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円周と直径

 3/14は円周率の日であった。ということで、たまには思考をぐるぐる回さずに知っていることをつらつら書き連ねるnoteを書いてみようと思う。じゃあ一昨日書きなさいという話なのだけれど、完全に失念して一日中Minecraftをやってしまった。そして3/15に書き終わった後も投稿するのを忘れてしまった。私が一番悔しさを噛みしめているので触れないでほしい。

 「円周率とは何ですか」と聞かれたらあなたは何と答えるだろうか。「3.14のことです」と答える人は数学の本質をつかめていないと思っている。円周率とは、直径と円周の比に他ならない。わかりやすく言えば、円の周りの長さは直径の何倍ですか~ということだ。単純なことだがこれが意外と知られていなくて、数学教育の危うさを感じてしまう。
 そもそも何故このような値が考えられるようになったかというと、その起源は古バビロニア時代にまで遡る。占星術やパンの発明、ハンムラビ法典など様々な伝説を残す黄金期だが、この魅力的な数もまたその時代を故郷とする。偉大なる君主のため多分野において研鑽を積んでいたバビロニア人は、建築においても弛まぬ努力を重ねていた。レンガや石を円形に積むのに周りの長さを知りたかったようだが、経験的に直径の3倍程度にすればよいことを知っていたようだ。コンピュータも電卓すらも存在しない時代と思えば、恐るべき精度で計算していたことになる。そんな彼らに初めて手計算で円周率の近似値を与えたのが、かのアルキメデス大先輩だ。円の内外を正96形で囲むことで円周を評価し、小数点以下2桁までを求めたという。

223/71 = 3.14084507… < π < 3.14285714… = 22/7

 余談だがこの最右辺の値は円周率近似の値として広く知られており、7月22日も円周率の日と呼ばれている。ナナブンノニジュウニというアイドルグループも存在しており、個人的にはナナジュウイチブンノニヒャクニジュウサンのほうがより正確な値に近いと思うのだが、語呂が良くないと勝負できない芸能界の厳しさを感じる。といってもナナブンノニジュウニも語呂はよくないのだが。
 この手法は地道な計算を必要とし、また近似の速度も非常に遅いので、現代人では真似できないほどの時間と労力を要する。建築においてはわずかなずれは修正しながら作業すれば事足りるので、3.14までわかっていれば問題はなかったようだ。ここから先は純粋な疑問を追求する数学者たちの出番である。

 時代が飛んで14世紀になると、数学は一気に花開く。微分積分や三角関数が発展しはじめ、そこからさらにインドのマーダヴァやドイツのライプニッツは、三角関数のマクローリン展開(級数による近似)から導かれる20超の項を地道に足し算し、小数点以下10桁までを求めた。そして我らがルドルフ・ファン・コーレンが新たに記録を更新する。我らが、といってもこれを読んでいる人はほとんど知らないと思うが、私は彼のファンなのである。令和にルドルフが生きていれば団扇とキンブレをもって住居で出待ちをしていただろう。ルドルフはなんと1700年前のアルキメデスと同じ手法をとり、正2^62(= 約461京1686兆)角形を使って小数点以下35桁を求めた。彼の墓石にはこの近似値が刻まれている。よかったねルドルフさん。

 ルドルフがなくなって少しあとには、ビュフォンが針を投げ始める。これは比喩でもなんでもなく本当に投げ始めた。何本かの等間隔な平行線に向かって間隔の半分の長さの針を投げ続け、投げた回数を交わった回数で除することで円周率が求まるという。なんとも怪しげに聞こえる説だが、数学者たちは喜んで針を投げた。確かにこういうタイプの話はなんとも数学を嗜む者が好きそうなネタである。数学Ⅰで名前が出てくるあのド・モルガンでさえも600回程度針を投げ、π≒3.137を得た。1901年(たった100年前の話である)にはラッツァーニが3408回の試行でπ≒3.1415929を得ており、これは小数点以下6桁まで正確に求められている。しかしこの方法で円周率を求めるには膨大な回数(数千数万という規模ではない)の針投げが必要であろうし、確率の話であるから試行によって出てくる値が異なるのが難点だ。

 ラッツァーニが針を投げてひとしきりはしゃぎ終わった頃、地球に舞い降りた数学の悪魔ことラマヌジャンが”夢の中で女神に教えてもらった”公式をぶん投げる。

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 恐るべきスピードで近似していく魔法のような公式はどうやって思いついたのかさっぱり理解不能。「相対性理論はアインシュタインが居なくてもほかのだれかが見つけただろうが、ラマヌジャンが居なかったらこの公式は見つからなかった」とさえ言われている。見た目も精度も気持ち悪いこの公式はコンピュータによる計算において基盤とされ、これを改良したものが近年まで使われた。

 1950年頃から計算機を用いて円周率を計算するようになり、その桁数の伸びは爆発的である。手計算では扱いきれなかったガウス・ルジャンドルらのアルゴリズムも再び日の目を浴び、1947年には808桁だった記録は2019年3月に日本人の岩尾エマはるか氏が31兆桁で世界記録を更新、翌年の2020年1月末にはTimothy Mullican氏が50兆桁まで更新している。ちなみにこの50兆桁の計算には約300日かかっており、岩尾エマはるか氏の更新直後から計算を始めていることになる。記録としては現在Timothy氏の圧勝だが、岩尾エマはるか氏の注目すべき点はなんといってもその桁数。円周率になぞらえて31,415,926,535,897桁を求めている。個人的には岩尾氏に軍配を上げたいところ。近く314兆桁を求める猛者も現れると思うとワクワクするばかりである。

 さて、だいぶ熱く語ってしまった。というか歴史を一つ追いかけてしまった。こういった高校数学とは関係のない数学小話が大好きで数学科に進学したところ、4年間ギタギタに痛めつけられてしまったのは言うまでもない。この話を読んで少しでも面白いと思った方は、決して数学科には進学しないように。
 今文字を入力しているこのPCにも、今座っているこの建物の設計にも、いたるところで三角関数や円周率は登場している。歴代の偉大な先人たちの活躍に感謝の言葉を込めて文章を閉じたい。

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