサンブルが非常に楽しい一作でした。
 「リング」の脚本家としてJホラー誕生の立役者となった高橋洋は、「リング」の監督がホラー映画ファンからも見放されるような腑抜けた作品ばかり撮るようになったことと対照的に、唯一無二としか言いようがない恐怖世界の構築に挑んでいます。監督最新作「ザ・ミソジニー」では森の奥深くにある古びた洋館を舞台に、因縁を抱えた演出家と女優が謎めいた失踪事件の劇化に挑むという怪奇テイスト強めな導入からは想像できない、荒唐無稽かつ理解不能な怒涛の展開が繰り広げられます。これを観たあとには、A24のホラーなどだいぶ易しく感じられます。

頑張れ若人

「犬王」「リコリス・ピザ」「さかなのこ」「グリーン・ナイト」「ケイコ 目を澄ませて」

 これまで挙げた作品を振り返るとアクションやホラーにジャンルが偏りすぎていますが、一応さわやかだったりさわやかではなかったりする青春を描いた作品もいくつか観ています。好き嫌いが激しいので仕方ありません。 
 ゴールデングローブ賞の長編アニメ部門にノミネートされたことでも話題になった湯浅政明監督最新作「犬王」。社会のアウトサイダーとして生きる主人公、犬王と友魚の熱い下剋上バディものとしても、犬王役アヴちゃんと友魚役森山未來のパフォーマンスが圧倒的なロック・ミュージカルとしても素晴らしい作品でした。社会権力の恐ろしさを鮮やかかつ残酷に描く脚本の野木亜紀子の作家性も感じました。 
 大好きなポール・トーマス・アンダーソンの最新作「リコリス・ピザ」には驚きました。前作の「ファントム・スレッド」がイギリスの恋愛文芸モノの皮を被った紳士淑女のド変態プレイ映画だったので、果たして本作は!?と期待していたら、年頃の男女が不器用に繰り広げる一進一退の恋愛模様をラフに描く非常に力の抜けた作品だったから。アッパーな作品が多いPTAなので、こんなに穏やかな映画も撮れるんだなぁと驚いた一作です。時々アッパーと呼ぶには危なすぎる大人が出てきてたのはPTA印。 
 みんな大好き“さかなクン”をのんが演じるということでも、そのさかなクンが作中では町でほぼ妖怪扱いの不審者“ギョギョおじさん”役として登場したことでも、脚本を務めた劇作家前田司郎の役者への性的加害の告発について公式サイトなどでは触れなかったことでも話題の沖田修一監督作「さかなのこ」。作品自体はすごく良かったですが、後半書いたことで少しモヤりますね。創作者たち、性格は悪くてもいいので、自分の立場を悪用して他人を搾取するとかそういうことはもう辞めてほしいな! 
 A24からは「グリーン・ナイト」。中世の騎士物語「ガウェイン卿と緑の騎士」を翻案したファンタジー作品ですが、肝心の主人公ガウェインがめちゃめちゃヘタレな雑魚マインドの持ち主で“どうなるのこの映画?”とヒヤヒヤしました。なかなか成長しないガウェイン。俺も一緒だよ。
 複雑だったのは「ケイコ 目を澄ませて」です。作品の中身が、とか演出が、とかではなく、これは完全にこちらの問題。監督の三宅唱は濱口竜介と並ぶ、日本シネフィル映画界の雄。そんな彼の最新作を「とりあえず三宅唱だから観るでしょ」と観に行く自分をふと意識した時、「俺はこの映画を観に来ているのか?それとも“三宅唱の映画を観てる高感度映画ヲタクの俺”を感じに来ているのか?」という思念に襲われ、それ以降は本作に対して全く目を澄ませられない状態になってしまいました。本当に、シネフィルになるためには様々なものを犠牲にしなくてはいけませんね(主にメンタル面)。諦めましょう。

ベスト10

 宍戸里帆と対等にヌーヴェル・ヴァーグ談義に花を咲かせる夢に諦めがついたところで、今年、ニコニコ刑事が最も面白く感じた映画10本の発表です。実は全作品1位です。

名画座やミニシアターで会った同年代の女の子と
映画談義がきっかけで恋に発展。
そんな夢を見ている時代もありました。

第10位「PIG/ピッグ」

 私のハンドルネーム「ニコニコ刑事」の由来は当然、ニコラス・ケイジですから、この映画がランキングに入っていないなんていうことは有り得ないわけです。
 ニコラス・ケイジは近年の作品で定期的にキャリア最高の演技を魅せるわけですが(これは俺の贔屓目でなく、予告の煽りとかで出るんです。“キャリアベストの演技!──THE TINE誌記者”みたいに。客観的事実なんです)、本作の胸に秘めた激情を押し殺しながら人目を避けて生きる主人公ロブを体現する彼の姿は、「役者の鬼」と言いたくなる気迫に満ちていました。
 変わり種のヒューマンドラマとしても充分に楽しめるし、相棒役のアレックス・ウルフとのバディ感も非常に良かったですね。

第9位「ハウス・オブ・グッチ」

 正月を一番感じたのはこの映画かもしれません。それくらい下世話で豪勢でした。「奇跡体験!アンビリーバボー」の再現ドラマを一流のキャストと監督で観られたって気分です。
 大好きなアル・パチーノのパワフル老害演技も観られて大満足です。嘘っぱちイタリア訛り英語演技も思わず真似したくなる作品でした。グゥチィ!

「Sweet Dreams(are made from these)」が格好よく使われた予告も大好きです。

第8位「春原さんのうた」

 正直に言うと、もうあまり内容を覚えてないんですよ。じゃあなんでベストテンに?しかし、本作を観た後の感覚、劇中に出てきた主人公の沙知の部屋を吹き抜ける風の涼しさはしっかりと覚えている。そんな繊細さに満ちた映画でした。原作となった短歌を読むため、初めて歌集を買いましたね。こういう、観客に多くを求めてくる映画をちゃんと劇場で観て感動できたことは貴重な経験だと改めて感じます。けど家でも、もう一回観たい!

第7位「ドント・ルック・アップ」

 本作も一作品にオスカー像が数体……というような、怪物級オールスタームービー。基本的に、出てくる人間全員馬鹿!というようなシニカルテイストの作品や作家が大好きで(コーエン兄弟とか)、本作も右も左も馬鹿ばっか!という人間観がエンドクレジット後まで貫かれていて、とても好みでした。レオ様十八番の神経質演技とアジり芸に磨きがかかっており、それを大画面で観られたことにも満足です。マーク・ライランス演じるサイコパス社長もTwitter社社長を思い出させる感じの厭さが。気候変動って、どうやって対策していけばいいんでしょうか?目をそらさず考えていきたいです。

第6位「麻希のいる世界」

 もっと上でも良かったかな……と今更ながら思ってます。立教ヌーヴェル・ヴァーグ組塩田明彦最新作です。「一応シネフィルぶるために行っとくか……」くらいの気分で観に行った作品でしたが、かなり食らいました。“共感ベースの時代”という生きやすいのか生きづらいのかイマイチ分かりづらい総称をされたりする昨今、ここまで観客の共感や反感を買おうとする意図から開放された映画も珍しいなと、そのストイックな姿勢に崇高さすら覚えた作品です。不良っぽい女子高生の描かれ方に若干の古臭さは感じたけど(悪い意味で「害虫」の頃と変わってないというか)、それ以外はすごく良かったです。

第5位「ブラック・フォン」

 お釣りが返ってくる面白さ!とは、この作品に差し上げたい言葉。今年劇場で観たホラー映画の中では一番好きな作品です。スティーブン・キング型ジュブナイルホラーと言っていいジャンルのホラーですが、その中でもトップクラスで良かったです。子供の視点から見た、暴力に満ちた世界の恐ろしさ、残酷さが誠実に描かれていたし、そんな世界のおぞましさを体現したような誘拐犯グラバー(イーサン・ホーク、お前は信頼できる役者だよ)に対してここまでストレートに“恨みを晴らす”リベンジが見られるとは思いませんでした。近年ではあまり観られなかった爽やかスカッとした通過儀礼に心の中でガッツポーズ!な一本です。

第4位「夜を走る」

 20年代日本インディペンデント映画の金脈になるかもしれないジャンルは“郊外ノワール”なのではと思っていますが(というか、そうなればいいなと個人的趣味で思っているだけですが)、本作はまさにその系譜にバッチリはまる一作。被害者意識にまみれた登場人物たちが罪悪感もなく、ある事件の責任を転嫁させていく様は、可笑しいと同時に全く他人事ではない居心地の悪さがありました。そして全く他人事ではないといえば、足立智充演じる主人公の秋本さん。「40代独身、実家暮らし、不器用、チャームポイント特になし、生きてて別に楽しいことはない」という弱者男性役満状態の秋本さんが周りから半笑いの目で馬鹿にされているその姿、社会やコミュニティーからも疎外され、“新しい世界”に旅立っていく展開に、思わず将来の自分を重ねてしまい、勝手に辛くなってました。これまでの映画鑑賞中には感じたことがない新種の辛さを感じたという点で、第4位です。皆が生きやすい社会を築いていくためには、責任感忘れずに!

そしていよいよベスト3!

🥉第3位「ある男」

 日本映画というと、やれつまらないだのやれ学芸会だのやれオワコンだのなどと蔑まれ、「日本映画にだっていい作品たくさんあるよ!」という日本映画好きの反論も、シネコンで大々的に宣伝される福田雄一映画の予告編で一発ダウト状態にされる昨今。しかし、そんな中でも本作は「世界に誇れる日本映画」の1本だと胸を張って言える作品と思います。ここまで大規模な作品のなかでエンタメ性と社会的メッセージを両立させ、名優たちのベストアクトを引き出しつつ、時に手堅く、時に超現実的な演出で観客をグイグイ引っ張る石川慶監督の手腕は凄まじいと思います。これからの日本映画界が鼻で笑われないためにも、プロデューサーの皆さんは石川監督の存在を大事にしてほしいと切に願う日本映画好きです。

🥈第2位「THE BATMAN-ザ・バットマン-」

 MCU,DC等のアメコミ映画ユニバースの熱心なファンでは全くない私ですが、本作はめちゃくちゃ楽しみにしていました。何故か「バットマン」シリーズには昔から惹かれる……それはなぜ?「バットマン」シリーズ仕切り直しの第一作となった本作を観て、その理由が分かりました。

この腐り切った世界に生まれ落ち
醜い恥知らずどもに染まってしまわないように
狂った頭に浮かぶ思念に籠り
壊れてしまわないように生きてきた──
──スクリーンの中の奴は
俺と同じ目をしていた
復讐者の目を──

 中2だからです。
 「THE BATMAN」は俺の心の中にある中2の部分を刺激しまくる映画でした。漫画テイストとリアル路線がうまく融合された世界観、ニルヴァーナの「Something in the way」、他人と関わり合わずポエミーな日記を綴り悪党をオーバーキル、孤高を貫く(人見知りの)バットマンことブルース・ウェインに、彼を演じるロバート・パティンソンの億万長者とは思えない不健康そうな佇まい。ダークでスタイリッシュ、カッコいい!映画好きになった14歳の頃の自分と今の自分は色々な面で変わってしまいましたが、本作を観たあとの気持ちは変わらないと思います。
 物語も、“恐怖政治の克服”というロシアによるウクライナ侵攻がなおも続く今、非常に響く内容だったと思います。バリー・コーガンのジョーカー、楽しみに待ってるよ!

🥇第1位「TITANE/チタン」

おめでとー!!
「TITANE」を観ていなかったら、おそらく今年もランキングは作れず!という結果になっていたでしょう。それほどに自分にとっては凄まじい映画体験になったのです。エクストリームで歪つ、痛々しい描写が満ちていて(劇場でずっと下腹が痛かったです)、非常にラディカルにも関わらず、最後には普遍的な“愛”の物語として終わる。こんな映画はなかなか観られるものじゃありませんよ!パルム・ドールも納得の、力に満ち溢れた作品でした。感動した!

The Zombiesの「She's not there」を始め、使用されていた楽曲もカッコ良かったですね。

 来年も、好みの映画やいい映画が公開され、それに出会えるような1年になることを祈ります。

旧作編

 今の映画を追うのもいいけれど、やっぱり映画好きを名乗るのならば、Dopeな旧作をWOWOWで、CSで、TSUTAYAで、GEOでDigっていきたい。そんなトレジャーハンター気質が自分の中にはあります。鑑賞本数もやっぱり旧作の方が圧倒的に多いです。新作ほどの文量を書くエネルギーは残っていませんが、ベスト10作品と所感を軽く書いて終わろうと思います。

ベスト10

🥇第1位「OUT
🥈第2位「女はみんな生きている
🥉第3位「フレイルティー 妄執
第4位「下女
第5位「バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト
第6位「ブレスレス(1983)
第7位「ベティ・サイズモア
第8位「アダプテーション
第9位「バレー・オブ・バイオレンス
第10位「タフ PART I 誕生篇

 1,2,4,7位と、女性が中心の映画が多数ランクインしました。シスターフッドものとして時代を先駆けていた「OUT」「女はみんな生きている」は、どちらも大胆不敵な犯罪映画でゲラゲラ笑えると同時に男性中心社会への痛烈なカウンターが最高でした。「下女」は元旦に観たにも関わらず未だに強烈に残っている作品。教訓話のように終わるけど、そこからはみ出る異様なパワーに驚きました。「ベティ・サイズモア」は好みのブラックユーモアが満載のサクセスストーリー。良かったですね。話題賞的には、6位の「ブレスレス」です。Twitterのタイムラインでめちゃめちゃ流行って(?)いて、観た作品ですが、本家である「勝手にしやがれ」よりも面白かったですね。流行りには乗ってみるものです。タイ・ウェストは「X」よりも9位のウエスタンの方が好きでしたね。イーサン・ホークとトラボルタ!

その他良かった旧作

面倒臭いので列挙しまーす。みんな血肉になってます。

哀愁しんでれら アリー/スター誕生
最後の決闘裁判 カルロス(1991) 共犯者(1999) ル・アーブルの靴みがき 希望のかなた
岬の兄妹 グリーンランド-地球最後の2日間-
ミツバチのささやき エル・スール
の・ようなもの BUYBUST/バイバスト
るろうに剣心 最終章 The Beginning
ピアノ・レッスン 狂った野獣(1976) 追想(1975) アップグレード 透明人間(2020)
誘拐 メイン・テーマ 狂熱の季節
それから フィクサー 北国の帝王
ポルターガイスト 追撃者(2014) そろばんずく
ダーク・ハーフ 居酒屋ゆうれい 輪廻
死霊館ユニバース 死霊の罠 ザ・ファン
ファナティック ハリウッドの狂愛者
悲しい色やねん 小さな悪の華
トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン
ハウスメイド ウィリーズ・ワンダーランド
反撥 オカルト ある優しき殺人者の記録
オカルトの森へようこそ(ドラマ版)
つつんで、ひらいて 島田陽子に逢いたい
go(1999) 教誨師
イップマン 完結 ルース・エドガー
タフ PART III ビジネス殺戮篇
タフ PART IV 血の収穫篇
ザ・ファブル 殺さない殺し屋
KCIA 南山の部長たち パニック・イン・スタジアム
かもめ(2018) ジャッカー
愛するとき、愛されるとき ゲット・ショーティ
バッドタイム 凱里ブルース
ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ
シャロウ・グレイブ 火まつり
スペシャリスト(1994) 暴行儀式 彼女は夢で踊る
宇能鴻一郎の濡れて打つ キッチン
ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結
大頭脳 さらば友よ


〆の雑感


いやはや。
これだけ時間を費やしたと思うと、どういう感情になればいいか、分かりませんね。もっと時間を有効活用すべきなのか……。
 例年と比べると読書量が減り、テレビ番組(主にTBSの朝番組「ラヴィット!」リアルタイムと母が仕事から帰ってきた録画視聴で計2回毎日観てます、2時間)に時間を使うようになったこの1年。それでも、この1年で観た映画の合計本数は昨年とほぼ変わりませんでした。2023年は読書量も増やすために、映画を観る本数を減らそうかなとも少し思ってます。出来ればの話!

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